131. アスの館 ( ドワーフ村 )
″ち――――ん″
そんな効果音が聞こえてきそうな程サクラは撃沈していた。
「魂ぬけてるわよ」
館のサロンのテーブルに突っ伏してるサクラに アスが声をかける。
「子ブタちゃんの思惑どおりに事が運んでるんでしょ?」
サクラが独り立ちして、イシルがイシル自身のために時間を使い、好きな人を見つける。
サクラはその手伝いをすると決めた。
「ハイ」
「じゃあいいじゃない」
「ソウデスネ」
もっと苦労するかと思ったらイシルはサクラの提案をすんなり受け入れてくれた。
正直、拍子抜けした。こんなに簡単なことだったんだ。
傷が浅いうちに、は、サクラ自身も同じだったんだと 今更ながら自覚した。
そんなサクラにアスが追い討ちをかける。
「イシル 敬語じゃなかったわね」
″僕とデートして、アイリーン″
「……ソウ、デスネ」
アスの言葉に先程の光景が思い出されて もやっとする。
デート、どこ行くんだろう……
「イシルってあんな甘い声出せるのねー」
″今日、これから、僕と過ごして欲しい″
「…………デスネ」
心をとろけさせるような声。ツクン、と、胸が痛む。
イシルはアイリーンと何をして過ごすんだろう……
「口説くときのイシルってストレートなんだ~意外。エルフってもっと詩的な事 言うのかと思ってたわ」
″君の事をもっと知りたいから……″
「…………」
アイリーンはキレイだ。イシルも認めていた。
心もキレイだ。ちょっと不器用で可愛い心の持ち主だ。
アイリーンのことをよく知れば イシルはきっと好きになる。
きゅうぅっ、と、胸が苦しくなる。
「……嫉妬」
「!!」
「羨望、後悔、不安、憧憬、劣等感、喪失感……」
アスがサクラの感情を言葉にする。
言葉にされると突き付けられるようで、余計に感情が重くのしかかる。
「匂いだけだからな~食べれば分かるんだけど、一番強いのは――――」
聞きたくない。
「恋しい」
「うっ……」
「恋しくて、恋しくてたまらない」
「うわぁ///言わないでアス!プライベートの侵害だぁ!」
サクラががばっとテーブルから身を起こした。
「やっと起きた」
「面白がってるでしょ、アス」
「うん。だって子ブタちゃん追い詰めるほど匂い立って、美味しくなるんだもん。ムンムンしてるから」
「悶々の間違いだよね?」
「そんなにムンムンするくらいなら 引き止めればよかったじゃない」
だから悶々ですってば!
「本末転倒ですよ。イシルさんはこっちの世界で相手を見つけるんですから」
サクラは目の前に出されたコーヒーカップからティースプーンを手にする。
「コーヒーカップには ティースプーンがお似合いですよ。ケーキフォークの出番はありません」
アスはお茶請けに添えられたケーキから ケーキフォークを取る。
「?」
シュガーポットの蓋を開け、中の角砂糖をケーキフォークですくうと コーヒーの中に ぽとりと落とした。
そのまま ケーキフォークで くるくるとかき混ぜる。
「似合わなくたって 使えるわよ」
くいっ、と コーヒーを口にする。
「アタシに味は分からないけどね」
「アス……」
慰めてくれてるのかな?
「冷めちゃったわね、新しいのをいれるわ」
アスが目配せするとマルクスがコーヒーのセットをもって現れる。
アスは違和感を覚えた。マルクスの雰囲気がいつもと違う。
(浮かれてる?)
マルクスがコーヒーを挽く。
サクラはソワソワと期待に満ちた目でマルクスの手元をながめている。
″ガリガリ……″
「ん~コレコレ」
挽いた瞬間から広がる豆の香り。
「はぁ……」
サクラはうっとりとミルに粉砕されるコーヒー豆の音と 漂う香りに身を任せる。
(なに、コレ……)
いつもと違う感覚にアスは戸惑う。
聞こえてくる音は同じなのに漂う雰囲気がまるで違う。
ガリガリと粉砕される音が香りを運び、アスは香ばしい香りに包まれる。
(もしかして……子ブタちゃんが?)
マルクスが丁寧に時間をかけて湯を注ぎ、ドリッパー内の豆をふくらませる。
その香りが媚薬のように鼻腔からアスの脳に浸透し、アスをときほぐしていく。
「「あぁ、、」」
サクラとアスの口から同時にため息がもれる。
間違いない、サクラの顔を見ているとわかる
マルクスが満足そうに サクラとアスの前にコーヒーを置いた。
「ありがとうございます」
サクラの礼に マルクスが笑みを返す。
コーヒーの香りでリラックスしてるのか、今日のマルクスはいつもよりやわらかい
笑顔の怖さは変わらないが。
サクラがコーヒーを口に含む。
アスもあわせてコーヒーを飲む。
「!?」
アスは翻弄される。
コーヒーの味がするのだ。
感情からくるものではなく、コーヒー自体の味が。
濃厚な苦味がアスの舌を刺激する。
鼻に抜ける香ばしさと深みのある風味。
苦いのに後味がよく、ほんのり甘味を感じる。
「ふぅ///」
目の前でサクラがコーヒーアロマに包まれている。
そんなサクラを見つめながら一緒にコーヒーを飲むと、穏やかな気持ちを味わえた。
(マルクスが変わったわけが分かったわ……)
アスは自分の考えを確証にかえるため、ショートケーキをフォークですくうと サクラに差し出す。
「いや、ケーキは……」
「食べて」
「糖質が……」
「一口でいいの」
お願い と、悩ましげな顔でアスに切望され、サクラは一口だけ食べる。
″ぱくっ″
「んん~」
きめの細かいスポンジは ふんわりと柔らかく滑らかで程よい弾力。あっさりめの生クリームをたっぷりと装った苺のショートケーキ。苺の甘酸っぱさが口に広がる。
サクラは目の前のアスを見てギョッとする。
苦しそうだ。
「大丈夫?アス」
「はぁ///っ、これも一口……」
いつの間にか、テーブルの上に ケーキスタンドが置いてあった。アスはプリンをすくったスプーンをサクラに差し出している。
サクラは夕飯を諦めることにした。
「あむ……むぐっ」
少し固めのカスタードプリン。
カスタードの甘さとカラメルのほろ苦さのハーモニー。
「ああっ///」
アスが悶える。
サクラはびくりと身を引く。
「これも、これも一口……」
「いや、もう食べ過ぎだから」
きゅうっ、と眉を寄せ、切なそうな涙目のアスに懇願され、サクラは出されたものを一口かじる。
「サクッ、あぐっ」
食べたのはクイニーアマン。
パイのようなサクッとした香ばしい表面に、スイートなカラメルがかかり、かりっと歯にあたる。
バターの芳醇なあじわい。
「くうっ///ぅん」
潤んだ目をしたアスは 間違いなく 欲情している。
はあはあと息も荒く、顔が赤い。表情が悩ましい。
「これも、食べて……」
サクラが口を開けると、アスがつまんだものを サクラの口の中へ そっと差し入れた。
「……コリッ」
サクラは 口の中のものを 噛んで半分に割る。
濃厚な風味とビターな味わい そして 甘い誘惑……
″ゆらり……″
「……アフ?」
サクラはソレを舌でゆっくり溶かしながら アスの名を呼ぶ。
アスはフラフラと酔ったようにサクラに近寄ると、がつっ、とサクラの腕を掴んだ。
「ひやっ///」
アスはサクラに顔を寄せ、くちびるがふれる寸でで耐える。
″はあ、あっ、はぁ……″
肉食の獣が 目の前で息を荒げている。
アスの熱っぽい息が サクラにかかる。
サクラが食べたのは『チョコレート』
それは″媚薬″
「もっと……ゆっくり、溶かして」
サクラはアスに言われたとおり、口の中のチョコレートをゆっくりと、味わいながら 舌で溶かしていく。
――――チョコレートを溶かす舌の動きは オトナのキスに似ている
「うっ///くっ、」
アスは 苦しそうに呻くと、サクラを解放し、ドアから飛び出していった。
サクラはへにゃりと その場にへたり込む。
「美人は迫力が違うな……」
◇◆◇◆◇
欲しい……
欲しい……
あの子が欲しい……
サクラがいれば 味がわかる
でも イシルを失うのはイヤ
両方 手に入れられるかしら
あぁ、もっと味わいたい、
もっと、
もっと……




