183. cherry´s始動 (パーティーへ)
ラ・マリエの大ホールの中は いつにも増して賑わっていた。
貴族は勿論、商会の会長連が軒を連ねているのだ。
宝石で有名なルピナス商会の会長 エルモンド・ランドルフ、繊維業界の権威、ダリア商会の会長ジャン・ド・アルバドスをはじめ、貿易に強い南国カトレアの商人、沢山の細工師を抱えるチューリップの商人……
大ホールの扉が開き、視線が集中する。
この館 ラ・マリエの主、ローズ商会総頭の アスが入ってきたのだ。
視線と共に ざわめきが起きる。
いつもながらの美貌のせいではない、アスは 女性を伴っていたからだ。
「アス様がパートナーを……」
「いつもお一人なのに!」
「見たことないお顔ですわね」
驚き、嫉妬、妬みのざわめきの中、アスはゆっくりと サクラを気遣いながら歩く。
「サクラ」
(サクラ!?)
アスに初めて名前を呼ばれサクラは硬直する。
「これをつけるの忘れていたよ」
アスは真珠の耳飾りを出すと、サクラの耳元の後れ毛をゆびでついっと耳にかけ、そのまま慈しむようにサクラの耳をくすぐる。
「っ///」
頬を赤くし、首をすくめるサクラの 右耳の耳朶に イヤリングをはめた。
アスの行為に あぁ~ん、と女性陣が息をもらす。
(表情が固いわよ)
(だからって撫でないでよ!)
アスは サクラの左耳を軽く掴むと こすっと撫でる。
「っっ///」
「可愛いよ、サクラ」
サクラはアスが左の耳朶にイヤリングをはめる間、軽く唇を噛み、くすぐったさに絶えた。
ほぅ、と 男性陣のため息が聞こえる。
(その調子)
(後でおぼえてろよ……)
「睨んでも可愛い」
「……」
これはあれだ!乙女ゲームのイベントだな!うん。
イヤリング付けスチルゲットだぜ!
そう思わないとやってられんわ!
周りにはイチャイチャしてるように見えるんだろうな……
イヤリング、わざとつけ忘れたな、アスめ!
「これは珍しい、アス殿が女性をお連れとは」
頃合いをみていたのか、イヤリングをつけ終えると 男が声をかけてきた。
アスの醸し出すイチャイチャ空間に入ってこれるとは、さては強者だな!
「ジャン、紹介するよ、私のパートナーサクラだ。サクラ、彼はダリア商会の会長ジャン・ド・アルバドス」
親しいのか、アスが気楽な感じでお互いを紹介する。
いやいや、アスよ、その紹介の仕方は誤解を生むだろうが!
仕事のパートナーって言えよ。
しかし今は文句も言えない。
「はじめまして、サクラです」
アスがすかさずフォローを入れる。
「彼女は異国から来たので挨拶の仕方も知らないんだ。君も気楽に接してくれ」
「ハハハ!貴族じゃあるまいし、形式なんざいらんさ」
おお!さりげに貴族をディスってますな、ジャン殿よ。
中々ノリの良い御方のようで。
「魅力的な貴婦人ですなぁ、居るだけで和むような」
そう言ってジャンはサクラに笑みを向ける。
うん、異世界の口説き文句、誉め言葉は挨拶だ。
真に受けてはイカンです。
いくらイケオジだろうが、舞い上がりません。
「アス殿の心を射止めるとは大したものだ」
「それが、彼女は中々首を縦にふってはくれないんだ」
「なんと!アス殿に靡かんとは、見た目に似合わず強い心をお持ちのようだ」
「彼女は商才があってね……」
それからアスは サクラが持ってきた紅のプロモーション、着ているドレスの話し、商談へと持っていった。
今日サクラが着ているドレスの布は、どうやらジャン殿の営むダリア商会のものだったようだ。
計算されてたんだね~アスは商人だったんだなとしみじみ思う。
「サクラさんには退屈じゃないかい?仕事の話は」
ジャンが気を遣ってサクラに聞いてくれる。
「いえ、面白いです。ジャンさんはご自身で裁縫もなさるんですね」
「彼は元々腕の良いテーラーなんだよ、サクラ。 私もよく仕立ててもらったよ」
ああ、やっぱりアスに名前で呼ばれるとむず痒い……
「ハハハ、歳には敵わなくて、たまにやると針に糸を通すのも大変だよ」
ジャン殿が照れくさそうに笑った。
「なんだか随分楽しそうじゃないか」
サクラとアス、ジャンの輪の中に声をかけてきた人物がいた。
このメンツに入ってくるとは、またもや強者!?
ルピナス商会の会長 エルモンド・ランドルフだった。
(あれ?この人……)
「やあ、エルモンド」
ジャンがエルモンドと呼んだ人物に サクラは見覚えがあった。
(あ!お肉大好きおじさんだ)
恰幅が良く、身なりの良い男……そう、サクラをメイドと間違えて料理の給仕を頼んできた人物。
宝石王エルモンドは今回初めてアスの招待に応じたらしい。
ジャンとエルモンドはもともと面識があるようで、ジャンが間にはいって取り持つ形だ。
「いや~今回招待してくれてありがたかったよ、アス殿!礼を言う。もううまいもんは食べつくしたと思っとったんだがなぁ~未知との遭遇ばかりで驚いたよ!」
「気に入っていただけたようで何よりです」
「昨日ドワーフの村で食べたんだが、『おでん』か?あれが旨かった。寒い日にはうってつけだ!あの薄味のスープがまた、、たまらん」
あ、銀狼亭で食べたんだ、おでん。
「ポテチというのも軽くてエールに合ったが、なんといっても『コロッケ』わしはパンに挟まずそのまま食うのがいい。さくっとした歯触りの後にくる熱々の芋がまた……」
うん、うん、揚げたては美味しいよね!コロッケ。
「そのポテチも、コロッケも、ドワーフの村に伝えたのは ここにいるサクラなんだ」
おっと、急にこっちきたよ!
アスがエルモンドにサクラを紹介した。
「そうか!あんたが!」
エルモンドがサクラに向き直り、人の良さそうな笑顔をみせる。
「はぁ~、こんな可愛らしい子がねぇ~素晴らしい発想力だ、、ん?」
エルモンドがサクラの顔を覗き込む。
「あんた、メイドさん???」
「いえ、その……」
あんたが間違えたんだよ! とは言いにくい。
ゲストに嫌な思いをさせてしまう……
「彼女は昼間ドワーフ村で料理を教えていましてね」
アスがまたもや助け船を出す。
「おお、それでメイドさんの格好をしとったんか、いや、失礼した。今日はあまりにもべっぴんさんになっとるから、わからんかったな~あっはっは!」
うん、ちょっと違うが面倒くさいからそれでいいや。
ありがとう、アス。
「いや、サクラさん、あんたがこの前取ってくれた料理も うまいもんばかりだったよ。わしは食事の合わんやつは気も合わんと思っとる。気に入った!あんたは見所があるなぁ」
「ありがとうございます」
「今日のドレスもまたいい。ダリア商会の布は質がいいからすぐわかる。だが……」
エルモンドの目付きがかわる。
「その真珠はいかんな……」
えっ!
「落ち着いた真珠もいいが、華やかさが足りん」
あ……私がペンダントにこだわったから アスがそれにあわせて今日のコーディネートを変えてくれたんだった。
もしかして、エルモンドさんとこの宝石をつける予定だったのかな?
どうしよう、気分を害したかもしれない、うわー!ごめん、アス!
「エルモンド、私の甲斐性が足らなかったんだ、彼女のせいではないよ。私が贈る宝石の中に 彼女の眼鏡にかなう宝石がなかったんだ」
「……ほう?」
エルモンドの心が動いた
「今彼女の心を落とすのに苦戦中でね」
「百戦錬磨との噂の君にも動じない女がいたのか!それはお目が高いな!」
エルモンドが興味を示す。
「出来れば 宝石王と呼ばれる貴殿の商品を見せていただけないかな?」
アスが取引の足掛かりをつかんだ。
「うむ、では、先日のサクラさんへの失礼の詫びも込めて、宝石を持参しよう」
「ありがとう、エルモンド」
アスとエルモンドは がっちりと握手する。
アスはここでも口紅のプロモーションをし、口紅と宝石、ドレスの組み合わせについて ジャンとエルモンドと話を進めていた。
とりあえず、そそうはなかったようでなによりだが……
(結構疲れるな)
ジャンとエルモンドとは 後日合う約束をとりつけ、アスはサクラに向き直ると、サクラに顔を寄せ こそこそ話す。
(子ブタちゃんありがとー!)
(私なにもしてないよ)
(あのタヌキオヤジは 変わり者でさ、一見さんお断りだし、気に入った相手としか取引しないのよ~)
(そうなんだ)
(グルメで有名だから、食べ物で釣って、キツネおやじに取り持ってもらおうと思ってたんだけど……)
ジャン殿をキツネおやじって、失礼だな。
(子ブタちゃんが取り持ってくれてたなんて!!)
(いや、成り行きで……)
アスが嬉しそうに目を細める。
(んー!我慢できない、ここでチューしていい?)
「ダメに決まってるでしょ!」
思わず声をあげてしまった。
(ここじゃなくても駄目だから!!)




