136. 弁当泥棒
人は寝ている間に夢を見る。
1日3、4個の夢は見ているらしい。
多い人はもっとだ。
一般的に、覚えている夢は、起きる直前の夢だけ。
サクラは 暗闇の中に ソファーにもたれて眠っている人を見かけた。
夢のかけら――――
起きた時に サクラはきっと覚えていないだろう。
その人はの髪は 白く長く、流れる水のように床に渦巻いていた。
サクラは何故か急いでいたので そのまま通りすぎた。
夢の中の、単なる一コマでしかなかった。
◇◆◇◆◇
「さぶっ!」
サクラは 寒くて目が覚めた。
「イテテ……」
どうやら昨日の寝不足も手伝って しこたま泣いたあと そのまま川原で眠ってしまったようだ。
(お腹減ったな)
サクラはリュックに手を伸ばす。
″むにっ″ ″ピギャッ!″
「ん?」
サクラは リュックではなく、なにか むっちりしたものを掴んだ。
そこには、リュックに頭を突っ込んでいるナニモノかが、 リュックから頭を抜こうと もふもふムチムチのオシリをむにむにふっている。
尻尾の形はウサギに似てるけど……
″キュポンッ″
リュックから抜けた体は中型犬程で もったりとした体型。ウサギみたいだけど、耳は短い。二本足で立っている。デカいモルモットのような……
「山ネズミ?」
そして、口にくわえているのは――――
「私のお弁当――――!」
山ネズミは スティックオープンサンドの入った袋をくわえ、四つん這いになるなと、タタッと走り出した。
「まてっ!」
サクラは山ネズミを追いかけて走る。
昨日の夜、今朝と あまり食べていないサクラは、泣いてスッキリしたこともあり、腹が減っていた。
(しかし、追い付けそうだな)
野生の獣にしては足が遅い。
もったりオシリが目の前でもにもに動き、微笑ましい。
サクラはそのもったりオシリに手を伸ばす。
″タンッ、ワサワサッ″
「ぬっ!」
山ネズミは クッ、と脚に力を入れて 左に折れ、獣道から林へとワサワサと入っていく。
「まて~」
サクラも山ネズミを追って 林へ入る。
山ネズミは サクラに捕まりそうになると、ふいっと曲がる。
「ぬぐっ、おりゃっ」
″ぴょいっ″
「はぁ、はぁ、、そりゃっ」
″ひょいっ″
いい運動である。
そんなことを繰り返して、当然――――迷った。
「ふぅ、もういいよ、食ってくれよ」
サクラは諦めてその場にしゃがみこんだ。
ランを呼ぼうかと思ったが、今危険なわけでもない。
ランは今日新しい魔法を試すと言っていたし、邪魔しちゃ悪いから、暗くなる前に迎えにきてもらおう。
実のところは 今朝のイシルとのことがあるから帰りずらいのだ。
「お腹減ったな……」
″ポトリ″
「ん?」
サクラが膝を抱えて座っていると、足先に何かが置かれた。
「キノコ」
″ポトリ″
山ネズミが キノコをくわえてサクラの足元に置く。
「もしかして、お礼?」
″キキッ″
そうだよと言わんばかりに山ネズミが鳴いた。
有難い。有難いが、キノコはあぶない。
シロウトが手を出していい代物ではない。
すると、山ネズミは、足元に置いたキノコを食べて見せた。
「毒は、ないってことね」
サクラは 空腹に負け――――食べた。
◇◆◇◆◇
夕刻、イシルが村から帰ってくると、家に人の気配がしない。
「サクラさん?」
呼んでも返事がない。まだ帰っていないのか。
「帰りづらいのか……」
今朝のことがあるから。
イシルは 今日、言わないはずの言葉を口にしそうになった。
サクラにさえぎられたが、パンドラの箱は開けられてしまった。
『私は、異世界で恋愛する気はありません』
わかっていた。こうなることは。
サクラには現世に大切な人達が待っている。
だからずっと、イシルは決定的な言葉は口にださなかった。
サクラが受け入れてくれる範囲で構わない。そう思っていた。
だが、突然サクラはイシルを突き放した。
何が起こったのかわからなかった。
サクラの心が知りたい。
だから 引いて、揺さぶり、押してみた。
動じないサクラに自分を抑えきれずに、最終的に イシルは引き金を引いてしまったのだ。
「せめて好きだと言わせて欲しかった……」
イシルは サクラを迎えに行くために家を出る。
(川にいくと言っていたな)
川原で遊んでいるのかと思い、行ってみたが、サクラの姿はなかった。
獣道をよく見ると、サクラの足跡は川原へは降りずに その先へと続いていた。
イシルは獣道を進む。この先は滝になっているはず。
はたして、そこには サクラのリュックが残されていた。
しかし、サクラの姿は見当たらない。
サクラのために 出がけに森にはったイシルの結界にふれるものはなかった。
シャナが動いた様子もない。
ランを呼んだ気配もない。
まさかと思い、滝壺も確認したが、異常はみられなかった。
サクラはこの森にいるはずだ。
イシルはサクラのリュックをひろいあげる。
リュックは口があいていて、獣の毛がついていた。
「ウッディチャックの毛……」
ウッディチャックはリスの仲間で、人に害をなすことはない。
短い手足にずんぐりとした体型で、走りは遅いが、曲がった厚い鉤爪をもち、穴堀りと木登りが得意だ。
ウッディチャックの巣穴はとても大きく、人が中腰で入れる程だ。
(何かを取られて追いかけていった?)
イシルは獣道へと戻る。
獣道で、引き返すサクラの足跡をみつけた。
幅からして 走っている。
ウッディチャックの足跡も見える。
(やはり ウッディチャックを追いかけてる)
夕日に追われながら イシルは足跡をたどる。
暗くなる前に見つけたい。
(ここから林に入ったな)
ひときわ力強く地面を蹴ったウッディチャックの足跡と、途切れたサクラの足跡。
イシルは林に入る。
ずいぶんと動きまわったのか、痕跡が乱雑していて方向を定めにくい。
(このあたりに ウッディチャックの巣は……)
ウッディチャックの巣穴は 大きな木の下が多い。
掘る穴が大きいので、大木の下でないと 木が倒れるのだ。
(大木か、倒木の近く)
イシルはあたりをつけ、歩きだした。
夕日が沈みかけている。
夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。
逢魔が刻
赤い夕日と夜の闇がまざり、空に不安な陰をつくる。
月が出れば魔物が活性化してしまう。早く探さないと……
しばらく探していると、目のはしに 人影がよぎった。
「サクラさん?」
呼びかけられた人影が振り向く。
それは、頼りなげな サクラの姿。
「イシルさん」
サクラの声だ。
イシルを呼ぶ 愛しいサクラの声。
イシルはたたずむサクラに近づく。
「ううっ、ごめん……なさい、グスッ」
サクラがイシルに謝る。
「ごめん、なさいぃぃ、、」
「何を謝るんだい、そんなに」
イシルは優しい声でサクラに問う。
「ふえぇっ、えぇっ、、うぐっ」
サクラが泣いている。
顔をくしゃくしゃにして、子供みたいに。
イシルはサクラの隣に歩み寄り、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「何か、僕に伝えたい事が?」
嗚咽混じりてサクラが呟いた言葉は――――
「好きです」
イシルが欲しかった言葉。
「イシルさんが、好き」
サクラはせきをきったように叫びだす。
「うぐっ、大っ好きなんですうぅ!!ひっく、誰にも渡したくなんかないんです!うっ、ううっ、、隣にいたい!側にいたい!抱きしめたい!キスしたい!うわあぁぁぁん……」
イシルはサクラを見て微笑む。
「ありがとう」
「ふえぇ、ううっ、」
「他に言い残したことは?」
「……ポテチが、食べたいんです」
イシルはクスリと笑うと、サクラを 倒木へと座らせた。
「ここで、いいかい?」
サクラはこくりとうなずく。
「おやすみ」
サクラは目をつぶる。
″パア――――ッ″
サクラの姿が発光し、胞子となってパァンとはじけて舞い、キラキラと倒木に降り注ぐ。着床。
「オモイダケを食べたな」
オモイ茸
食べた者の魔力と姿を借り 菌床を探してさ迷い、枯れ木を好み着床する。食べた者は魔力を吸われるので、翌日にならないと目覚めない。
その姿は本人そのもので、食べた者の一番強い想いを宿しており。その人の声で想いを告げる。
危険な職業についたものはオモイダケを携帯している者もいる。
最後の想いを 誰かに伝え、家族に届けと願いをこめて。
先ほどサクラの姿をしたオモイダケが語ったのは サクラが滝へぶつけたイシルへの想い。サクラの本心。
イシルはオモイダケの群生地をみつける。
いくつか刈り取られたものと、噛られたものがある。
「……結構食べたな」
イシルはそこから辿って ウッディチャックの巣を見つけ出した。
巣穴に入ると 紙袋がビリビリに破かれて、パン屑がおちていた。
サクラが昼に食べると言っていたオープンサンドだろう。
(これを追いかけてきたのか)
サクラらしくて、笑ってしまう。
巣の中ではウッディチャックとサクラが丸くなって眠っていた。
「みつけた」
サクラがあたたかいのか、ウッディチャックの群れがサクラをかこってまるまっている。
(ウッディチャックに、暖をとられてる)
イシルはまた、クスリとわらう。可愛いな、と。
イシルがウッディチャックに埋まっているサクラを抱えると、ウッディチャックが キーキーと抗議の声をあげた。
「返してもらうよ、僕のだから」
イシルは腕の中の柔らかい温もりをかみしめながら、足取り軽く サクラを胸に 家へと帰る。
オモイダケを介して伝えられたサクラの心。
サクラが自分を求めていることがわかった。
これほど嬉しいことはない。
「いつか、貴女の口から聞きたいな……」
″イシルさんが好き″
眠っているサクラには 知る由もなく……




