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176. ランとお出かけ 2 (海月の癒し空間)




その部屋は暗い空間の中に ぽうっと明るく円柱が何本も並んでいた。

その円柱の中では くらげがふよふよと流水に上下している。


クラゲの癒し空間


疲れた心と体に安らぎを与えるリラクゼーションルームだ。


室内はさらに暗く、円柱の水槽だけがライトアップされ光を放ち、幻想的な空間をつくりだしている。

クラゲ自体が発光しているものもいて 神秘的だ。


そして、水槽の周りには 間隔をあけてソファーが置かれていた。


「……カップル シート?」


狙いすぎだろ、アス。

ソファーは水槽が程好く見える位置、かつ、他の席からは死角になるよう計算されている。


「空間を歪めて見えなくしてるのかもな」


「アス、そんなことも出来るんだ……」


やりたい放題だな、おい。


「クラゲって ずっと見てられるよな」


ランが座ったので サクラも隣に座る。


「うん、クラゲを見ていると、時間を忘れて 頭を空っぽにできるよね」


目の前のクラゲは 半透明の体を ふよん、ふよんと拍動させながら 流水に身を漂わせている。


「母上とも 海の中で こうやって一緒に見てた」


(海の中に連れてってくれた大魔導師って、お母さんだったんだ)


トゥクン……トゥクン……


目の前のクラゲの傘の拍動のリズムは 人の鼓動に似ている。

サクラとランはゆったりとしたクラゲの鼓動に呼吸を合わせ、静かな時間の流れに身を委ねた。


ランがぽつりとこぼす。


「母上は なんでオレに呪いをかけたのかな……」


(!?)


ランがこぼした呟きにサクラは驚いた。


(ランに呪いをかけたのは、お母さん!?)


ランが幼い頃から繰り返してきた自問自答。

答えの出ない問い。


「オレが、嫌いだったのかな」


ずっと抱えていたランの不安。


「嫌いだったら海の中を見せてあげようなんて思わなかったんじゃないかな」


「…………」


ランが黙り込む。


「ランといる時、お母さんどんな顔してた?」


「あんまり一緒にいたことねーよ 仕事ばっかりで」


「いつも?」


「……病気の時はいてくれた」


「心配だったんだね」


ランはクラゲを見つめたまま ポツリ、ポツリと言葉をおとす。

言葉が こぼれ落ちたみたいな、弱々しい口調で。


「じゃあ、なんで オレを捨てたんだろう……」


ぼんやりとクラゲを見つめ 肩を落としている素の状態のランにかける言葉がみつからない。


「何か 事情があったんだよ、きっと」


情けないことに サクラはありきたりの言葉しか言えなかった。


「どんな?」


(どんな!?う~ん……)


サクラは頭を捻る。どんな……

その答えはランの母親しか知らない。

そんなことはランだってわかっている。

今ランが求めているのは 納得の出来る理由だ。

どんな……


「あ!ランが人間では耐えられない病気にかかってしまった、とか!」


「は?」


「人間では耐えられないけど、獣なら耐性がある病気に。ね?これなら獣にする必要があるよね?」


我ながら苦しい答えだと思う。


「……他には」


(ほか!?う~ん……)


ドラマだとどんな設定があったかな……

生活が苦しくて……いやいや、

自分が不治の病にかかっていた……いや、ローズの街で ランは()()に会ったんだっけ、

仕事上で恨まれて命を狙われた……ありそう。


「あ!実はランは王の隠し子で、王権争いの刺客から命を狙われないよう 獣の姿にかえて 難を逃れた!」


「えっ!」


ランが動揺を見せる。


「ん?」


なんか、ひっかかった?


「いや、あ、あまりにも突拍子なくて」


「……だよね」


また言葉を無くし 二人でクラゲを見つめる。


ランは動揺していた。

権力争いがあったなんて思いもしなかった。

ランの継承権は三番目だったのだから。

上の二人の兄は優秀で 仲も良く、ランはどちらかと言えば問題児で、刺客を送られるほどの脅威ではなかったはずだ。

争いには無縁の国のようにみえたのに。


(もしそうなら オレは愛されていたのだろうか……)


ランの記憶にある母は、いつも街から街へ飛び回り、()()()()()()子供達の世話をしていた。


″本当の愛をみつけて呪いをといて″


ランはローズの街でのマリアンヌの言葉を思い出す。


「サクラ」


ランは黙り込むサクラを見る。

膝の上のサクラの手を。


「本当の愛を見つけたら 呪いはとけるんだ」


ランは隣に座るサクラの左手に自分の右手を重ねた。

さっきみたいに手を引かれることは ない。


「おとぎ話みたいに キスで呪いがとけると思うか?」


サクラはうつむいたまま答えない。


「サクラ……」


ランはうつむくサクラの顔を覗き込むように身をかがめた。


「サクラ、オレ……」


左手を伸ばし、サクラの右頬に添えると顔を少し持ち上げる。


サクラの閉じた瞳に ランはきゅんとする。


ぷにっとしたくちもとは ランを誘うように薄くあいていて ドキドキする。


ランは 胸を高鳴らせ 薄くあいたその唇に キスを――――


「すかーっ」


「……」


あろうことか サクラは気持ち良さそうに眠っていた。


「なんでお前はいつも大事なとこで寝ちゃうんだよ」


うん、昨日夢の中でがんばっちゃったからね。


「はぁ……」


ランはげんなりとソファーの背に身を投げ、船を漕ぐサクラの背中を見つめる。


サクラはまた少し 背中がすっきりしてきた。

首から肩にかけての肉が減っている。


腹筋は止めてしまったみたいだが、ランが教えた運動はやっているようだ。


ランはサクラの上体をソファーの背に倒し、自分の肩にもたれさせると、顎を押して口をいつも通り閉じてやった。


まだ ぷよん、と気持ちいいが、顎もちょっと尖ってきている。


ランはランの肩で眠るサクラの頭に自分の頬をよせ、ぼんやりクラゲを眺める。

サクラの寝息を聞いていると 心地よい睡魔が襲ってきた。


うとうとと、母の顔を思い出す。


(母上……)


夢の中の母は 慈しみの瞳で、柔らかな笑みを浮かべて ランに笑いかけていた。

行かないでと駄々をこねると、ちょっと困った顔をして笑い、ふんわり、頭を撫でる。


フローラルのような優しい香り……

シルバーブルーの髪がふわりと風になびく。


ランを呼ぶ穏やかな声……


″こんな所で寝ていると 風邪をひきますよ″


そう言って そっと、優しい手がランの頬に触れた。

その手が ついっ、と 親指で ランの濡れた目元を拭う。


「……母上」


大きな手が ランの頭を撫でる。

その手つきに愛情を感じて心地いい。


″起きなさい、ラン″


(……ラン?)


ランはうっすらと目を開ける。


そこには ちょっと困った顔をして笑うイシルがいた。


(あれ?)


「サクラさんも、起きてください」


「ん、、イシルさん、用事は終わったんですか?」


「ええ、二人ともお腹空いたでしょう、何か食べましょう」


サクラが立ち上がり、イシルと共に歩きだす。


(あれぇ?)


イシルが振り返り いつまでも座っているランに呼び掛けた。


「何してるんですか、行きますよ ()()






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― 新着の感想 ―
[良い点] きゅんとするラン君にきゅんとします。 キスどころかその先だって余裕そうなのに…… これもギャップ萌え、でしょうか。 呪いが解けたらにゃんこになれなくなってしまうのは寂しいけれど、がんばれラ…
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