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246. シークレット・ガーデン




『こんなところで どうかされましたか?』


避暑地の村で困っている私に声をかけてくれたのは亜麻色の髪をした青年だった。


『帽子が……』


柔らかで少し高目の声……


『ああ、帽子が木にかかってしまったんだね、ちょっと待ってて……』


青年は軽い身のこなしで木に登ると、ひょいっ、と帽子を掴み、私の前に飛び降りた。


『はい、どうぞ』


髪と同じ色の瞳が私に笑いかける。

眩しい笑顔、優しい瞳……


『ありがとうございます、あの、、お名前は……』


『僕は――――』





◇◆◇◆◇





サクラはシャナの竹打ちラーメンを堪能した後 アスが迎えに寄越したマルクスに連れられて 『ラ・マリエ』へとやって来た。


(あれ?)


大階段をあがると、踊り場のソファーに リズとスノーが座っているのが見えた。


バーガーウルフは終わっているだろうが、二人が遊びに来てるなんて珍しい。

水槽を見に来たのかな?


「なにしてるの?」


「あ!サクラ!」


見るとスノーが絵を描いていた。

スラリとした男性が庭園で微笑んでいる。

どことなく ハルに似てる柔らかな笑顔の男性。

イケメンだ。


「スノー……上手いね」


絵とはいえ 惚れちゃいそうですよ?


「アルベルトですぅ~」


「アルベルト?」


「はい!」


リズがノートをずいっと前に掲げサクラに見せた。

表に文字が書かれてる。

サクラはなんとかローマ字読み程度の知識で文字を読み取った。


「しーくれっと、、がーでん?」


「ソフィアの書いたこの物語『シークレット・ガーデン』にでてくる 村の警備隊員のアルベルトです!」


タイトルとイラストから考察すると――


「恋愛小説?」


「「はいっ!!」」


リズとスノーの瞳の輝きがまぶしい。


「アルベルトは庭師の息子で村の警備隊員なんです」

「家の手伝いで村の奥にあるガーデンの手入れをしてるんですけどぉ~」

「そこで主人公の女の子の風で飛ばされた帽子を木の枝からとってあげたことから」

「「片想いスタートです!!」」


「へ、へぇ……」


「胸きゅんですぅ」

「しかもドワーフの村がモデルなんですよ~」

「三の道のぉ、カップルロードの奥の広場がシークレットガーデンですぅ」

「アルベルトを一目見るために女の子はガーデンに通うんです」

「でも、自分からは声かけられなくてぇ」

「見てるだけがつづくんですけど」

「アルベルトのとる行動が意味深でぇ……」

「家の手伝いで邸宅に庭の手入れをしに行った時に、、」


「「きゃー///」」


なんだ、この二人のパワーは、、


「村の警備隊員と貴族の娘の身分違いの恋!」

「かの有名なロメオとジュリエッタにも匹敵するような切なさがありますぅ~」


それはバルコニーの逢い引きシーンが有名な()()のことかな?


娯楽の少ないこの村に恋愛小説……

そうすればサクラもネタにされたり生暖かい目で見守られることもなくなるかも……


「本になれば皆が読めるのにね」


「本かぁ~本にしてほしい!」

「絶対買いますよぉ~」


まあ、私は文字が読めないんだけどね。

スノーの挿絵だけでも胸キュンです。


覗き込むサクラの後ろから手が伸びてきて リズの手からヒョイッとノートが奪われた。


「「あっ!」」


サクラが振り向くと、そこにいたのは――


「アス!」


ペラペラと奪ったノートをめくっている。

てか、アス、所々包帯巻かれてて痛々しいね……


「コレ、誰が書いたの?子鹿(リズ)ちゃん?ウサギ(スノー)ちゃん?」


「あー」

「これはぁ~」


「中々良いわね。()しか書けないような青さと甘さ、想いがいいわね~」


ペラリとページをめくる。


「本にする気はないの?」


「いや、私達がかいたんじゃなくて」

「それはぁ、ソフィアがぁ……」


リズとスノーはアスの後ろを見つめる。

アスがリズとスノーの目線を追って振り返ると、そこには クッキーの箱を持ち、顔を真っ赤にして眼鏡をかけた女の子、ソフィアがフリーズしていた。


アスは目線を下げ ソフィアを見つめる。


「あ///」


「そんなに緊張しないで、子タヌキちゃん」


子タヌキちゃんって……

うわ、ソフィアさんめっちゃ緊張してる……


「アス、様」


「これは、子タヌキちゃんが書いたの?」


「……はい」


「そう」


アスがソフィアに顔を寄せすうっ、と息を吸い込んだ。


「ひっ///」


ソフィアはアスに近寄られ身を固くし、息を飲む。

ヘビに睨まれたカエルのようにぴくりとも動けない。


「ん、いいわ……青くて、甘くて、初々しい 実りきれない感じが物語そのもの。初摘みの果実酒のようだわ……あぁん///」


ソフィアの耳元でアスの喘ぎが炸裂し、耳をくすぐり、吐息が首を撫でる。

術をかけているわけでもないのに ソフィアはさらに身を固くし、口をパクパクさせている。


″ゲシッ″


「いやん、なにするの子ブタちゃん!?」


アスはサクラに蹴りをいれられた。


「それはこっちのセリフだアス!刺激が強すぎるでしょ!ほら、ソフィアさん、息して、息!!」


サクラは息をつめたソフィアの背を叩き、深呼吸させた。


「ふはっ、、すぅ、、はぁ……」


ソフィアは息をすることを思い出したかのように呼吸をし、サクラを見た。


「大丈夫?ビックリしたよね?」


サクラはソフィアを安心させるような笑顔を向ける。

ソフィアはサクラの笑顔にようやく人心地つき、言葉が出てきた。


「ありがとう、ございます」


「ごめんねぇ、子タヌキちゃん」


「いえ、アス様は悪くありません、私が///男の人に慣れていなくて……」


いやいや、どう見てもアスが悪い。

あれじゃ変質者だ。

アスは悪びれもせずソフィアに話しかける。


子タヌキ(ソフィア)ちゃんの書いた物語、アタシ、好きよ」


「ありがとうございます///」


「でも本にするならそのままじゃダメね」


ソフィアが目を丸くする


「本に!?そんな、滅相もない……」


「あら、そう?」


「だって、私なんかが本を書くなんて!!」


「私なんかが?」


サクラがアスとソフィアの会話中、ソフィアの言葉にひっかかる。


「私は、グロブナー家の名に恥じぬよう、勉強して、普通に結婚して、家のためになるように、、」


「本が売れれば家のためになるじゃない?結婚だけが家のためじゃないわよ。貴族出身の職業婦人も増えてるんだし」


アスはソフィアの物語に商品価値を見出だしたのか、ソフィアに執筆を勧める。


「名前を変えて本にしたっていいんだし。謎の女流作家、素敵じゃない~」


「でも、私なんか」


まただ。

()()()()


アスの目利きは確かだ。

ソフィアに見込みがなければ声はかけないはず。

そんな魅力的な物語なら私も読みたい!

それなら異世界の文字も読める気がする!!


「ソフィアさん」


「はい」


「やってダメだったら、それでいいんじゃない、かな 名前も内緒なんだし」


「え?」


「んー、私は貴族のしがらみとかわからないから、私の世界の物差しでしかはかれないんだけどね、ソフィアさんは、自信がないんだよね?」


「……はい」


わかるよ、自信のない気持ち。

人に迷惑をかけまいと気負って、自分の思うように振る舞えない。

会社の看板に泥をぬるかも、

自分が失敗したら皆がやりにくくなるかも。

ここで間違った言葉を言ったら空気を悪くするかも……


「物語を書くと、誰かに迷惑かかかる?」


「……いいえ」


「じゃあ、あるのは 失敗した時の 自分のプライド、だよね」


「私の、プライド」


「失敗が怖い?」


ソフィアが優柔不断なのは 間違った選択をしたくないからだ。

間違いを選んだ時、自分がそれを許せなくなる。

だから他人に決めてもらう。

そうすれば ()()()()()()()()のだから。


「ソフィアさんが失敗したと思って傷つくプライドと 物語を描きたい気持ち、どちらが大きいか、考えてみてから結論だしてもいいんじゃない?」


「私の 気持ち?」


「本にすれば色んな人が目にするし、いい事言う人ばかりじゃないから、傷つくよ。今のソフィアさんには キツいかも」


書いたものを否定された時、ソフィアにはそれを踏み潰していける強さはないだろう。


「だから、よく考えてみて。道は一つじゃなくていいと思う。逃げ道も含めて、道は沢山あるから。途中で道がなくなったら、戻っていいし、曲がっていいんだよ。これはソフィアさんが決めていいことだと思う」


決められた道を歩くのが貴族の世界の理かもしれない。

別の道があることを知らないほうが幸せかもしれない。

だけどサクラのいた現世からみると、貴族の世界はひどく窮屈な場所に見えた。


「余計な事だったらごめんなさい。勿論、自分が楽しむためだけに物語書いててもいいんだからね」


「あの、サクラさんはなんで私に助言を……」


「読みたいから」


「え?」


「ソフィアさんの物語、読んでみたいだけだよ」


ソフィアの目にうつるサクラは人のいい笑みを浮かべていた。


「あ!いっけな~い!お客さん待たせてるんだったわ」


アスが話を切り上げる。


「客?私後にしようか?」


「ううん、子ブタちゃんにも会ってほしいから♪じゃあね、小鹿(リズ)ちゃんウサギ(スノー)ちよん、子タヌキ(ソフィア)ちゃん。マルクス、お茶をいれてあげて」


「かしこまりました」


「私ホットココア~」

「私わぁ、イチゴ紅茶がのみたいですぅ~」

「ソフィアは何がのみたい?」


「え、あの……」


ソフィアがマルクスの顔を見て尻込みする。


「何でも出来るんでしょぉ、マルクスさぁん」


かわりにスノーがマルクスに聞く。


「はい」


了承を得てソフィアが申し訳なさそうにマルクスに注文した。


「じゃあ、、ホットのミルクティーで」


「かしこまりました」


サクラは遠ざかる声を聞きながら苦笑い。

リズとスノーの人見知りのなさをソフィアに分けてあげたい……





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