211. 納豆
今朝は和定食。
メザシを焼き、ナスの煮浸し、雑穀麦飯、大根とアゲのお味噌汁。
美味しい一日の始まりだ。
「「いただきます」」
まずは味噌汁を一口。
「ふはぁ~」
寝起きの胃に優しい一撃。
体を目覚めさせてくれるお味噌汁。
「良く眠れたみたいですね」
イシルも味噌汁を口にし、ナスの煮びたしに箸をすすめる。
「おかげさまで、お腹もすきませんでした。ありがとうございます」
昨日の夜、イシルが作ってくれた山芋のお好み焼きは、胃もたれもせず、腹持ちもよかった。
「やっぱ、ちゃんと食わねーとな、生きる基本だぞ?」
「うん」
ランに説教されるとは……
その通りだから、素直に聞いておく。
サクラはメザシに頭からかぶりついた。
「あぐっ、もぐっ」
程よい噛みごたえと苦味。
子供の頃はこの苦みが苦手だったのに、いつのまにやら美味しく感じられるようになってたな。
干物は余分な水分を除き、乾燥させることで旨味も凝縮される。
そして、少し強目の塩分。
このしょっぱさは冷や飯に合う。ないけど。
サクラは麦飯を頬張る。
あ、そうだ。
サクラは 食事の途中にすみません、と 席を立った。
保冷庫から あるものを取り出す。
なるべく、二人から離れて。
イシルとランは、食事しながら不思議そうな目でサクラをみている。
″パキッ″
スーパーでもらった割り箸を割る。
きれいに割れた。今日はいいことが起こりそう。
ブツの白いパックのふたをあけ、中のタレとカラシをとりだし、フィルムをはがすと、ひいた糸をくるくるっとフィルムでまきとる。
つぶつぶと詰め込まれている豆……
サクラは割り箸をたてると、空気を含むように豆をかき混ぜた。
「サクラ……臭い」
すまん、ラン。
『納豆』である。
納豆は混ぜて空気に触れることで、まろやかな味わいが引き出される。
白っぽくなるまで大きくかき混ぜることで、旨味を引き出し、納豆がふんわりと仕上がるのだ。
割り箸は普通の箸で混ぜるよりも納豆の粘り気がよくでる。
使ったらすぐに捨てられるので、ねばねばの箸を洗わずに済むし。
「食いもんか、ソレ」
「うん」
サクラは手を止めずにかき混ぜ続ける。
100回……
「そんなに混ぜなくてはいけないものなのですか?」
「はい、まぜる程美味しくなるんです。」
150回……
タレとカラシを入れてさらにかき混ぜる。
200回……
″納豆は400回混ぜると美味しくなる″
納豆のアミノ酸と甘み成分は混ぜるほど多くなるのだ。
アミノ酸は100回で約1.5倍、300回で2.5倍になり、甘み成分は100回で2.3倍、200回で3.3倍、400回で4.2倍になるという。
そのピークが400回、、らしい。
が、そんなに混ぜられない。
「今日はこれくらいにしといてやろう……」
手が痛いから。
納豆に白っぽく膜がはり、あわあわ、粘り気が増したから、200回で止めておく。
ネギを入れてざっくり数回まぜる。
「わっ、ちょっと待て!」
ランは席に戻ろうとするサクラを制すると、急いで食事を掻き込み、じゃ!と、先に出掛けていった。
納豆のニオイが苦手なようだ。
「……イシルさんは、大丈夫ですか?」
「凄い匂いですが、、大豆ですか?」
「はい、蒸した大豆を納豆菌によって発酵させた発酵食品で、『納豆』といいます」
イシルは大豆製品が好きだ。
醤油、味噌、豆腐、油揚げ、豆乳……シズエに教えてもらい全て自分で作っている。
「……味見しても?」
「どうぞ」
サクラはイシルに納豆パックと割り箸を渡した。
イシルは納豆を1つつまんで口にいれる。
「ぱくっ、もぐっ」
始めに来るのは匂い。
だが、口に入れるとそこまで感じない。
噛むとふにゃっと潰れて粘りけが出る。
独特の苦味と、何とも言えない、、旨味。
そこにネギとカラシの風味が加わり……
「……美味しい」
「ですよね!!」
「少しいただいても?」
「もちろんです!」
サクラはイシルと納豆を半分こして雑穀麦ご飯にかけて食べた。
「あと2パックあります」
「じゃあ、ランがいないときにまた食べましょう」
「そうですね」
イシルと納豆……
不思議だ。良く似合う。
「本当は400回まぜたほうが美味しいらしいですよ」
「余裕です」
そこでドヤ顔はおかしいですよ、イシルさん。
◇◆◇◆◇
歯磨きをちゃんとして ドワーフ村へご出勤。
とはいっても、お好み焼きとラーメンのせいでバーガーウルフはまたお休みだ。
ちょっと寂しいが、体は1つしかない。
「では、薬草園のほうが片付いたらシャナと組合会館にいきますから」
「はい、じゃあ、また後で」
イシルとシャナは薬草園の手伝いをした後 組合会館でラーメンの麺とスープに取りかかることになっている。
サクラはお好み焼きの様子を見に サンミのところで修行中のオズの所へ。
銀狼亭の裏へまわると、オズが座ってジャガイモの皮むきをしていた。
(お手伝いもしてるんだ、感心感心)
「おはよう、オ……ズ?」
振り向いたオズはでっかいマスクをしていた。
マスクには赤いばってんマーク。
クイズ番組で間違えたペナルティとして発言を禁じられた出演者がするような。
オズがサクラにむかって笑顔で話しかけてる風だが、声がでないのか、全く聞こえない。
「風邪ひいたの?」
オズが何かを訴えてる。
身振り手振りをつけ、一生懸命喋っているが、やはり聞こえない。
オズはマスクをぐいっと下に引き、口を開くと 大音量でまくしたてた。
「聞いてくださいよ姐さん!ここの女将さんは酷いんでっせ!わてが五月蝿いてこんなマスク作りよって、、このマスク、サイレントの魔法がかかっとるんですわ!誰や!こんなん作ったの!声が相手に聞こえんのです!女将さん、仕事は出来るお人やけど これはあんまりや!差別や!パワハラや!人権無視や!アイデンティティの崩壊や!わてから喋りを奪ったらただの可愛いおっちゃんや!!」
「うるさいよ、マスクとるんじゃないよ」
「かしこまりぃ!!」
サンミが裏口から追加のジャガイモをもって出てくると、オズは再びマスクをして座り、ジャガイモの皮をむく。
「まったく、調子がいいんだから、、」
いいコンビである。
サンミに任せて正解だったようだ。
「おはよう、サクラ」
「おはようございます。すみません、任せてしまって」
「良いんだよ、サクラがあやまることないよ。村長の客だろ?イシルにいいもん作ってもらったしさ」
サイレントマスク、イシルさん作なのか。
「コイツ、案外器用で助かってるんだ。協定も結んだみたいだしね」
サンミも座ってジャガイモをむき出す。
サクラも手伝いながら話を聞く。
ジャガイモむき、久しぶりだ。
「協定?」
「昨日決まったんだと。ハーフリングの村とオーガの村と同盟を結んだのさ」
オズもニコニコしながら話に参加している。
本人は喋ってるつもりだろうが、まったく聞こえない。
「三つの村をつなぐ道も 馬車が通りやすいよう広げてならすみたいだよ。移動がうんと楽になるねぇ」
「凄いですね、なんか、事が大きくなっているような……」
「この村だけじゃ貴族をまかないきれないからさ。この村は観るところがないからね。それでもホルムんとこのワイン農園は貴族が見に来てんだよ。なんでも、凄い人気の甘いワインがあるとかで……」
アイスワイン!!イシルさんがアスに売りつけたやつだ。
「見学料もらってワインの試飲させたりしてるみたいだよ」
ああ、ワインの飲み比べ……
飲みたいなぁ~
「一般の客も増えてるし、うちも大繁盛さ。三の道も意外と人気だねぇ」
「ジャガイモの道ですよね?」
「名前のせいさね」
あ、カップルロード……
「それに、三の道の奥はピクニックするにはいい場所なのさ。雰囲気もいいし」
「そうなんですか」
「イシルと行ってみればいいよ二人で」
サンミが意味ありげにニヤリと笑った。
オズもなんだか喋っている。
パントマイムみたいに、大袈裟な動きでサクラを冷やかしている風だ。
目がイヤらしい……
「オズ、手、動かしてよ」
オズは声でなくてもうるさい。




