229. 女子旅 15 (イシルの場合) ★
挿し絵挿入しました(11/10)
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冬は日が落ちるのが早い。
サクラとイシルが水路に着き、ゴンドラに乗る頃には 傾いていた日が落ちて 家の灯がともり出す。
イシルはゴンドラ先端、進行方向を背に座り、サクラは手前、漕ぎ手の前に座る。
「隣に 来ませんか?」
ゴンドラは革張りの椅子が設えられており、二人並んで座れる広さだ。
「いえ、進行方向向いてないと酔うので」
サクラはきっぱり断る。
これがサクラでなければ駆け引きなのか勘繰るところだが、本当にただそれだけの理由なのだろう。
恋愛に疎いところにクスリと笑う。
誘われてるのがわからないようだ。
「寒いから、こっちにおいで」
「え?」
サクラがきょとんとイシルをみつめ返す。
″酔うって言ったじゃん″て顔をしてる。
イシルは わかりやすく 愛を囁くように 声に甘さを含ませ名前を呼ぶ。
「おいで、サクラ」
「う///」
ようやく誘われてるのがわかったのか、サクラは顔を赤くしてアワアワしている。
「寒くないからダイジョブです///」
断られた。
今日はやり過ぎて警戒されたようだ。
まあ、いい。
この位置は サクラの顔がよく見える。
水上から見える町の風景は見たことがないわけではない。
だけど、サクラが一緒にいるだけでまた違って見える。
一層美しく輝いて見えるから不思議だ。
手漕ぎによる柔かな水音。
広がる波紋にゆらゆらと水面が揺れ、写る町の灯が輝く。
仄かに照らされたサクラの顔はくるくると表情がかわる。
橋をくぐるたびに目の前に開ける景色を 冒険を楽しむ子供のように キラキラした目で眺めている。
「前に見える白い橋は″ため息橋″といわれています」
イシルは 建物と建物の二階を繋ぐ通路として前方頭上にかかっている橋をサクラに指し示した。
大理石で出来た飾り細工の美しい通路だ。
「ゴンドラからだと装飾がよくみえますね、すごく綺麗でため息がでるから″ため息橋″って名前がついてるとか?」
「いえ、身分違いの恋をしたゴンドラ乗りの男が ここの橋を通る相手の女性を見るたびに、ため息をついていたという話から」
片想いの切ない物語の舞台。
「だから″ため息橋″の下で、ゴンドラに乗りながら日没にキスをすると、その二人は永遠の愛が約束されると云われてます」
「ロマンチックな話ですね」
ため息橋を通過する。
「キスした後に話そうと思ってたんですが……」
「え″!?」
「逃げられました」
「う″///」
「日没は過ぎていましたがね」
サクラが恥ずかしすぎてイシルを睨む。
「イシルさん、本当に自分から誘ったことないんですか~?」
「ありませんよ」
「プレイボーイみたいなセリフですよ?」
「今日はそういう設定ですから」
「うわ、開き直ってる」
「だから、こっちに来ませんか?」
「だからの意味がわかりません……行きませんよ」
「強情ですね」
「そっちに行ったら吐きますけど?」
「いいですよ、介抱しますから」
サクラが何を言ってもイシルは受けとめる。
「い、き、ま、せ、ん、景色が見たいんです」
サクラは照れて ぷいっ、と まわりの景色を楽しむフリをしている。
まるわかりなとこが可愛い。
こんな些細な会話がとても愛おしく 楽しいと思ってしまう。
市場で 見ていた時と同じ。
はしゃいで、笑って、驚いて、考えて、感動して――
サクラはいつだってサクラだ。
裏も表もない。
飾らないサクラは イシルをも飾らない自分でいさせてくれる。
素であるサクラは イシルをも素の状態にしてくれる。
見ているだけで 幸せな気持ちになる。
なのに……
なのに神は それすらも僕から奪うという。
見つめることすら 許さない。
これは罰なのだろうか
沢山の命を奪ってしまった僕へ 失うことの辛さを 忘れてはならぬと再び思い知らせるための――
それとも 褒美なのか
永の時を生きるのに疲れ 傷ついた僕を労い、人らしく生きられるよう 一時の癒しとして――
「イシルさん、着きましたよ」
到着したのに立ち上がらないイシルにサクラが声をかけた。
「ええ」
ゴンドラからおりると イシルは手をつなぐのではなく サクラの肩を抱いて歩き出す。
「イシルさん、あの///」
「もう、お別れしなくてはいけないので」
戸惑うサクラにそう言い訳をつける。
″お別れ″の言葉がサクラの心にかげをおとし、少し沈んだ顔をさせた。
イシルはサクラの肩に回した手に力を入れ きゅっと引き寄せる。
離したくない。
離れたくない。
執着なんて無意味だと思っていた。
どうせ皆僕より先に死ぬのだから
手放したくない。
失いたくない。
わかっていてもこの気持ちは止まらない。
どうにも出来ないのに止められない。
サクラはまた少し痩せた。
そのために異世界に来ているのだ。
もし思うように痩せなければ、サクラはずっと異世界にいることが出来るのだろうか……
「サクラさん また少し痩せましたね」
サクラがイシルを嬉しそうに見上げる。
バカな考えだ。
本末転倒も甚だしい。
サクラが健康なのが一番いいに決まっている。
例え同じ空の下にいなくても
サクラが幸せであるほうがいい。
「じゃあ、また明日 ドワーフの村で」
サクラが別れを告げる。
「ええ、また明日。気をつけて帰って来てください」
イシルは宿の前でサクラと別れた。
もう1日 サクラのいない夜を過ごさなくてはならない。
長い夜を。
◇◆◇◆◇
サクラがイシルと宿の前で別れ、部屋に戻ると まだ皆は戻っていなかった。
「それならもう少し 一緒にいたかったな……」
今別れたばかりなのに もう会いたいとサクラは思ってしまう。
″……コンコン″
窓を叩く音がする。
ここは三階だ。
サクラはある期待を持って窓にかけより、窓を 開けた――
「忘れ物です」
今別れたばかりのイシルの姿。
イシルは窓の外からサクラの背を引き寄せ 抵抗する間も与えず サクラの唇をとらえ キスをする。
好きだ……
好きだ……
好きだ……
狂おしい程に……
イシルは想いをそそぐようにサクラにくちづける。
サクラがイシルを受け入れるまで……
「魔物避けです」
イシルはサクラを解放すると そうつけ加えた。
「キス……必要ないですよね」
サクラが拗ねたような 困ったような顔をする。
「必要ですよ」
イシルはサクラの髪を撫でながら 諭すように優しく答える。
まだ 理由が必要だ。
僕と貴女には――




