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129. お引越ししてきました。




サクラはベッドの上で物思いに更ける。


今日はイシルと距離をとる事に成功したと思う。

距離をとるといっても、避けるわけではない。

一般的な、人との距離を保つということだ。

現世でまわりの人間と距離を保っていたのと同じように。


家に帰ってきてからも、普通に楽しくランと三人で食事をし、バーガーウルフでの出来事を話したり、ランから警備隊の話を聞かせてもらいながらお茶をして過ごした。

イシルは楽しそうにそれを聞いていた。


今日、イシルから接客の許可をもらった。

サクラは自分の『特別』感を払拭したかったのだ。

まわりと同じように仕事をし、馴染み、とけ込めば、特別感は薄れるとおもう。


イシルはシャナに調合を教えてもらい、楽しかったと言っていた。

サクラがもたらす現世の知識でなくとも、楽しいことは溢れているのだ。

イシルにはそれを見つけてもらいたい。


アイリーンのこともキレイだと言っていた。

もっとまわりに目を向けて、話して、相手を知れば、イシルの好みの人がみつかるはず。

自分は物珍しいから興味を持たれているだけなんだとサクラは思う。

人には人生に一度モテ期があるというが、それは上京したてのときに終わったはず。

職場にね、女の子、一人だったからさ。うん。


このまま サクラと一緒にいる時間を減らし、他の人の元にイシルが行くようになれば、もっと村人と触れ合えば、イシルの生活基盤が形成され、うまく回っていくんじゃないだろうか。


時間はまだある。

一年かけて、その手伝いをするんだ。


そうして馴染んだ頃、ここから サクラという()()を取り除けば万事うまく行くはずだ。

イシルの日常がもどるはずだ。


『僕が過保護だっただけですから』


そう言って微笑むイシルは 明らかに傷ついた顔をしていた。

あんな顔をさせてしまった自分がたまらなく嫌になった。


でも、このままずるずると自分の気持ちに流されて イシルの心に触れてしまったら、もっとつらい思いをさせてしまうだろう。

これでいい。

これでいい。

今までが甘えすぎていたんだ。

流されるまま、楽な方へと。

自分がここに送られたのはダイエットのためだ。

初心忘るべからず!

うまくいった。

これでいいんだ!


サクラは頭から布団をかぶる。


うまく行ったはずなのに、心はまったく晴れなかった。





◇◆◇◆◇





今日のバーガーウルフはカウンターにサクラ、スノー、アイリーン調理担当に、ミディー、ヒナ、フォローにリズでスタートした。

サミーはお休みだ。


昼のピークも過ぎ、ヒナとミディーが休憩に入り、サクラ、アイリーン、スノー、リズは ぽつりぽつりくる客の相手をしながらおしゃべりしていた。


「なんだか空が暗いですね」


リズがカウンターで空をみあげる。

隣でアイリーンもつられて空を見る。


「本当。雨雲にしては黒すぎるわね」


黒い雲が帯状に畑から村の入り口の方へと流れて行く。


「なんか、おかしくないですかぁ」


不自然な雲の動きにスノーが眉をひそめた。

違和感を感じたのか、バーガーウルフの対面に建てられた警備隊の駐屯所からギルロスが出て来て、村の外へと流れる黒雲を凝視している。

他の隊員もわらわらと出てきた。

ランやシャモア鍋の時に会ったハル、オーガの村から来たばかりのリベラの姿もあった。


「村人全員を建物の中へ避難させろ、旅人は宿と会館へ」


ギルロスが指示を出し、隊員が散り、人々を誘導し、忙しなく走り回る。


ドワーフの家にはどこも『秘密の部屋』があり、大概地下につくられている。

緊急の場合、天災でもない限りは家にいた方が安全なのだ。


「ラン、イシルを呼んで来い、イシルとお前の二人で結界をはってくれ」


「わかった」


ランはサクラの姿をちらっと見て、『中に入れ』とジェスチャーし、組合会館に走る。

このバーガーウルフにも例外なく地下に ドワーフ特有の『秘密の部屋が』あるから、そこに避難しろということだ。


非常事態を報じるサイレンが鳴り響く。


″バサバサバサッ″


村の正面の森から一斉に鳥がとびたつと、大地が悲鳴をあげた。


″ドドドドド……″


獣の叫び、逃げ惑うような足音、森の中から動物たちがだかだかと逃げ出していき――――ピタリと静かになった。


耳が痛い程の静寂の中、帯状の黒雲はグルグルと渦を描きながら村の正面の上空一点に集まりだす。

強い 魔力を感じる。


「……召喚魔法……いや、転移魔法、か?」


ギルロスは異様な力をビリビリと(はだ)に感じながら上空を睨み、眉をひそめた。

何か()()


全員が息をのむ。

サクラ、アイリーン、リズ、スノーは その空気にのまれ、完全に逃げ遅れていた。


「なにやってんだい!」


ミディーが 呆然と空を見上げていたリズとスノーを捕まえて地下へと避難させる。


「あんたたちも早く!」


″ビカビカビカッ″

″バキバキバキッ″


「きやっ」

「うわ!」

「ひっ!」


大きな音とともに黒雲から縦に幾つもの稲妻が地面に向かって降り注ぎ、地響きがして、サクラはアイリーンの頭を抱え、とっさにしゃがみこんだ。

パリパリ、バキバキと木の倒れる音がする。

強い力で 無理矢理薙ぎ倒されているような音。


″ズズ―――――ン″


「……なんだ、あれは」


ギルロスの目の前で、時空が歪み、巨大な影が黒雲からゆっくりと降りてくる。


館だった。

雷光をバチバチと弾けさせながら、館が大地に脚を降ろす。


″ズシ――……ン″


ギルロスは目の前に突如姿を表したものを 信じられず 呆然とみつめる。

サクラもカウンターから這い上がり、()()を見た。


それは まるでおとぎ話の舞台のようなルネッサンス様式の館。

その館は外壁を(いばら)が伝い、季節外れの薔薇がさきほこっている。

あれは……


「ふ~ん、ここがドワーフの村ねぇ」


ギルロスは声によって現実に引き戻される。


(男……か?まったく気配を感じなかったぞ)


男か女かさえわからないような人物の前にギルロスが素早く立ち塞がる。


「何者だ!!」


「あら、美味しそうねぇ」


男の目が すうっと、細くまたたき、ギルロスを捕らえる。

ギルロスは 男に見据えられ、剣に手をかけたまま動けなくなった。


(殺られる……)


嫌な汗が流れる。

目の前に現れた男は異常だ。

作り物のように整った妖艶な容姿に 金の髪をゆるくなびかせて、大量の魔力を隠すことなく 悠然とギルロスに近づく。


ギルロスは 踏みとどまるのが精一杯だった。


男は 重い空気のようにギルロスに纏わりつくと 首のあたりに顔を近づけて すうっ、と 息を吸い込む。


「ん~セクシーな味わいねぇ……スモーキーで、酒が欲しくなるわ」


男は正面からギルロスの首に手をまわし抱き込むと、ギルロスの耳の後ろ辺りに顔を埋め、スリリッと顔でまさぐりながら もう一度 すうっ、と ギルロスを味わう。


「っ///」


「はぁん、いいわ……フフフッ」


そして、ゾッとするほど冷たく、妖しく嗤い、ギルロスに顔を寄せたまま視線を先へと伸ばした。

そうして視線の先にサクラを見つけると、ひらひらと能天気に手を振る。


「子ブタちゃ~ん、久しぶり~」


「アス……なんで?」


「うふっ、来ちゃった♪」


サクラはカウンターから飛び出し、抱き合う(?)二人に近づいた。


「サクラ……知り合いか?」


ギルロスが緊張した面持ちで サクラに問う。


「はい、イシルさんのお友達です」


「イシルの?」


「はい」


「とりあえず……離れるように言ってもらえるか?」


ギルロスの顔がひきつっている。

ギルロスにこんな顔をさせられるのはアスくらいだろう。


「すみません……ほら、アス、離れて!」


このまま 受けにまわっているギルロスを見ていたいのだが、残念ながらそうは行かない。

サクラはアスを引き離す。


「ごめんごめん、最近美味しいもの食べてなかったからさ」


「アス!」


噂をすればなんとやら。当のイシルのご到着だ。


「あら、イシル!会いたかったわ」


早速イシルにも纏わりつく。

なれたもんで、イシルは動じない。


「何しにきたんだ」


「何しにって、イシルを食べに……じゃない、引っ越してきたの」


「とりあえず、その溢れてる魔力を仕舞えよ」


「あ、ごめ~ん、家を転移するのに使ってたから、最大出力のままだったわね」


アスはだだもれの魔力を引っ込めた。


「何であそこに館があるんだよ」


「貴族が来る度にイチイチ人を寄越すより手っ取り早いかと思って。貴族も宿泊できるし」


「何の断りもなくそんな事を……」


はぁ、と イシルが頭を抱える。


「ああ、すまない、ギルロス、世話をかけました」


イシルがギルロスに警戒をといて大丈夫だと伝える。

鳩が豆鉄砲くらったような顔をしたギルロス。


「どうかしましたか?」


「いや、本当に友達なんだなと驚いて……」


イシルの態度が意外だったようだ。特に、タメぐちとか。


「とりあえず、事情を聞かせてもらえるか?」


ギルロスはそう言って アスとイシルと共に駐屯所へと入っていった。


警報解除のサイレンが鳴り、サクラたちもバーガーウルフに戻り 営業を再開する。


あんなことがあった後だからか、客はほぼこなかったので サクラは皆にアスのことを根掘り葉掘り聞かれるはめになった。









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