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114. ローズの街 4




サクラと館の悪魔アスは 薔薇の庭園をめぐり、テラスへと戻ってきた。


「なによ、全然食べてないじゃない」


アスが手付かずのケーキを見て不服そうに声をあげる。


「お腹が一杯で……」


サクラが申し訳なさそうに答える。

そんな糖・糖・糖の三段重ね無理でございます。

お気持ちだけ頂きました。

歓迎してくれたのにゴメンね、アス。


「紅茶は飲んだのね」


アスが空のティーカップを見る。


「バニラティー、美味しかったです。ごちそうさまでした」


アスは 何か気になるのか、ティーカップを見つめている。


「どうかしました?」


サクラの問いには答えず、カップを手にとり、縁を眺めたかと思うと、自分の手のひらを見つめた。

そして、サクラの口元を見る。


「アス?」


「子ブタちゃんの唇、キレイなピンクね。紅をつけてるよね?」


アスが突然 口紅のことを聞いてきた。


「あ、はい」


「見せて」


サクラはリュックから口紅をだす。

アスは くるくるっと 口紅のスティックをまわし、ながめ、匂いを嗅ぐ。

手の甲に塗ってみて 指で伸ばしてみる。


「これは 落ちないの?」


「落ちにくいタイプですけど」


ティントタイプの口紅。

落ちにくく、唇の水分に反応して鮮やかな発色がでる。

その人の唇の水分量や温度などで色が変化するので、同じ色でも 使う人によって色味がかわり、自然と肌になじみやすいナチュラルな唇に仕上がりになる。


アスがさっきから気にしてたのは、口紅の跡がついていないことだった。

ティーカップにも、サクラの口を塞いだ自分の手にも。


アスは サクラに寄ると くいっと 顎を持ち上げる。


「あの……」


口紅のつき具合を確かめているようだ。

サクラはアスの顔を直視出来ず、キョロキョロしてしまう。


「口、ひらいて」


意外にも真面目な顔をしてるアスに気圧(けお)され

サクラは言われた通り 口を薄く開く。


アスは 渡された口紅をサクラの唇にのせた。


″ツイ……ッ″


唇の形に添い、口紅をすべらせ、サクラの唇を縁取る。

口紅は意外と伸びがよく、潤いもあるようだ。


″ポン、ポン、ポン……″


アスがサクラの唇を指で優しく叩きながら 中央へと口紅を馴染ませていく。


「っ///」


「うごかないの」


くすぐったいやら、はずかしいやらで、どうしてくれよう……


「いいわね、これ」


アスは唇の仕上がりに満足したようだ。


「お茶を飲んでも色写りしないのよね?」


「乾けば大丈夫かと」


もう、いい?顔、近いよ。


「口元を触っても大丈夫だった……」


そろそろ放していただいても宜しいでしょうか?


アスが(つや)やかに丸みをおびたサクラのくちびるを見つめる。


「キスしても……落ちない?」


なんてこと聞くんだよ!!知らないよ!


「し、知りません///」


「……」


しっとり、ぷっくりと仕上がったくちびる。

アスが無言でサクラを見つめる。

この沈黙、怖い……


「あ、あげますから、他の人で試してくださいぃ~」


サクラは手探りでリュックを探すと、口紅やら オールインワンジェルやらをバラバラとテーブルの上にとりだす。


アスは 興味がそっちにうつったのか、サクラから手を放した。


「色んなタイプの紅があるのね」


マット、グロス、リップ、ティント……

アスは 口紅を自分の手の甲で試している。


「これは 顔に塗るの?」


アスはオールインワンジェルの蓋をあけ、指に少しとり 指を擦り合わせて伸びを確かめる。


「スライムの粘液に似てるけど サラサラしてるわね」


「全身に使えますよ。これ1つで もちもちで潤ったシミひとつない肌になる!てのが売りです」


「……売れるわね」


アスがぽつりと呟く。


「貴族で一番金の消費が激しい年代って、30代からよ。彼女たちの悩みは 顔のケアもだけど、デコルテラインの維持」


首回りって一番年齢でますからね


「子ブタちゃん、私とこれを売らない?」


「え?」


どう?と アスがサクラに問う。


どうって言われてもなぁ……

バーガーショップもはじめたばかりだし、

色んなことをいっぺんに出来るほど器用じゃないのは自分でわかってる。


「ドワーフの村での手伝いがあるから……」


断るサクラの言葉に アスがかぶせる。


「イシルと 少し距離を置きたいんでしょ?」


「…………」


イシルと 距離を置く……

そのほうがいいのはわかってる。

頭では。


「子ブタちゃんは 商品を1つ手に入れてきてくれればいいの。あとは私が量産、販売するから。たまにパーティーに来てくれればいいわ」


アスが テーブルの上のサクラの手に 自分の手を重ねる。

引こうとしたサクラの手を きゅっと握る。


「返事はいつでもいいから」


″ザンッ……″


「なんの返事だ」


暫擊音とイシルの声。

アスの体に赤い縦の線が入り、すっーっと元に戻る。


(うわぁ……)


何が怖いって 斬られた瞬間(とき)のアスの笑顔。


「真っ二つかぁ~」


「本当は細切れにしたいぐらいだ」


イシルはサクラを掴むアスの手を払いのけ、サクラとアスの間に入り、アスを牽制する。


「返事って何ですか、サクラさん」


イシルの問いにアスが答える。


「やあねぇ、仕事の話よ」


「お前に聞いてるんじゃない。本当ですか?サクラさん」


「はい、化粧品の販売の話です」


サクラが肯定する。

テーブルの上に散らばった化粧品類、アスの手の甲の紅の跡……嘘ではないようだ。


「イシルが持ってきたアイスワインと一緒に 化粧品も売ろうかと思ったのよ」


アスがそう付け加える。

サクラはカバンから 未開封の口紅とオールインワンジェルを取り出すと、アスの提案に返事をした。


「私は手伝えませんが、これはアスの好きにしてください」


「そう。残念ね」


イシルが席につくと、どこからともなく老執事が現れて三人分のお茶を入れる。


「思ったより早かったじゃない 魔方陣」


「お前が変なトラップ仕掛けてなければすぐに済んだものを」


クスクスとアスが笑う。


「たまには体を動かした方がいいわよ」


「ベヒモスを仕掛けることはないだろ」


ベヒモス……よくゲームなんかでは強い魔物として出てくる デカいサイのような獣の王。

旧約聖書に登場する怪物で,悪魔だともいわれている。

ベヒモスの巨体は見かけ倒しではなく,非常に頑強で、

丈夫な骨格を持ち,立派な筋肉の鎧をまとい、高い知能をもつ。


「楽しめたでしょ?」


「それなりには」


「じゃあ、私と手合わせする体力は残ってるわけね」


イシルがふっと笑う。


「余裕だろ」


イシルとアスの気の置けないやりとり。

タメ(ぐち)のイシルなんて新鮮でサクラはニヤニヤしてしまう。

さっきの笑顔なんて、初めて見せる顔だった。

少し幼くみえて、親近感を感じる自然体のイシル。


バラの庭園で金髪のイケメン二人が目の前で優雅にお茶と会話を楽しむ……

最高の癒しをありがとう!


「子ブタちゃん 折角来たんだし観光したいでしょ?」


「え?あ、はい」


かやの外かと思い、見目麗しい二人のやり取りに見入っていると 突然話をふられて サクラはなにも考えずに答えてしまった。


「ほらね、だから今日は泊まっていきなさいよ」


アスがイシルに宿泊を進める。

どうやらイシルは帰る気でいたようだ。


(あ、エサにされた)


アスがサクラに観光を進めたのは イシルを引き留めるためだったのだ。


「部屋の準備はできてるから」





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