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122. 棘の檻



「うふふ」

「あはははは」

「くすくす」


楽しげな笑いの中心に ランはいた。

ローズの街のBARで 貴族の衣服に身を包み 女達に囲まれ、上品な言葉遣いで嘘を飾りたてる。


「綺麗な 髪飾りですね」


ランの言葉に隣に座る女性が頬を染める。


黒く、さらりとした前髪から覗く澄んだ蒼い瞳は、()()を捕らえたまま 誘うような危険な色香を宿している。


「繊細な金細工……触れると折れてしまいそうだ」


″貴女のように″ そう言ってランは 彼女の髪飾りに手を伸ばす。

あくまで紳士的に、彼女に触れるか触れないかの距離。気配で彼女の髪を撫でる。

彼女もそれを感じとり、瞳がトロンと蕩ける。


″ふわり″


ランの手が 彼女の耳元あたりでとまる。


「お揃いの耳飾りですね。よく見てもいいですか?」


「どうぞ」


ある期待をもって 彼女が答える。


ランは 彼女の後れ毛を 指先で耳にかけながら、つうっ、と 耳の形を辿るようにすべらせ、耳の後ろをくすぐる。

彼女が小さく首をすくめる。


″チャリッ″


ランは人差し指の先に耳飾りをのせ、薬指と中指の背で 彼女の顎を すりっ と 撫でた。


「あ///」


細やかなランの指の動きに 彼女が身震いする。


「綺麗だ」


妖艶なランの微笑みに、彼女はうっとりとランを見つめかえす。

耳飾りをとおして口説かれているのが たまらなくイケナイことをしている気にさせる。

指先での ランの愛情表現も誰も気づいていないだろう。

背徳の味……

周囲から『はぁ~っ』『ああっ』と 熱いため息がもれる。


ランは すっと 耳飾りから手をはなす。


「何かわかったら、必ず()()教えてくださいね?」


彼女はコクコクと首を縦にふる。


「約束、」


ランは彼女の小指に自分の小指を絡ませると 彼女の耳に口を寄せささやく。


『君だけが頼りなんだ』


「はい///」


このあたりの年頃の子は扱いやすい。

恋愛に興味を持ち出し、きゃいきゃいと騒いでいるだけだ。

結婚前のちょっとした冒険心をくすぐってやればいい。

清い身でいなくてはいけないのだから、それ以上は求めてこない。

ただし、もらえる情報も()()()()なのだが。


ランが相手にしていた彼女は、この街でも力のある家柄のようだった。

お茶をしているのを見かけた時、まわりの女性陣が 彼女に一目おいていたのがみてとれた。


この街には 実に面白いものがある。


『エスコートカード』


魔法がかかっていて、受け取った相手は そのカードに触れると 誰からのものかわかるようになっている。


『私の願いは貴女の声を聞く事』


人に金を渡し、このカードを彼女に渡してもらい、受け取った彼女は自らランのもとへと来た。

夢をみるために。


()()をまいておけば情報()が出てくるだろう。ランに術をかけた者の情報が。


そのためにランは 嘘を飾る。


BARの従業員が ワインをランの前に置いた。

頼んだ覚えはない。客を連れてきたランへの店からのオゴリだろうか?

去り際に 従業員がこっそりカードを渡してきた。

エスコートカードだった。


相手は 昨日探りをいれたマダムだ。

何か情報を掴んだのか?


「失礼、用事を思いだしてしまいました」


『ええ~』『行かないで~』『いやー!』と 声があがる。


「また、この場所で」


ランはそう言って微笑むと、恭しく彼女の手をとり、その甲に唇を押しつける。

その華麗なる仕草にまわりが呆けているうちに ジャケットとコートをもち 外に出た。


『家まで送ってくださって構いませんわ』


マダムが渡してきたエスコートカードにはそう記されていた。

送るには馬車が必要だ。つまり、深く読めば『馬車で待つ』だ。

みると、少し先の路地の入り口にそれらしき馬車が停まっている。

馬車のドアの前には 昨日のマダムの従者が立っていて、ランを見留めると 礼をした。


(すぐに脱ぐことになるか)


ランはジャケットとコートを羽織るのをやめ、馬車へと歩く。


既婚者は手強い。

そのかわり、手堅く攻めてくる彼女達の持つ情報は 確かなものが多い。

今日のマダムには 親の仇を探していると言ってある。

泣き落としが通じそうだったな……


「お待ちいたしておりました」


初老の従者は ランにそう声をかけると、馬車のドアを開けた。

同時に、ランの横を頭からすっぽりフードを被った二人組が通りすぎる。


″ふわっ″


すれ違う瞬間、フローラルのような優しい香り……

ランは馬車のステップに脚をかけたまま ハッと顔を上げる。


「どうかなさいましたか?」


怪訝顔の従者にジャケットとコートを押しつけると、ランは振り返り、走り出した。


「あの――――」


背後で従者が呼び掛ける。


(……いない)


メインストリートには見当たらない。どこかへ入ったか?

ランは路地へと入る。

フードを被った二人組、大柄な者と細身の人物。

その細身の人物の、優しいあの香りに懐かしさを感じた。

香水でも、化粧品でもない、その人の香り。


フードの二人組をさがし、ランは路地を走り回る。


娼館やカジノが集まる風俗街を抜け、更に狭い路地へ フードの二人組を見なかったか聞きまわる。


寝転ぶ酔っぱらい、薬に溺れ 虚ろな目を宙にさ迷わせる者、路上で客をとる女……退廃地区、スラム街だ。

ローズ(ここ)にもこんな場所があったんだな。

それもそうか。悪魔は()()()()種類の人間を欲しているのだから。

更正させる気なんてない。やりたいままに放置しているのだろう。


「さっきガキを連れてったぜ」


「何処へ行った」


「知らねーな」


ランは宝石のついたカフスボタンを腕から外し 男の目の前にぶら下げる。ゴクリ、と 男がツバを飲み込む。


「外れにある孤児院にでも行ったんだろうよ」


「場所は?」


ランは孤児院の場所を確認すると、男にカフスボタンを渡し、走る。


「はぁ、はぁ……」


街の外れ、イバラの塀のすぐ脇にその孤児院はあった。

小ぢんまりとした 孤児院というより、みすぼらしい小屋でしかなかった。

小屋の前では 老人が三人の子供達と籠を編んでいた。


「すまない、ここに二人組のフードをかぶった者がこなかったか?」


ランは老人に声をかける。


「あ、、」


老人はランの身なりに驚き 声がでないようだ。

こんなところに貴族なんて来ないのだから。

代わりに7歳くらいの少年が答える。


「その人達なら グエルをここに連れてきて、さっき帰ったよ」


ランは子供の目線までしゃがむ。


「どっちにいったかわかるか?」


「んとね、あの林のほう。おかしいよね、あの先はイバラの塀しかないのに」


「ありがとう」


ランは残った片方のカフスボタンを外すと 男の子に握らせた。


「礼だよ」


「ひっ!」


老人が高価なカフスボタンを見てさらに驚く。

ランはかまわす、二人が消えたという林へと走った。

あの先はイバラの塀、ということは 街を出る気だ。


「間に合え!」


林に入る。

前方で爆発が起こる。


″ゴウンッ!!″


「くっ……」


凄まじい魔力を感じる。

魔法でイバラの塀が焼け焦げ 穴が空いているのが見えた。


(いた!)


ランが追っていた 二人組のフードの人物だ。

ローブの裾ががヒラリとなびいて 穴の先へと消える。


「待て!」


ランは叫ぶ。


目の前ではイバラの蔦が伸び、穴を塞ぎ始めた。

元に戻ろうとしているのだ。


「くっ」


ランは イバラの塀を飛び越える。

入った時と同じように。


″シュルッ″


「うわっ!」


越えようとするランにイバラの蔦が伸びてきて 足に絡まり、そのまま グンッと引かれ、地面に投げ落とされた。


「クソッ、」


ランは炎の魔法を放つ。


″ゴオッ……″


イバラの塀に穴が空き、ランが外へ出ようとすると――――


″シュルシュルッ″


「何っ!」


イバラの蔦が すぐに伸びてきて ランの行く手を阻んだ。


『このイバラは 外からの侵入を防ぐものではなく、中から人を逃がさないためのものですから』


イシルの言葉を思い出す。


「こういうことかよっ!」


先程のフードを被った者の魔力は凄まじかった。

細身の、懐かしい香りのする者の。

それくらいでないと出られないということか。


ランは風魔法を放ちながら、少しずつ蔓を切り、手でかき分けながら イバラの中へと突き進む。


″ピッ、、″


イバラがランの頬に赤い線を残す。


「待てよ!」


″ピッ、、ピピッ、、ザシュッ″


トゲがランのシャツを裂き 身を貫く。


「待て!」


″ピピッ、、ザクッ″


イバラのトゲがランの身を細かく刻みながら 赤く染めてゆく。


それでもランは イバラを掴み、切り払い、進む。

イバラの外にいる その人に会うために。


「マリアンヌ!!」


イバラの向こうに見えるフード姿の人物が ギクリととまった。


「マリアンヌ……だろ?」


フード姿の人物が ランに振り返る。

フードの奥に シルバーブルーの髪が かすかに光って見えた。

間違いない。

顔が、見たい、、、


イバラの蔦が伸びる。ランの脚を捕らえ、這い上がり、巻き付きながら体を押さえつける。

腕に絡みつき、胸を覆い、ギリギリと縛りあげる。


「くっ、、うっ、」


後少し……後一歩進めば会えるのに。

ランはイバラの中で必死にもがく。


フード姿の人物は動かない。

その口が ランに告げる。


″本当の愛をみつけて呪いをといて″


それだけ言うと ひらり、身を返し駆け出した。


「行くな!」

(行かないで……)


目の前のフード姿が遠退いていくのが見える。


「行くな!!」

(置いて行かないで……)


かすみ、滲んでいく


「行くな!!!」

(お願いだ……)


ランは(いばら)(おり)で叫ぶ。


「行くな!!!」

(側にいてよ)


力の限り叫ぶ。


「母上ぇぇ――――――――っ!!!」





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