207. お願い!ぽよんちゃん
「この後ドワーフの村でラーメン作りたいんですけど」
サクラはアスの執務室で、練り香水のサンプルやら新色の口紅やらを並べながらイシルにお願いする。
「ラーメン、ですか?あの、シズエが食べたがっていた」
おお、そういえばシズエ殿はラーメン食べたくて蒟蒻麺作ったんだっけな。
「そうです。でも蒟蒻麺ではなく、普通の小麦粉の麺です。オーガの村の目玉商品にしようかと思って、現世で買ってきました」
あれ?イシルさんもしかして麺作れるの?
「イシルさんラーメン、食べたことありますか?」
「いいえ、パスタの麺とは違うんですか?」
「違いますよ、『かんすい』というのが入って、もっともちもちします」
厳密には小麦粉も少しちがうのだけど。
異世界の小麦粉はどうだろう?
そうか、イシルさん麺は食べたことないのか。
やっぱりシャナさんにお願いしてみよう。
あ!
「スープは作れるって事ですよね」
「ええ」
「やった!じゃあ、スープの事任せてもいいですか?」
「僕でお役にたてるなら」
うわぁ!ありがとう、イシルさんんっ!!
「じゃあ今日試食してからですね!あ、ラーメンどんぶり」
サクラは現世でラーメンどんぶりを買ったのだが、在庫が二個しかなかったのだ。
アスに頼んで増やしてもらい、後は似た形で自分達で手配してもらおうと思っていた。
やっぱりラーメンはあのどんぶりで食べるから美味しいのだ。
「ぽよんちゃん、私のお願いも聞いてくれるかな」
「スライムですか?」
「ええ」
「どうですかね、スライムは本来そんなに攻撃的ではありませんが、見たところ特殊個体のようでしたね。アスが魔力を与えたのでしょう。行ってみますか?」
「はい」
アスへの品物を取り出し追えると、サクラとイシルはドワーフ村へ行く前にぽよんちゃんの部屋に寄ることにした。
「スライムって何を食べるんですか?」
「何でもですよ。取り込んで、溶かして、養分にするんです」
「じゃあ……」
サクラはリュックから ランに買った猫用おやつ『ぢゅ~る』を取り出す。
「食べるかな、これ」
餌付けしてお願いを聞いてもらおう。
ぽよんちゃんの部屋につくと、イシルは壊したドアを修復にかかり、サクラはぽよんちゃんの前に座る。
ぽよんちゃんはサクラを覚えていたのか、ふるふるっと震え、挨拶したように見えた。
サクラは『ぢゅ~る』の口を ぴっ、と切り ぽよんちゃんに差し出す。
″チュ――″
ぽよんちゃんはぢゅ~るを口(?)に含むと 一気に吸い上げ、ふるふると嬉しそうに震えた。
「気に入ったようですね」
ドアの修復を終えたイシルが後ろから覗き込む。
「あはっ、可愛い、、あっ!」
そのまま サクラの手の袋も ぱくんと飲み込んでしまった。
しゅわしゅわとぽよんちゃんの中で『ぢゅ~る』の袋がとけてしまう。
ラーメンどんぶりも溶けてしまうのだろうか……
「ぽよんちゃん、私、これが5個欲しいの」
溶けたら溶けたで仕方ない。
サンプルはもう一個ある。
サクラはぽよんちゃんの前にラーメンどんぶりと、指を開いて『5』を示す。
そして、ラーメンどんぶりをとぷん と ぽよんちゃんの中に沈めた。
″ふるふるふる……″
ぽよんちゃんはクッションの上で震え、膨れ上がると――
″ぶりんっ″
5つに分裂した。
分裂したぽよんちゃんは中にラーメンどんぶりを一個づつ抱いている。
「やった!」
″ボヨン、ボヨン、″
一匹のぽよんちゃん上にもう一匹が重なり ラーメンどんぶりを重ねると二匹が一匹になる。
それを四回繰り返し、サクラの前にラーメンどんぶりを5つ重ねると、ずるりと離れ、またクッションの上におさまった。
「賢いですね、お片付けができるなんて」
その様子にイシルが感心する。
「ランより賢いかも」
「ランも最近は片づけ手伝ってくれるじゃないですか」
サクラがランをフォローする。
一応飼い主ですから。
「そうですね」
「ありがとう、ぽよんちゃん」
サクラが手を伸ばし つるんと撫でると、ぽよんちゃんはプルプルふるえて喜んだ。
「うわぁ、連れて帰りたい」
「ランが泣きますよ、自分以外の使い魔がいると」
「……ですね」
今度はイシルがランを庇った。
なんだかんだ言ってランが好きなようだ。
「しかし先程のアスとサクラさんの擬態も素晴らしかった。相当魔力がありますね」
「言葉もわかっているみたいですしね」
「言葉がわかっているわけではありませんよ、思考を読み取ってるんです。耳も発声気管もありませんから、信号として受けとるんですね」
テレパシーみたいなものか。
「そんなことが出来るんですか」
「ええ、例えば、サクラさんの理想の相手を読み取って 擬態することも出来ます」
「私の、理想……」
ぽよんちゃんがぶるぶるっと震え、イシルの顔がひきつる。
「どうしたんですか?イシルさん」
イシルはサクラの奥を見つめている。
「へぇ……サクラさんの理想はそんな感じですか」
「え?……うわっ!」
サクラは振り返り、ぽよんちゃんを見て驚いた。
そこには いつか夢で見たイケメンマッドサイエンティスト風エリートサラリーマン系銀縁眼鏡様が!!
ぽよんちゃんがイシルの言葉を受け、サクラの理想を具現化し、イケメンマッドサイエンティスト風エリートサラリーマン系銀縁眼鏡様に擬態したのだ。
「こんな冷たい感じの人が好きなんですね」
うわっ、イシルさんの言葉がトゲトゲしいっっ!
「理想と現実は違いますから!顔です、顔!理想のパーツというだけです!『好き』とはまた違いますよ!」
ああ、ぽよんちゃん!君は優秀すぎる!正確に好みを再現してくれてありがとう、ダガシカシ、次は空気を読むことを覚えようか。
「『理想』ね……彼が『キサラギ』ですか?」
「え?キサラギ?何で如月さん?違いますよ、如月さんは、もっとイ……」
「もっと?」
言えない、イシルさんに似た感じなんて
「もっと癒し系ですよ。こんな冷たい感じじゃないです」
「サクラさんは冷たい感じの人がお好みですか」
「だから、顔だけですってば」
ふ~ん、とイシルがなんの感情も見えない返事を返す。
うわ、シャットアウトされた。
「で、誰ですか、コレ」
コレ呼ばわりですか。
「誰でもないですよ単なる理想ですから。いないですよ、こんな人」
夢でしか。
「まあ、現世の服じゃないし、そうなんでしょうね。村にもアスの館にもこんなヤツいませんでしたから」
わっ、今度はヤツ呼ばわりだ。
「まさか顔で負けるとは思いませんでしたよ」
「凄い自信ですね、イシルさん、意外です」
「単なる嫌みです。本気にしないでください」
「ソウデスカ、スミマセン」
でも、と、イシルが小さく呟く。
「……僕を『顔』で選んだんじゃないってことですよね」
「なんですか?」
小さすぎてイシルの呟きはサクラには届かなかったが。
「別に」
(あれ?ちょい機嫌が良くなったのは何でだ?)
「私だけじゃ不公平ですよ。イシルさんの理想の相手はどんなですか?」
「僕ですか?」
「ぽよんちゃん、イシルさんの理想の相手は?」
サクラはこの後 激しく後悔する。
何故ならぽよんちゃんの擬態した姿は サクラとまったく瓜二つだったからだ。
イシルがドヤ顔でサクラを見ている。
ああ、誰か私をここから連れ去って!!
イシルさんは理想がないので好きになった人が理想です(〃´ω`〃)




