206. かくれんぼ ★
挿し絵入り(10/18)
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薄暗い部屋。
奥には箱がつまれ、角のクッションではぽよんちゃんがプルプルと眠っていた。
サクラとアスはぽよんちゃんと箱の間に身を潜める。
「ドレスの案は浮かんだんですか?」
イシルに気づかれないよう、サクラが小さな声でアスに聞く。
アスもナイショ話をするようサクラに近づき こしょこしょと返事を返す。
「胸と背中は出しちゃダメだけど首は見せてもいいのよね?」
「いいけど、私の首なんてそんなにいいもんじゃないですよ?」
イシルのうなじを見た後だ。
あの美しいうなじを参考にされると困るのだけど。
「人と比べちゃダメよ?アンタにはアンタの良さがある。自分の魅力に気づいてないのよ」
「アス……」
「大丈夫。アタシがかんざしと赤の口紅の魅力を引き出すわ」
私の魅力じゃないのかよ!
ちょっと励まされたのに……
いいけどね。
また動物園のパンダみたいになっても困るからさ。
「先ずは かんざしの装飾を頼まないといけないわね」
アスが構想を練り始める。
「宝石類はルピナス商会に頼むとして問題は細工師ね。護身用に作るとなると芯はドワーフにつくってもらって、チューリップの飾り職人に仕上げてもらうか……ん?」
アスがスンと サクラの匂いを嗅ぐ。
「子ブタちゃん、いい匂いがするわね。香水?」
「あ、そうだ、かんざしの他にもう一つ『練り香水』てアイテムを買ったんですよ」
飛び出して来ちゃったから今手元にはない。
執務室のリュックの中だ。
「練り香水?香水を練るの?」
「はい『練り香水』は液体で吹きかけて使うんじゃなく、固形で、指先で温めるようにしながら指につけて塗る香水なんですよ」
「へえ」
「練り香水はアルコールを使ってないから、肌の弱い人も使えるんですよ。手紙に塗ってもお洒落じゃないですか?」
「いいわね、香りはその人を思い出させるからね……手紙、、ああ、エスコートカードか!」
「そうです」
『エスコートカード』は、アスが作ったちょっとしたラブレターのようなものだ。
名刺を一回り小さくした大きさで、丁度女性の手のひらでも隠れるように作られている。
社交界のお堅い仕来たりの目をかいくぐり、ドキドキを味わう恋の遊び道具だ。
魔法がかかっていて、受け取った相手は そのカードに触れると 誰からのものかわかるようになっている。
パーティーやお茶会などで 直接口に出して言えない言葉を カードにして センスの内側や手袋の中に こっそり隠し持っているのだが、パーティーで自分の香りを漂わせ、エスコートカードを渡す時、印象付けとしてそこに塗り込み香りを足せば……
「ん~ロマンチックね~もらったカードに本人の香りがついてるなんて……離れていても近くに感じられるわ。パーティーの素敵なひとときも思い出される。枕元に置いて寝れば夢で逢えるかもしれない」
アスは感激してサクラの手をぎゅっと握る。
「アンタは私の天使だわ!」
いや、悪魔に天使とか言われてもねぇ……
それって敵じゃないの?
「でも」
アスは スンスンと動物みたいにサクラの匂いをかぎ分ける。
「これ、男の匂いがするわ」
「え?」
アスはサクラの頭に顔をうずめ、すうっと吸い込む。
「イシルじゃないわね、誰?」
男?あ、そっか
「髪を結ってくれた人がつけてた練り香水なんですよ」
「髪についたってこと?」
「多分そうですね。如月さんが手首につけてたのがうつったのかもしれないです。練り香水は髪につけてもいいんですよ」
「へぇ、何の香りかしら……爽やかだけど、甘い……」
アスは更にサクラに寄り添い 匂いを嗅いでみる。
「あ、私も手首につけたんだった」
そう言ってサクラはアスの鼻先に手首を持っていく。
アスはサクラの手をとり 匂いを確認する。
「『雪』だそうです。現物はリュックに入ってるので、後で執務室で――」
″バァァ――――ン″
突然大きな音がして ドアが中へ倒れてきた
「見つけた」
どうやらイシルがドアを蹴破ったらしい。
「ひいぃぃっ!!」
逆光でイシルの表情は見えないが お怒りなのがわかる。
ビリビリと刺すような空気と いつもの優しい翡翠色とは違い、紫色に瞳が光を放っている。
紫はイシルの魔力の色だ。
魔力を湛えた瞳……ビームでも出そうですよ!?
「楽しそうですね。こんな暗がりで僕に隠れてイチャイチャと――」
シャツのボタンをきっちり上まで止めたイシルが 眼光鋭く ゆらりと一歩あゆみを進める。
「してない!してないイチャイチャなんて!」
「そうですよ!仕事の話ですイシルさん!」
怒りの主旨がかわっとる!!
「手をとり髪にキスをして――」
「これは子ブタちゃんの髪についた匂いを」
「練り香水の話で――」
「抱き合ってサクラさんの髪の匂いを嗅いでいたと」
「「抱き合ってない!!」」
ギリギリと歯を食い縛るようにして イシルがもう一歩近づく。
一歩一歩が重い!
お怒りMAX!
一歩ごとに恐怖が増す!
ホラーだ!!
貞◯だ!(特に髪型が◯子)
フレディだ!!(エルム街の悪夢)
いや、ジェイソンか!?(13◯の金曜日)
絶体絶命大ピンチ!!
(子ブタちゃん)
アスがコソッとサクラに耳打ちする。
(あたしが合図したらイシルの右を抜けて、アタシは左を抜けるわ)
(無理ですよ)
(大丈夫、考えがあるの。全部アタシに任せて)
(わかりました)
イシルがその様子を見て きゅっ と 眉根を寄せる。
「無駄だ、全て聞こえてる」
アスは立ち上がり、サクラを立たせた。
「やってみなくちゃわからないでしょ」
なんだかイシルが悪役扱い。
アスは手を口の前に持ってくると、何かを飛ばすようにふうっ、と息を吹きかけた。
″ぶわっ″
風が巻き起こり、赤い薔薇の花びらが部屋一面に舞い、イシルの視界を遮る。
「走って!」
アスの声が鋭く響く。
「目眩ましか、無駄な事を」
イシルは真っ赤な視界の中、気配を察知し、まず左を抜けるアスを捕らえ、続いて右を抜けるサクラをつかまえた。
風が止み花びらが床に舞い落ち、消えていく。
イシルの視界が晴れた。
「まったく、ろくなことしない」
イシルは左にアスの腕を掴み、右にサクラを掴んでいたが、ため息をつき、その手を離した。
イシルから解放されたサクラとアスは 紫色にかわり、グニャリと歪む。
「スライム」
スライム――ぽよんちゃんの擬態
二匹のぽよんちゃんは、ぽよん、ぽよん、と跳ねて一つになり 部屋の角のソファーへぽすんと収まると、とろとろと眠りについた。
「変わり身なんて姑息な」
イシルは再び二人を追いかけて通路へと飛び出した。
◇◆◇◆◇
「うまくいったでしょ?」
「アス頭いいね~」
アスは薔薇の目眩ましを仕掛けた後『走って!』と叫んだ。
だがソレはサクラへの合図ではなく、ぽよんちゃんへの命令だった。
その時アスはサクラを掴んで引き止めていたのだ。
ぽよんちゃんが走った後、アスはサクラを抱えあげ、イシルが身代わりをつかまえてる間にサクラと一緒にドアを抜け出した。
あのコソコソサクラに耳打ちしたこと事態がフェイクだったのだ。
サクラがあんな真っ赤な視界の中を走り抜けられるわけがない。
「これから、どうするの?」
「ん~、どうしよっか~」
ノープラン!?
「あ、来た」
「ひいぃっ!」
後方にイシルの姿が見え、アスがスピードをあげる。
アスがスピードをあげると サクラがアスにしがみつく。
サクラがアスにしがみつくとイシルの機嫌がさらに悪くなる。
悪循環である。
「ん~、仕方ないなぁ」
「何か秘策が!?」
「うん♪」
アスはにっこり笑う。
「ゴメンね、子ブタちゃん」
「え?」
″ポーン″
「……え?」
サクラの体が宙に浮く。
アスがイシルに向かってサクラを投げたのだ。
「捕まっても子ブタちゃんは大丈夫だけどアタシはタダじゃすまないから」
「え″え″――――っ!!?」
生け贄作戦。
サクラがいるとイシルはどこまでも追って来る。
アスはサクラをイシルに返して 自分はほとぼり覚めるまでかくれることにしたのだ。
「今捕まったらアタシ こま切れにされちゃう」
せめてぶつ切りで勘弁してほしい。
「アス~~!!!」
床に打ちつけられる前に イシルが走ってきて ぽすん、と サクラをキャッチした。
「捕まえましたよ」
イシルさん、笑顔でお怒りデスネ!
マルクスさんに匹敵する部類の怖さの笑顔ですよ!?
イシルは恐ろしくも美しい怒りの笑顔で腕の中にいるサクラに笑いかける。
これは、、もう、、謝るしかない!!
「す、すみませんでした」
「さて、どうしてくれましょうか」
「……ごめんなさい」
「どれを謝ってるんですか?」
「あー……」
「言ってみてください」
「……かんざしの練習に無理やり付き合わせた事……」
「それはいいです」
「……イシルさんの腕を掴んでアスに協力した事……」
「あれはアスが悪いんです」
「……逃げた、事?」
「何でクエスチョンマークなんですか」
「イシルさん怒ってるから」
サクラを見つめるイシルが悲しげな顔をする。
「僕が怒ってるからって、答えを探らないでください。怒られないための言葉を聞いてるんじゃないんです。サクラさんが何に謝ってるかを聞いてるんです」
私が謝ってる理由……
「僕の機嫌を伺うんじゃなく、サクラさんの気持ちを知りたいんです」
なんとなく謝るんじゃなく、ちゃんと考えて、相手に何をして、何を悪いと思ったのか……
もし相手が違うことで怒っていたら聞けばいい。
一緒にいたいと思うなら、そばにいたいと思うなら、わからないまま有耶無耶にするのは嫌だ。
そうじゃないと和解なんて出来ない。
自分の言葉で、素直に――――
「イシルさんを 傷つけたかなと思って……嫌がる事をしてごめんなさい、逃げたりして、ごめんなさい」
許してもらうための言葉を探すんじゃない。
許しを願い、相手に悪いことをしたと謝るのだ。
イシルは答えに満足したのか、いつものイシルに戻ってくれた。
「もう、僕から隠れたりしないで」
イシルが抱き抱えるサクラに頬を寄せる。
「はい」
ここは宿泊者フロアーのようで、部屋から貴族が出てきた。
「あの、そろそろ下ろしてもらってもいいですか?」
人前でおいつまでも姫様ダッコは恥ずかしすぎる!
「嫌です」
「えっ!いや、あの 人も見てますし……」
「恥ずかしいですか?」
「はい」
「いい方法があります」
「下ろしてくれればいいだけなんですけど」
「嫌です」
「……」
「僕の首に手をまわして」
サクラはイシルに言われたように腕をイシルの首にまわす。
「そのまま僕の肩に顔を埋めれば誰も見えませんよ」
「いや、そうじゃなくてですね」
「あ、人が来た」
「っ///」
サクラはイシルに回した手にきゅっと力を込め、イシルの肩に顔を埋め 顔を隠す。
「見えなければ恥ずかしくないでしょう?」
違う意味で恥ずかしいのですが!?
「なるべくゆっくり、部屋に戻りましょうかね」
「あの、イシルさん」
サクラが恥ずかしそうに顔をあげる。
「早く 部屋に///」
「嫌です」
「恥ずかしくて、耐えられません」
「我慢してください」
「我慢、できないです///」
「困りましたね、そんな顔でそんなこと言われたら」
下ろしてくれる?
「ベッドに直行しそうです」
「え″!?」
「僕も我慢できません」
「……スミマセン、我慢します」
サクラは再びイシルの肩に顔を埋めしがみついた。
「その調子です」
イシルはラ・マリエの美しい通路を悠然と歩く。
気分は上々、愛しいサクラを胸に抱いて。
アスの生け贄作戦は大成功であった。




