223. 女子旅 9 (ランの場合/シャナの場合)
「なんだよ、まったく」
ランは森のイシルの家につくと 自分の家のように無遠慮に玄関に入る。
「ただいまー、イシル、飯~」
リビングで寛いでいたイシルは ランを見るとやれやれという顔をしながらもキッチンに立つ。
「はふ~、腹減った~」
ソファーに突っ伏すと サクラが買ってくれたクラゲのクッションを引き寄せ頭をのせた。
ふよん、と 程よい弾力に癒される。
そして、この家のにおいに。
なんだか、落ち着く。
帰って来たと思えてしまう。
キッチンから ジュウッという肉の焼ける音と共に 甘く香ばしい香りが漂ってきた。
ランはその匂いを胸いっぱい吸い込む。
(あ~、いい匂い)
ランは匂いをかぎ分ける。
醤油の香ばしさに、ハチミツの甘さが加わってる。
『テリヤキ』てやつか?
おっ、酒の匂い、、フランベしてる?
まてまて、あと、この独特の匂いは、、
ジンジャーか!
ランはのっそり起き上がり、キッチンへ入る。
「オレ、いっぱい食うよ?」
「わかってますよ。二人しかいないんだから手伝いなさい」
「へーい」
ランが棚から食器を出そうとする。
「手、洗いましたか?」
いちいち煩いな。
でもうまそうな匂いだから 素直に手を洗う。
変にケンカして食べられなくなるのはごめんだ。
ランは食器を出し、スープとご飯をよそい、食卓のセットをする。
はじめの頃はいちいち聞いていたが、今は言われなくてもイシルの箸をだし、必要なカトラリーを並べ、グラスに水を用意する。
食卓には既に酢の物や煮物などの小鉢が並んでいた。
「「いただきます」」
今日のメインは『ポーク・ジンジャー』生姜焼きだ。
「あぐっ」
甘辛いタレはハチミツのコクが醤油の旨味を深め肉をしっとりと仕上げてくれている。
香るジンジャーは スッキッとした清涼感のあとに舌にピリッとくる辛みが胃を刺激する。
生姜焼きは身体もポカポカとあたたまる、疲れた体への甘いご褒美だ。
「うまっ、むぐっ」
あえて薄切りの豚肉はロース。
キメが細かいうえに程よく脂肪が付いて柔らかな肉質。
タレのよくからんだ生姜焼を麦飯の上にのせ、飯と一緒に頬張る。
「まぐっ、んぐっ、」
麦飯なんて好きじゃなかった。
今までは酒と肉さえあればよかった。
だけど、タレの染みた飯はこの上なく旨い!!
「そんなに慌てて食べなくても誰も取りませんよ、二人しかいないんですから」
イシルがそう言いながらもう一度肉を焼きに行く。
ランに『おかわり』を言われるまえに。
ランは『おかわり』のご飯を自分でよそう。
サクラが買ってきた『どんぶり』はいい。
凄く手に馴染むし、飯が沢山入る。
「しゃくっ、もぐっ」
生姜焼と一緒に炒められた玉ねぎも熱を加えられ甘さを増し、しゃくしゃくと美味しい音をさせる。
「よく食べますね」
イシルが焼き上がった生姜焼をテーブルに置きながら『熱いですよ』と 一言そえる。
猫舌のランを気づかってのことだ。
「もぐ、はりゃへってんらよ、んぐっ」
旨そうにがっつくランを見てイシルが笑った。
ランはその顔をチラッと見る。
(こりゃ堕ちない女はいないだろ、、)
知らないところでイシルはランからお墨付きをもらってしまったようだ。
冷ましたスープは玉子とワカメの少しとろみのついたあっさりスープ。
噛むとプチプチと弾けるゴマの食感が面白い。
「今日は遅番ではないはずでしたが、何かあったんですか?」
イシルがキュウリとタコの酢の物に手をつけながらランに聞いた。
「ああ、アザミ野まで行ったからな」
「アザミ野?」
イシルの箸が止まる。
「もぐもぐ、、サクラが急に召喚ぶからさ」
「!?」
(おっ、顔色がかわった)
「別に襲われたとかじゃないぜ?一緒にテルマエに入って欲しいって、、はぐはぐ」
ランはわざと核心を言わない。
「テル、マエ?」
「ごくん、、アザミ野にはあるだろ?テ・ル・マ・エ」
「ありますが……」
(あはは、狼狽えてる)
ランはゆるゆると焦らすように話す。
ごく、自然に。
「もぐっ、入り方がわからないからってさ。そんで呼ばれたの」
「……一緒に入ったんですか」
「入ったよ」
ランは事も無げに言い切った。
今イシルの頭の中で色んな想像が膨らんでいるのがわかる。
混浴はあったか?何故ランと?他の同行者はどうした?ランは子供の姿で一緒に入ったのか?それとも個室?個室で風呂の入り方がわからないはないだろう、そもそも銭湯とはじめに言ったではないか、と。
(面白ぇ~)
ランは目の前で動揺を見せるイシルを珍しいものを見るように散々眺めた後、イシルを悩みから解放することにした。
「孤児院の小僧共と一緒にさ」
「……」
イシルが豆鉄砲を食らったような顔をしてランを見つめ返した。
ランはイシルに種明かしをする。
「サクラ達は入れないだろ?男湯。だから、小僧どものお目付け役としてオレを召喚したってわけ。ひでーよな、終わったら『女子旅だから』って帰されたんだぜ?人をいいように使いやがって」
ランはイシルが口をはさむ前に一気に捲し立てた。
「……」
「……なんだよ」
「……いえ」
「オレ、ウソは言ってないぜ?」
「別に何も言ってないでしょう?」
イシルがバツが悪そうに取り繕い、カボチャの煮物を口に入れた。
イシルはサクラのことになるとひっかかってくれる。
ランは面白くなって、さらにイシルをからかう。
「楽しそうだったぜ、アイツ」
「そうですか、良かった」
「色紙で風車作って」
「へぇ」
「ガキと一緒に巨大ハンバーガー作って」
「へぇ」
「今日は一緒に寝るんだって」
「……そうですか」
(全部小僧から聞いた話だけどね)
「スゲー懐かれてたぜ」
「でしょうね」
「寂しい?」
「ええ、寂しいです」
(おっ、隠さないんだな)
「サクラはちっとも寂しそうじゃなかったけどな」
「……」
ニヤニヤ嗤いを浮かべたランは ご機嫌に尻尾をふよんふよんと揺らす。
「寂しいならオレが一緒に寝てやろうか~?」
「……結構です」
からかわれてる事にやっと気づいたのか、イシルがなんの感情も入ってない返事で返してきた。
(ありゃ、へそを曲げたよ。案外大人げないな)
「キューちゃんがいますから」
「きゅ?」
「食べたら片付け、お願いしますね」
「おい、イシル、、」
僕も入浴してきます と、ランに片付けを任せてさっさと行ってしまった。
「……″キューちゃん″って、誰?」
◇◆◇◆◇
孤児院の二階、二部屋に別れた子供達の寝室のひとつ。
シャナはサクラの枕元に立ち、その寝顔を見つめる。
(無防備な寝顔ね)
サクラは小さな女の子を抱き 気持ち良さそうに寝ていた。
自分が狙われているなんて思ってもいないようだ。
シャナは小さな水晶を握りしめる。
ミケランジェリの水晶。
今ミケランジェリに水晶で呼びかければ サクラを連れ去ることが出来る。
そうすれば マーキスを返してもらえる。
マーキスさえ帰ってくれば ドワーフの村に用はない。
でも……
シャナはため息をつく。
何を迷っているというのだ
ドワーフの村に愛着が沸いた?
イシルの近くにいたいから?
それとも……
(居心地がよすぎるのよ)
裏切る事になるのが とても嫌だった。
こんなことなら旅に出る前に無理にでもカタをつけてしまえばよかった。
ドワーフの村を出てすぐにでも……
いや、もっと前に、ラーメンを作り出す前に。
シャナはサクラの寝顔を見つめる。
(口、開いてる……)
シャナはサクラに手を伸ばす。
「何してるの?」
戸口から声がして シャナは目を向けた。
アイリーンが立っていて 静かに近寄ってきて、サクラの寝顔を見る。
「口、開いてるし」
くいっ、と サクラの顎を押し 口を閉じる。
「眠れない?」
小声でアイリーンがシャナに聞く。
「そうね、ずっと 一人だったから」
「悪いわね、騒がしくて、、狭いし」
「そうじゃなくて」
「?」
「楽しくて 眠れないだけ」
「……そう」
シャナは独り言のように呟く。
「不思議な人ね、サクラさんって」
「本当、おかしなヤツよね」
いつの間にか 寄り添うように境界線を越えて隣にいる。
「……今日は、ありがとう。あの子達守ってくれて」
アイリーンの言葉にシャナが無言で静かな微笑みを返す。
「眠れないならさ、一杯つきあってよ、飲めるんでしょ?」
「ええ」
「安いワインしかないけどね」
「酔えればなんでもいいわ」
シャナの意外なセリフにアイリーンが驚く。
「言うわね」
「酔いたい気分なの」
このふわふわした温かさに ただ酔いしれていたい。
今は。
問題を先送りにしているだけだとしても、
自分を窮地に追い込むことになるのだとしても、
今は。
ごめん、マーキス、必ず助けに行くから、もう少し待ってて――




