135. スティックオープンサンド ◎
料理写真追加しました(2022/8/27)
(……眠れなかった)
サクラは一睡もできなかった。
昨日、イシルは夜遅くに帰ってきた。
あろうことか、部屋に入ってきたのだ。
サクラは固く目をつむり、狸寝入り。
″ギシッ″
ベッドの軋む音がして イシルがベッドサイドに座ったのがわかった。
微かにお酒の匂いがする。
すぐそこに イシルがいると思うと ドキドキする。
出ていってほしいけど、その存在を感じていたい。
矛盾してる。
「今日は アイリーンと 森に行って来ました。馬に乗って遠乗りにでかけましたよ」
(馬で……イシルさんが、アイリーンを乗せて……アイリーンはイシルさんの腕の中にいたのかな、それとも後ろから抱きついて?
そう言えばシャナさんもイシルさんに乗せてもらってたっけな……)
「サクラさんは まだ馬に乗ったこと ありませんでしたね」
(うっ、うらやましくなんかないもんねっ!うっ、ウラヤマシイ……)
「アイリーンに贈り物をしたら 高価すぎて受け取れないと 返されそうになりましたよ。どんなものがいいか 今度相談に乗ってください」
(アイリーンに贈るものの相談、私に、する!?くっ……よかろう、受けてたとう!相談くらい!どんと来い!)
「ああ、今日はアイリーンが何故皆を惹き付けるのか 目の当たりにしましたよ」
(はうっ、早速惚気ですか?キキタクナイんすケド、コレまだ続くんですか、拷問ですね。何かの罰ですか!?)
「彼女の魅力はあの気質からくるんですね、本能に呼びかけるような魅力です……サクラさんのおかげで アイリーンを知ることが出来たみたいです。本来の姿を見ることが出来ました。ありがとうございます」
(もうアイリーンの虜ですね、御馳走様です。お腹いっぱいデスヨ………………私が望んだ事ではあるけど)
「少し酔ったみたいです。今日は 楽しかったので……」
(いつも酔わないのに アイリーンと一緒だと酔えるんだ……)
「……おやすみなさい」
イシルは喋るだけ喋って サクラの部屋から出ていった。
こんな遅くまでアイリーンと一緒にいたんだ、
サンミさんとこでお酒をのんだのかな、
外で 二人きりで飲んだのかもしれない、
酔えるほど アイリーンに気を許したんだ……
手をつないで歩いたのかな、
肩を抱いて歩いたのかな、
外は寒いから きっとイシルさんはアイリーンに上着を貸してあげただろう――――
そんな事がぐるぐると頭を巡り、気がつくと……
♪新しい朝が来た、希望の朝が~♪
「サクラさん、食べないんですか?」
イシルが食事の手が止まっているサクラを心配そうにのぞく。
今朝はスティックオープンサンド。
食パンを 縦に三等分に切り、口に入る幅になっていて、普通のオープンサンドよりかぶりつきやすい。
「あ、昨日食べすぎたみたいで 胃もたれですかね、これお昼に食べますよ」
どんどん嘘がうまくなる。昨日はケーキ何口かしか食べてない。けど、イシルの顔見ながらだと胸がいっぱいで食べられない。
こんなことならアスの家にお泊まりさせてもらえばよかったかな。
「イシルは今日、ワイン農園に行くんだろ?」
ランがモゴモゴ口をうごかしながらイシルに聞く。
「ええ、アイスワインのことで ホルムと話があります。アスのローズ商会と取引することになるので、引き合わせるんですよ」
イシルがサクラを笑顔で誘う。
「サクラさんも行きますか?」
「私は……」
今日は休みだ。だけど……
「今日は家にいます。運動がてらちょっと川までウォーキングでもしようかな、なんて」
「いいんじゃね。なんかあったら すぐにオレを呼べよ?」
「うん。ありがとう、ラン」
「あ、やべぇ、早くいかねーとギルにどやされる!」
最近ランはなにやら頑張っている。
昨日も魔法書読んでたしね。偉いなぁ。
「今日は森に演習に行くからな。新しい魔法を試すんだ」
ランは ガツガツと口にパンを詰め込むと もぐもぐしながら慌ただしく出かけていった。
二人きりになった。
……いたたまれない、のは、私だけ?
「煎じ薬を取ってきますね」
「薬?」
「胃もたれの」
「ありがとうございます」
そう言ってイシルはヤカンを火にかけ 研究室に 薬を取りに行った。
イシルの優しさがイタイ。嘘なのに、胃もたれ。
サクラはその間に食卓を片付ける。
食器を下げ、皿を洗い、ふきあげ、棚にしまう。
″ピ――――ッ″
お湯が沸いたことを知らせるヤカンの音。
サクラは 重ねた皿を持ったまま 火をとめようと片手を伸ばし――――
″ガチャガチャッ″
「ぬおっ?」
バランスを崩し、手元の皿が揺れる。
それを支えようと 体を傾け、両手で皿を持ったとき、サクラのヒジがヤカン台に当たった。
″ガツッッ″
「危ない!」
キッチンの入り口でイシルが叫ぶ。
サクラのひっかけたヤカンが倒れて、サクラにかかる――――
「サクラ!」
「ひっ!」
″バシャッ、ガチャン″
イシルが飛び込んできて サクラを腕の中に庇い、イシルは腕に熱湯をかぶった。
「イシルさんっ!?」
「つ、、」
「すぐ、冷やさないと!!」
サクラは 皿を置き、イシルの手を掴むと、イシルのシャツの袖を捲る。右腕が、真っ赤だ。
キッチンの椅子にイシルを座らせ、水魔法を使い 流水で イシルの赤くなった手を冷やす。
「痛いですよね」
イシルに優しく触れるぷくぷくの手、必死になっているサクラの顔をみて、ふふっ、とイシルが笑った。
「なに笑ってるんですか!早く、回復魔法を、ヒールを、」
「やっと、側に来てくれましたね」
えっ?とサクラが顔をあげると、イシルの視線とぶつかる。
「やっと、僕を見てくれた……」
イシルは治療もそこそこに、切なそうな瞳で サクラを見つめている。
「やっと、ちゃんと顔が見れた」
「イシルさん……」
「怪我すれば側にいてくれるなら いくらでも怪我しますよ」
どうしよう、イシルさんがヤンデレ化してる!?
「何言ってるんですか!バカなこと言わないで下さいよ」
「本心です。もっとよく、顔を見せて」
イシルが左手で サクラの頬を包み、サクラの顔を自分に向ける。
イシルが頬にふれただけで サクラの心が嬉しさでふるえた。
サクラはそれを悟られないよう イシルの熱のこもった眼差しから目をそらす。
「っ///あ、アイリーンがいるじゃないですか」
「アイリーンですか?」
「そうですよ、だって、昨日、一緒に馬にのったんですよね」
「うん」
「贈り物、したんですよね」
「うん」
「魅力的、なんですよね」
「うん」
「酔っぱらうくらい、楽しかったんですよね」
イシルはサクラの問いを音楽でも聞いているかのように楽しそうに聞きながら ふっ、と 笑った。
「やっぱり、起きてたんですね」
「あ――……」
しまった、これはサクラが寝てたハズの時の話だ。
「気にしてくれてたんですね。アイリーンとは何もありませんよ」
「だって、デートに誘ったじゃないですか」
「貴女の気持ちを知りたかったんです」
「私の?」
「貴女が僕を他の人とくっつけようとするから」
あー、うまく行きすぎると思ったら のっかられてただけだったのか。バレバレだったんだ。
「貴女が止めてくれるのを望みました。貴女が嫉妬してくれるのを期待しました」
だからわざとサクラの前でアイリーンを誘った。
「僕の気持ちは知っているでしょう?」
答えられない。
どうしよう、イシルから目が放せない。
真っ直ぐに、サクラを求めている。
はぐらかすなんてできない。
「ドワーフの鉱道で、あの日……貴女が僕に許しをくれた日に 僕の気持ちは伝わっているんだと思っていました」
私も好きだと言ってしまいたい。
「僕は何とも思ってない人の唇を奪うことはしません」
このままその胸にとびこんでしまいたい。
「僕がキスしたいのは貴女だけ」
言わないで
「サクラ 僕は貴女のことが――――」
その先を言わないで
「私は!」
サクラはイシルの言葉を遮るように被せる
「私は、異世界で恋愛する気はありません」
声が 震える。
「うん」
イシルが穏やかに続ける。
「わかっていました。だから今まで言わなかったんです」
サクラは誰も選ばないだろう、と。
「わかっていても 直接聞くと 堪えますね」
つくん、とイシルの言葉が、表情がサクラの胸に突き刺さる。
イシルを、傷つけた……
「でも、僕の気持ちは僕のものだ。だから、ぼくと誰かをくっつけようとは思わないで」
「……はい」
「どうか、今まで通りに」
イシルは 寂しそうに微笑むと、サクラの頭するっ、と撫でる。
サクラはそれを受け入れる。いつも通りに。
イシルは煎じ薬を入れてくれ、自分を納得させたように「行ってきます」と 出かけていった。
サクラは「行ってらっしゃい」と それを見送る。
いつも、通りに。
食べきれなかったスティックオープンサンド
「ウォーキングいくし、外で食べよう」
気持ちを入れ換えたい。
スティックオープンサンドは、食パンを縦に三等分、もしくは四等分にし、トーストする。
バターやマヨネーズ、生クリーム、ジャムなど好にスプレッドし、上に具材を縦に並べる。
口の幅にはいるから 普通のオープンサンドよりも食べやすい。
サクラはスティックオープンサンドを袋にいれる。
重力魔法をかけて、崩れないように。
そんなことに魔法をつかうなよ?いえ、重要デス。
パンにマヨネーズをぬり、正方形にカットされたハムとスライスゆで卵が交互にトッピングされたスティックオープンサンド。
ゆで卵は黄身の真ん中がほんのりオレンジでおいしそうだ。
「かわいい」
こちらはピザトースト風。
トマトソースをぬり、ツナ、玉ねぎ、ピーマン、そして上からチーズ。ボリューミーなスティックオープンサンド。
「喫茶店みたい」
そしてクリームチーズを塗ったパンの上に 一口大にカットされたアスパラベーコンがならぶ おしゃれスティックオープンサンド。
三つで食パン一枚分。
サクラはそれらをリュックに入れて、川を目指してウォーキングに出かけた。
川への道は 初めてイシルと出かけた道。
(ここ、キノコ狩りしたとこだ)
初めてイシルと手をつないだ場所。
キノコをとるのに夢中になって、ふいっ と、頭をあげて振り返ると、右をみても、左をみても同じような景色。
イシルを見つけたときの安心感、不安になったサクラに差し出されたイシルの手……
「僕はどこにも行きませんよ」
「だから……」
「貴女もどこへも行かないで……」
「僕の側そばにいてくださいね?」
「危ないですから」
そう言って イシルはサクラの手を握り歩き出した。
はぐれると大変だから、と。
サクラはそんなことを思い出しながら 川へと歩く。
我慢していたものがせりあがってきて、胸が苦しくなる。
「うっ……ふぅっ」
イシルの後ろ姿……
思ったより肩幅があって、金の髪を日の光にキラキラと輝かせながら軽やかに歩く。今は見えない。
おかしいな、目の前が 滲んでくる
「うぐっ……グスッ」
サクラはイシルと来た川を通りすぎる。
獣道を更に上流へと歩く。
「イシルさん……」
肩から伸びた筋肉質で力強い腕。
その見た目に似合わずゴツゴツしていて、大きく、少し 冷たい手。細く長いキレイな指。
そして、後ろを歩くサクラを気にして 時折振り返る横顔。
優しい横顔。
「ふえぇ、ううっ、」
サクラは何かから逃れるように歩き続け、何かを振り払うように走り出した。
そして、獣道の終点までたどり着く。
″ドドドドド……″
滝だ。
そこには滝壺があった。
全てを呑み込んでくれそうな 雄大な自然。
サクラは川原におり、リュックをおろすと、滝の側まで寄った。
そして、そこで全てを吐き出した。
「うわ――――――――――ん」
ドウドウと水をのみ込む滝壺に向かって 大声で泣き叫ぶ。
「好きです!うぐっ、大っ好きなんですうぅ!!ひっく、誰にも渡したくなんかないんです!うっ、ううっ、、隣にいたい!側にいたい!抱きしめたい!キスしたい!うわあぁぁぁん……」
嗚咽と共に 心のうちをぶちまけた。
『私は、異世界で 恋愛する気はありません』
言った。
言ってしまった。
真剣なイシルに向き合ってだしたサクラの答えだ。
ふったのは自分、なのに、ふられたのだ。この世界に。
「ふえぇっ、えぇっ、、うぐっ」
ひとしきり泣き叫ぶと、サクラはその場にうずくまる。
「ううっ、ごめん……なさい、グスッ、ごめん、なさいぃぃ、、」
イシルの悟ったような笑顔が痛々しかった。
言うならもっと早く言うべき言葉だった。
もっと早くこの恋を手放すべきだった。
それもこれも、もとはといえば――――
「ふぇっ、うくっ、神のバカヤロ――――!!」
ついでに もうひとつ
「ポテチが、食べたいんです――――!!」
サクラの声は 山に木霊することなく、全て滝壺にのみ込まれて消えた。




