133. イシルとアイリーンのデート
イシルは 森を馬で駆ける。
腕の中に アイリーンを抱いて。
「寒くはないですか?」
「……平気」
背後からのイシルの声に アイリーンがぶっきらぼうに返事をする。
ドワーフの村でイシルにデートを申し込まれたアイリーンは、イシルが本気でないことなんてわかっていた。
これはサクラへの当てつけだ。
「アタシをまきこまないでよね」
「君なら僕を好きになる事はないと思ったので」
イシルはさらっと言ってのけた。
人を当て馬扱いしやがって、と、アイリーンは背後の人物を忌々しく思う。
「むかつく」
元はと言えばサクラのせいだ。
なんで今更イシルを遠ざけるような事をしてるのだろう。
ローズの街から帰ってきたばかりのイシルに会った時、イシルは浮かれていた。
いつもがポーカーフェイスな分、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだった。
だから、やっとサクラとうまくいったんだと思っていたのに。
(こじらせるなって言ったのに、サクラめ、帰ったら覚悟してろよ)
アイリーンは 呪いの言葉をサクラにぶつける。
「ここですね」
イシルは 森の切れ目、崖下で馬を止めると、アイリーンを抱えたまま 馬からひらりと飛び降りた。
◇◆◇◆◇
イシルとアイリーンの乗った馬が 森の切れ目、崖下で停止した。
(スノー、どうしよう、イシルさんが アイリーンを後ろから抱きしめたよ)
(うわぁ、ほぉんとにアイリーンとデートなんだぁ)
こちらは 心配で 後をつけてきた リズとスノー。
イシルはアイリーンを抱いたまま ひらりと馬から飛び降りる。
(こんなところで何するんだろう)
(なぁんにも、無い所だよねぇ)
森が途切れ、少し空間が出来ている。
少し先に 小高い崖の先端が付き出している場所。
ロマンチックな場所というわけでもなく、デートに似合う場所とは思えない。
(二人きりになりたかったのかな……)
(リズ、声が聞こえるところまで行ってみようよぅ)
リズとスノーは 木と茂みに隠れながらイシルとアイリーンに こっそり近づく。
「贈り物は気に入りましたか?」
二人の声が聞こえる。
イシルがアイリーンに贈り物をしたようだ。
(イシルさんがアイリーンに贈り物だって!いつの間に?)
「もらえないよ、あんな高価なもの」
(アイリーンが断ってるぅ。さくらに遠慮してるのかなぁ)
「君に合うはずです」
(イシルさん 結構強引。でも、アイリーンに似合うものをわざわざ選んでたってことは、前からアイリーンのことを!?)
(イシルさんが二股ぁ!?どうしようリズ、私信じられないよぅ)
「やっぱり自身ないなぁ」
アイリーンが沈みがちにこたえる。
(アイリーン、謙虚だね……)
(イシルさん、サクラに振られちゃったのかなぁ)
(だからって、すぐにアイリーンにいくとかないでしょ)
(うわあぁぁん、イシルさん、どうしちゃったんですかぁ!)
イシルがふう、と ため息をつく。
「そこにいるのはわかってるんです。出てきなさい、リズリア、スノートラ」
「「はいぃっ!!」」
ばれていたようだ。
◇◆◇◆◇
「召喚獣ですかぁ?」
「ええ。あなた達と同じように アイリーンにも授けようかと思って」
「なんだぁ」
「よかったー」
デートじゃないのがわかって リズとスノーはほっと胸を撫で下ろす。
森に来たのは 従魔にする魔獣に会うためだったのだ。
「魔獣と戦うだなんて、私には無理だって言ったんだけどね」
アイリーンが天使バージョンでこたえる。
リズとスノーの前では 絶賛猫被り中である。
リズとスノーのお兄さん達を狙っているからね。
「それで、アイリーンは 従魔の名前は決めたの?」
「名前はぁ、先に決めといたほうがいいですぅ テンパっちゃいますからぁ」
召喚獣獲得の先輩として、リズとスノーがアドバイスする。
アイリーンは まだ名前を考えていないようだ。
「そうね、リズとスノーはなにがいいと思う?」
「「んー……」」
リズとスノーは考え込む。
「リズのが男爵でぇ……」
「スノーのが公爵だから」
「「伯爵」」
リズとスノーが声を合わせる。
「アール、格好いいね、呼びやすいし」
アイリーンもまんざらではなさそうだ。
そういえば、何を従魔にするのか聞いていなかったなと、スノーが興味津々で アイリーンに尋ねる。
「それで、従魔なんですかぁ」
「なんだろう、聞いてないわ」
意外にもアイリーンも知らないようだ。
「アイリーンはか弱いからぁ、心を通わせやすい魔獣かなぁ」
「ユニコーンとか?」
「バログは女の人だったらなつくけどぉ、ユニコーンは処女だけだよねぇ、結婚したらお別れとかイヤだなぁ」
「じゃあ、ペガサス!」
「キャー!カッコいい!ペガサスにのってるアイリーンはきっと素敵ですぅ」
「でも ペガサスってBランクじゃない?狂暴だし」
「この辺にはいないか、う~ん……」
リズとスノーが人の従魔で きゃいきゃいと盛りあがっている。
この辺にいる魔獣ってなんだろうと考えながら、アイリーンはイシルに聞く。
「従魔はなんですか、イシルさん」
「あれです」
イシルが前方、斜め上を指し示す
イシルの指先を目で辿ると、崖の上に雄々しい姿が見えた。
″オオ――――……ン″
「「スターウルフ!?」」
オオカミにしては小柄だが、スピードがあり身のこなしが軽いスターウルフは Cランクの魔物だ。
黒緑色の体に、額に角を持つ 風属性の魔獣で、角に魔力を込めて、かまいたちを放つ。
角の生えた額の毛のまわりが十字に白く、星の瞬きように見えるため スターウルフと呼ばれている。
「無理ですよ!そんな!」
アイリーンが驚いて抗議の声をあげた。
冒険者でもないアイリーンに Cランクの魔物なんて無理だ。
「そうですよ!Cランクの魔物だなんて、リズの時だってやっとだったのに」
「危ないですよぅ」
リズとスノーも止めにかかる。
鋭い牙と爪だけでも危ないのにカマイタチも使うのだ。
風が吹けば それに乗ってスピードも上がる。
「武器はあげたでしょう?」
イシルがアイリーンにした贈り物は この時のための武器だったようだ。
「嫌ならいいんですよ、別に。アイリーンがあざみ野に帰るための手段が欲しいと言うから 連れてきただけですから」
「そうなんですかぁ、アイリーン」
「うん。サクラが休んだ日に イシルさんに相談したの」
あの日、サクラ達がローズの街から帰ってきた次の日、イシルはアイリーンに あざみ野町の家にお金を届けたと報告しに来てくれた。
そして、孤児院の状況も。
荒らされたと言う話を聞いたら、いてもたってもいられなくなった。
だから、頻繁にあざみ野に帰れる手段がないか、聞いてみたのだ。
「まさか召喚獣を与えられるとは思わなくて。魔獣と戦うなんて無理だって言ったんだけど、手助けするからって」
「確かにスターウルフに乗れれば……」
「あざみ野なんかすぐですよねぇ、でも……」
リズとスノーが不安そうにアイリーンを見る。
「……やるわ」
「アイリーン!?」
「どうしたんですかぁ、急に」
何かがアイリーンを後押しした。
確かににそうだ。
スターウルフに乗れれば あざみ野に行ける。
日帰りで帰ってこれる。
「早くしないと 食べられなくなっちゃうから」
「「へ?」」
「お菓子。もらったお菓子、兄弟たちに食べさせたいの」
バーガーウルフで 客からもらったプレゼントの数々。
クッキー、チョコレート、キャンディー、ジェリービーンズ、ドライフルーツ……
あざみ野にいる あの子たちが食べたことのないお菓子ばかり。
「だから……」
「″日持ちのするものが一番好き″なんですねぇ」
あの子たちが食べたらどんな顔をするだろう……
喜ぶ顔が 見たい。
その想いがアイリーンを後押しする。
「イシルさん、わたし、やります」
アイリーンが覚悟を決める。
「わかりました」
イシルは スターウルフを魔法でピン、と小突く。
″ギャンッ!″
スターウルフが小さく悲鳴をあげ、こちらに気づいた。
″グルルルル……″
牙をむき出しにして、崖を駆け降りてくる。
「怒らせてどうするんですかイシルさん!心が通うかもしれなかったのに!」
リズがイシルの行動にびっくりして あわててイシルの上着を引っ張った。
「心なんか通いませんよ。スターウルフはプライドが高いんですから。アイリーンが勝てるとしたら 方法は一つです」
「なんですかぁ?」
「みてればわかります」
″シュタッッ、タンッ!″
アイリーンの目の前にスターウルフが姿をあらわし、着地と同時にアイリーンを目でとらえると 襲いかかった。
「ひやっ!」
″ボウンッ″
アイリーンは咄嗟に炎でそれをかわす。
「アイリーンはぁ、炎を使えるんですねぇ」
「髪色ピンクだから……水と火?」
「ええ。水と火に愛されてますね。炎と癒しが得意なようです」
この世界では自分の属性とは別に 髪の毛の色に加護があらわれる。
人間に属性はないので、加護がそのまま髪色にあらわれる。
ドワーフは地属性で、火に愛されているから茶や赤茶の髪の者が多い。
イシルは闇属性だが、より光に愛されているから金の髪ということだ。
「でも、あのままでは勝てませんね」
アイリーンはスターウルフのスピードについていくのがやっとで、炎で攻撃を回避するのが精一杯だ。
「きゃっ!」
ざしゅっ、と アイリーンが倒れ、その背にスターウルフが襲いかかる。
「うぐっ!」
スターウルフは アイリーンの上にのしかかり、前脚でアイリーンを押さえつけると、起き上がろうともがく その華奢な肩に喰らいついた。
″バクンッ!!″
「あああっっ!」
アイリーンの悲鳴が喉から絞り出される。
「きゃっ!」
「アイリーン!」
リズとスノーも悲鳴をあげる。
スターウルフが牙をむき、アゴに力を入れ、アイリーンの肩を食いちぎろうとする。
「くっ!」
アイリーンは自分の肩に噛みつくスターウルフに爆炎をぶつけ、口を開かせた。
″ボンッ″
″ギャンッ″
衝撃でスターウルフが後ろに弾けとんだ。
アイリーンは 座り込んだまま噛まれた肩をおさえ、自分に″キュアウォーター″回復を、かける。
危うく 肩がはずれるところだった。
ゴスロリメイド服の『裂傷体制』『耐圧』のお陰で 大した傷はない。少し筋を違えた程度だ。
「リズリアの作った服は素晴らしいですね~」
イシルが助けにいく気配は まったくみられない。
「イシルさん、そんな呑気なこと言ってないで助けてくださいよ!」
「ひどいですよぉ、イシルさんんっ」
スターウルフに蹂躙されるアイリーンを目の当たりにして、リズもスノーも泣きそうだ。
爆炎をまともにくらったノーウルフは、顔半分の毛をこがされ、片目から血を流しながらもアイリーンに対峙する。
″グアアァァ――――!!″
手負いの獣は狂暴さを増し、容赦なくアイリーンを襲う。
スターウルフは意外と賢く、服の上が無駄だとわかったのか、しきりにアイリーンの脚に噛みつこうとしていた。
アイリーンは立ち上がれないまま、ずりずりと後退りし、相変わらず炎で回避するばかりだ。
「「アイリーン!!」」
リズとスノーがたまらず飛び出す。
″ガツッ″
「「きゃっ!」」
「どこへ行くんですか?二人とも」
イシルがリズとスノーをつかみ、アイリーンへの援護を許さない。
「黙って見ていなさい」
とうとうアイリーンは 大きな木の根本まで追い詰められてしまった。




