2,売れないバンドマン、慣れない異世界で困惑する一週間。【二日目】
朝、鳥の声で目を覚ますと、目の前には昨日と同じ風景が広がっていた。
「夢じゃ……なかったんだ」
正直、もう一度布団をかぶって寝てしまいたい衝動に駆られるけれど、いい加減腹も減りすぎている上に、 水分も取っていないので、脱水症状になりそうだ。
今日こそまともな食事を取りたい。
その前に顔も洗いたいし、歯も磨きたい。口の中がベタベタする。
ゆっくりベッドから抜け出し、例の汚いブーツを嫌々履いて立ち上がる。
汗臭いので着替えたいな、と思い自分の着ている服を確かめた。
上はロンTに黒いパーカー、下はジーンズ。この場所に来る前に来ていた服と一緒だ。
昨日は気が動転して見つけられなかったが、ベッドの横には自分が背負っていたギターケースとボディバッグ。
床に布が敷いてあり、傷や汚れがつかないように丁寧に置かれていた。良かった。ギターは命とカノジョの次に大事なものだ。
誰がやってくれたのかわからないけれど、有り難い。
ギターの置いてある反対側には小さなクローゼットががある。もしかしてこの家、前に誰かが住んでいたのだろうか。
特に何も考えず、おもむろに開けてみる。
そこには、赤黒い何かに染められた西洋風の甲冑みたいなものが一式、無造作に放り込んであった。
「う、うわあああああ!」
僕は思わず、手をバタバタさせながら飛び退いてしまった。
怖い、何故か物凄く怖い。なんだこれ、吐き気を催しそうな金属の匂いと何かが腐ったような饐えた匂い。
そして、目には見えないけれど、明らかにヤバいオーラを放っている。
「ひ、ひぇぇ……」
僕は慌ててクローゼットの扉を締めてその場に尻もちをついて座り込んだ。
はぁ、はぁ。と息が乱れて心臓がバクバクする。これ絶対呪われアイテムだろ……
大きく深呼吸して息を整えた所に、コンコンとドアをノックする音と
「おーい、生きてるかー」
と誰かの大声がする。
誰だろ?一応出ようかと考えてふと考え込む。怖い人かもしれない。声からすると何だかごつい男の人っぽい。
それでも、正直助けは欲しい。もう自分では状況が整理できない。
僕は思い切って出ようと、ドアに向かうと
「入るぞー。」
と勝手にドアを開けて入ってきた。えッ、良いのこれ?人の家に勝手に入ってきてOKな感じなんだ?
……まぁ僕の家じゃないみたいからなんとも言えないんだけど……
入ってきた人物は僕の予想通り、ごつい男の人だった。日に焼けた肌に白髪交じりの髪をオールバックにした、髭面のおっさん、しかも暗緑色の瞳の外国人だ。
日本語できる人なのかな。
50代ぐらいかな。歴戦の猛者という言葉が僕の頭の中に浮かんだ。その見た目に反して、ベージュ色のエプロンをして、同じ色のゴム長みたいなブーツを履いている。もしかして、ここ、このおっさんの家だったりとか。
そのおっさんは僕を見てちょっとホッとした顔をして
「お前さんが心配で来てみたら悲鳴が聞こえてきて肝を冷やしたぞ。どうやら無事だったようだな」
僕の肩をポンポンと軽く叩いた。うわ、でかい手だな。しかも傷だらけだ。
「あ、はい。でも僕あなたが誰なのかも、自分がどうなってるかもよくわからなく……」
言い終わらないうちに、僕の腹が抗議をするようにググゥーーーッと鳴った。
「そういえば、昨日からずっと寝てたから何にも食べてなくって…ハハ。」
頭をボリボリとかきながら僕は言い訳するように曖昧に笑った。おっさんは心配そうな表情を崩さぬまま
「そうか。それなら、お前さんに話しておかなければならないことがいくつかある。とりあえず俺の店に来い。この家には殆ど何もないからな」
「は、はぁ。」
店って言ったけど、どんな店なんだろう?風俗やキャバクラとかだったらちょっと困る。いや僕は別に良いんだけど今はちょっとお呼びでない感じだ。
でも、迷っていても僕の状況は変わらない。ちょっと怖いけれど、このおっさんに付いていくしかなさそうだ。 僕の不安げな顔を見ると、
「心配するな、店の賄いで良ければ飯も食わせてやる。」
と言って初めてニカッと笑顔を見せた。賄いと言っている所からして、店というのはどうやら飲食店のようだ。
家を出ると、一面に田園地帯が広がっている。何となくうちの実家近くの風景に似ているかも知れない。
10分程歩くと、大通りらしい大きな道に出た。
僕は驚愕した。もしかしてまだ夢の中なのか
目の前に広がる光景は、ゲームやアニメでよく知っているファンタジー世界の町だったからだ。