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220. 女子旅 6 (ソフィアの場合)




私はダフォディルの第二地区を任されているグロブナー家の末娘ソフィア・グロブナー


ダフォディルの第一、第三、中央地区を統治しているキャンベル家の次女エリザの誘いで、キャンベル家の別荘地へ行く予定だったのだが、エリザの兄カールが どうしてもこの村のコロッケとやらを食べたいと言うので、別荘地にいく途中にこのドワーフ村に寄ったのだ。


今は薔薇の館『ラ・マリエ』に もう一人の友達で ポートマン家の次女ルーシーと共に滞在している。


ソフィアを誘ったエリザは最近薬草に興味を持ち、熱心に勉強を開始した。

ソフィアは女家庭教師(ガヴァネス)のスーザンに、今日はエリザに一緒について勉強に行きなさいと言われ、ラ・マリエから使わされた案内の老執事マルクスに連れられて エリザと二人でドワーフ村にやってきたのだ。


(スーザンってば、息抜きしたかったんだわ、きっと)


今頃エリザの女家庭教師(ガヴァネス)モリーナと二人で羽を伸ばしていることだろう。


バーガーウルフの前を通りかかると、エリザが立ち止まり、ソフィアはその背にぶつかりそうになり慌てて止まる。

その際ずり落ちたメガネをかけ直しながら、ソフィアはエリザがみつめる先を同じく見た。


その日のバーガーウルフは異様だった。

いつもの人だかりは一緒なのだが、その客がほぼ女性だったのだ。


「ありがとうございました、またお待ちしてますね」


「「キャー!!」」


キラキラの笑顔に 黄色い悲鳴があがる。

カウンターで接客しているのは男性だった。

澄んだ大きな瞳に優しい眼差し、甘えたようなキャンディボイス……


(あの方は!!)


カウンターに立っているのは警備隊員のハルだった。

この村に初めて来た日に転びそうになったエリザを受け止めたふわふわの天使の笑顔の彼だ。


ハルの前には女性客が列をなし、ハルの隣ではラルゴが()()()対応として接客している。


その後ろの調理台では イシルが一人で黙々とハンバーガーを作っていた。


エリザが空いているラルゴのカウンターに走り寄る。


「こんにちは、ラルゴさん」


(エリザ!?)


ソフィアはエリザがラルゴを知っていることに驚いた。

そして、挨拶したことに。


(エリザが一般庶民に自ら挨拶するなんて!!)


名門キャンベル家の次女として育ったプライドの高いエリザにとって、今までなかったことだ。ありえない。

しかし、ラルゴに挨拶しながら、エリザの視線はその奥に向いている。


「こんにちは、イシルさん!」


エリザは奥にいるイシルに声をかける。

が、返事がない。


「あかんあかん、嬢ちゃん、イシルの旦那は今 ミミナシや」


子供が奥からパンをかかえて出て来て、エリザに話しかけた。

いや、子供ではないようだ。


(ハーフリング!?初めて見た!本当に子供みたい)


ソフィアは始めて見るハーフリングの男を不思議そうに見る。


「わてはオズっちゅうんや、よろしゅうな、嬢ちゃんがた。イシルの旦那は今サイレント中や。騒がしゅうてかなわんて、まわりの音をシャットアウトしてんねん」


「そうなんですの?」


「そうや、せやから今悪口言うても聞こえへんで~言うなら今やで、この スケコマシ!でも、むっつり助兵衛!でも言うたってぇな」


(スケ、、?むっつり??)


ソフィアは考えたがわからない。

ハーフリングの言葉は難しい。


「へぇ、君は僕の事をそんな風に思ってたんですねぇ」


イシルはオズからパンを奪いながら冷たい目で見下ろす。


「イシルの旦那!?」

「イシルさん!!」


「お客様に変な言葉を教えないように、まったく……」


「何で聞こえとんねん!?」


「全ての音を遮断したらバーガーの数も聞こえないでしょう」


オズは一瞬『あいた!』という顔をしたが、すぐにもちなおした。


「そないな魔法聞いたことないわ!規格外な魔法卑怯やわ~そんな微細な調節もできるやなんて、サスガやね!旦那!」


「今更持ち上げても遅いですよ」


「あの、イシルさん、こんにちは」


タイミングをはかっていたエリザがイシルに挨拶する。

イシルは今度はエリザの挨拶を受けてくれた。


「こんにちは、エリザさん 買いに来てくれたんですね」


「はい、あの、、薬草園に持っていきたいので メイ先生とザガンさんの分も……」


イシルがにこりと笑う。


「連日お手伝いありがとうございます。それなら御代はけっこうですよ」


「いえ!買います!!」


エリザが慌てて断るがイシルはエリザの申し出をやんわり断る。


「ザガンは沢山食べるので ここは僕にもたせてください」


「はい///」


エリザに恥をかかせないような言い方、、

イシルの気づかいにエリザは嬉しそうに顔を赤くした。


「出来たら呼ぶからベンチでまってるかい?」


ラルゴがエリザをベンチに促す。


「いえ、ここで待ってもいいですか?」


ラルゴはキョロッと列を見る。

ラルゴの列には他に客はいない。

隣のハルの前には女性の行列。


トホホ……


「うん、勇気をありがとう、エリザさん」


ラルゴがよく分からないお礼の言葉をエリザに返す。

例え目的がイシルでも 目の前にいてくれるだけありがたいようだ。


(エリザは凄いな……)


自分の意思で 自分を変えていく強い心。

自分の思った通り動ける行動力。

こうと決めたら迷わない決断力。

どれも ソフィアにはないものだ。


ハンバーガーが出来上がるのを待つエリザは 真っ直ぐにイシルの背中を見つめている。


(私は……)


ソフィアは隣で接客するハルを盗み見る。

客に向けられるハルの笑顔を見る。


(あの笑顔が私に向けられたものならいいのに……)


ソフィアは直視できずにこっそりと見ることしかできなかった。





◇◆◇◆◇





ハンバーガーを受けとり、ソフィアとエリザは薬草園にやってきた。


「メイ先生こんにちは」


「おお、エリザさん、いらっしゃい」


ヤギの獣人は薬師のメイ先生、この村に初めて来た日に見た。

獣人はダフォディルの街でも見かけたことはあるが、話すのは初めてだ。

そして……


「エリザ殿!今日もやるかな!」


大きな体躯に二本の角の厳つい男――


(鬼!!?)


オーガだ。


「ん?お友達かね?」


「あ、、、」


怖すぎる顔の鬼に ソフィアは声がでない。


「ザガンさんよ、ザガンさん、こちらソフィア」


「初めましてソフィア嬢、ザガンと申す」


ザガンが顔に似合わずとても美しいボウ・アンド・スクレープで挨拶する。

ソフィアも慌ててカテーシーで挨拶を返した。


「ソフィア、です ザガン様」


「様は余計ですな」


ザガンがははっ、と笑う。


(あ、笑うと意外と怖くない)


「ザガンさんはこう見えて爵位をもらったことがあるのよ!だから社交界のことも詳しいの」


「ははは、邪魔なので爵位は返納しましたがな」


「イシルさんと一緒に特殊部隊で功績をあげた話、今日も聞かせてくださる?」


エリザはザガンと話しながら長靴にはきかえる。


「ふむ、では今日は猫柳の葉を摘みながら話しますかな」


ザガンがエプロンをエリザの首にかけ、、


「猫柳の葉は毒消し薬に使うんですよね」


エリザは自ら大きなツバの麦わら帽子をかぶり顎で結んだ。


「エリザ、、その格好は……?」


「え?」


エリザの格好は、どこからどうみても農作業に従事するものの()()だった。


(エリザが こんな野暮ったい格好を!!?)


もう一人の友達 ショートカットのルーシーが見たら格好の餌食だ。

さぞや冷やかすことだろう。

ルーシーはエリザの上に立ちたがっているのだから。


「ソフィアさんは、どうなさいますかな?」


メイがソフィアに尋ねる。


「私は、スケッチをしようかと」


ソフィアがスケッチブックを見せる。


「それならいいものがありますぞ」


そう言ってメイが見せてくれたのは、とても美しい花の鉢だった。


雪花(セッカ)と言いましてな、『ユキミソウ』『マツユキソウ』の上位種じゃよ」


「なんて、素敵なんでしょう……」


雪のような花の花弁は中央の白から外にグラデーションをなし透明になり透けている。

薄い氷のような花。

茎と葉が緑ではなく少し赤い。


「『雪花(セッカ)』を茶に浮かべて飲めばどんな風邪でもたちまちなおってしまうんじゃ」


「凄いですね」


「栽培がちと難しいんじゃがな」


メイがどうぞと椅子を持ってきてくれて、ソフィアは『雪花(セッカ)』を見ながらスケッチする。

図鑑でも見たことのないような珍しい植物が この薬草園には他にもあった。


この世界は広い。

薬草のことだけではない。

ドワーフの村に来ただけで 会ったことのなかった ハーフリングに会い、オーガに会った。

ドワーフも、人獣も、エルフもいる。

今まで関わらなかった人種。

人間以外の人種。


ソフィアは自分がどれだけ狭い世界にいたのか思い知る。

それを思うと 世界は広すぎて怖い。


バーガーウルフが終わったのか、イシルが様子を見に薬草園へとやってきた。


エリザに笑みが向けられ、エリザは嬉しそうに応える。

エリザは 狭い自分の世界から一歩踏み出し、欲しいものを得ようとしている。


私も、、


私も一歩踏み出せば、ハルの笑顔をえられるのだろうか……


世界は広すぎて怖い。

今の世界にいれば 守られ、心安らかにいられる。


だけど、、


(明日、あの列の後ろに並んでみようかな……)


とりあえず 一歩 踏み出してみよう。


ふわふわの笑顔をむけてもらうために












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