第5話 集中付与
通常、強化魔法は部分的に付与することが出来ない。
それもそのはず、強化魔法は付与する対象にその魔法の名に応じた強化を与える、といった効果の魔法であるためそもそも部分的という概念が存在しないのだ。
では何故、俺は部分的に付与することができるのか?
その理由は至って単純なことだ。
付与する対象を最初から部分的にすればいい。
つまり、通常の『付与士』は「〇〇に強化魔法を付与する」という使い方をする訳だが、俺は「〇〇の足に強化魔法を付与する」といった使い方をしているということだな。
勿論、この使い方は普通に強化魔法を使う時よりも集中しなければならない。
付与する対象が「俺自身」から「俺の脚」といったように小さくなる訳だから、魔力制御も大変になる。
これだけだとただただデメリットが増えただけのように聞こえると思うが、この使い方そんな残念なものではない。
なんと、この使い方をするだけで強化魔法の強化倍率が桁違いになるのだ。
そのような効果をもたらすことから俺はこの使い方のことを集中付与と呼んでいる。
通常の強化魔法の強化倍率は2倍が平均値といった所で、酷い者は1倍に近い倍率の者もいる。これは魔力制御次第でどうとでもなることのため、今の俺の強化倍率は3倍くらいだ。
しかし集中付与を使った場合、その強化倍率は更に上がる。
腕に使えばおよそ18倍。脚に使えばおよそ9倍といったように変化することから、恐らく身体の質量比によって倍率が変化しているのだろう。
考えてみればそれもそのはず、全体を付与した時の強化倍率が3倍なのであれば、部分的に付与した場合はその魔法の効果が圧縮されていてもおかしくはない。
そのため俺の魔力制御の技術が上がれば、最強の『付与士』の名を欲しいままにできるかもしれない。
……まあ、集中付与込みでガルフ爺ちゃんに負けている今の俺が言ってもなんの説得力もないかもしれないが。
そもそも、ガルフ爺ちゃんは少なくとも10倍を超えるような巫山戯た強化倍率をしていると思う。
「少なくとも」とか「思う」といった不確定な言い方をしているのは、ガルフ爺ちゃんがそんな大事なことを教えてくれるはずもなく、俺が模擬戦をするうちに感覚的にそう捉えたという実体験から判断しているからだ。
本当に大人気ないと思う。
だが、まともに戦っても勝てないガルフ爺ちゃん相手だったからこそ、このような非常識的な強化魔法の使い方を考えついたと考えれば、ガルフ爺ちゃんとの模擬戦は最高のものだったと言えるだろう。
俺が初めて集中付与を模擬戦で使った時に、あの大人気ないガルフ爺ちゃんに初めて攻撃を当てれたのだ。
当時、ガルフ爺ちゃんに「何をした!」と言われたが、当然黙秘させてもらった。
これにはガルフ爺ちゃんも嫉妬の篭った視線を向けてきたが、今までの行動のツケが回ってきたんだと思って欲しいと思ったものだ。
しかし、あのガルフ爺ちゃん相手にまだまだ素人だった俺が一発当てることができたということからこの集中付与の有用さが分かると思う。
そもそも通常の強化魔法は全身余すところなく強化されるため、普段の感覚で動くことができるが、集中付与は部分的に強化魔法を付与するため、その効果は薬にも毒にもなり得るのだ。
集中付与されている時のことを文章化すると、「普通に歩いている時に急に左足だけ走っているような感覚にされる」といったものとなる。
この一部分が強化されるといった感覚に慣れていなければ、まず転ぶ。
考えついた俺ですらこの感覚に中々慣れず、何度も何度も地面を舐めることになったのだから、簡単にこの感覚に慣れられてしまっては俺は泣いてしまう。
断言的なのは、ガルフ爺ちゃんは2回目の時点で慣れてしまったことがショックで思わず涙を零してしまったという実体験に基づいた発言だからである。
さて、集中付与の説明はこの辺りで終わるとして、俺はさっさとバルジへ向かうとするかな。
それから、脚に筋力増加を集中付与した俺は走った。
ひたすらに走った。
めちゃくちゃ走った。
とんでもないほど走った。
足が千切れるんじゃないかって思うくらい走った。
…いや嘘。
流石にそんなになるほどには走ってはいないが、かなりの間は走った。
他の徒歩勢たちを追い抜き、俺を抜かして先へと行った馬車勢を追い抜き、などと言った破茶滅茶な動きを見せつけてやった。
常人の歩きであと1〜2時間なのであれば、集中付与している今の状態で走れば、あと15分としない内にバルジへと着く筈だ。
因みに、ガルフ爺ちゃんからの修行で体力をつけた俺はこのままの状態で5時間は走り続けることができる。
やっぱり馬車代を出す必要は無かったな!
ナイス!過去の俺!英断だ!
集中付与 走りをし始めてから3分ほど経った頃だろうか。
今の俺はすれ違う人を気にする余裕も生まれており、俺とすれ違う度にまるで突風でも吹き抜けたかのような反応を見せる人々を見ていると、自分が子供の時にした悪戯をしている気分になる。
正直めちゃくちゃ楽しい。
すれ違う徒歩勢の不審がる様を見ながらさらに俺は走り続けていると、ふと違和感を覚えて足を止めた。
止めたといっても既にかなりの勢いがついてしまっているので完全に止まるまでに時間がかかったが。
そんなことよりも今抱いた違和感の正体はなんだ?
数秒前の記憶を思い出して、その違和感の原因を探ると、ついさっきすれ違ったおっさんの顔がまるで魔物でも見たかのような顔だったということに気付いた。
そう。あのおっさんの目は何かヤバいものを見たって目をしていたんだ。
本当に魔物が街道に現れた、みたいな。
……もしかしなくても魔物というのは俺のことを指しているのだろうか?
確かに、高速で移動しつつ周りの人々が何が起こったのか理解していない様を見て楽しいとは思っていたが、魔物扱いは流石に酷くないか?
……そんなことはどうでもいいとして、馬鹿だなぁ、あのおっさん。ここは街道だぜ?
街道に魔物を寄せ付けない為の《防護結界》が張られていることは【カルナラ】の国人なら誰もが知っている一般常識だ。
街道に張られているその《防護結界》を発生させているのは【天才魔技師】や【発明女王】などといった異名を持つ【カルナラ】が誇る生きる偉人こと、マリエルさんの作った魔道具だ。
そんなマリエルさんが設計をした魔道具にミスなんてものが存在する筈もない。
そもそもこの街道の安全性は既に何度も確認されているため、街道に導入されているのだ。
(はあ、そんなことベーコで日夜修行ばかりしていた俺でも知ってるぞ?世間知らずな人も居たもんだなぁ…)
足を止めるほどの大した理由でもない違和感の正体に後悔しつつ、俺はまた走り出すのだった。
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そんな調子で走り続けた俺は無事に、バルジの街に辿り着いた。
無事にバルジに着いてからは、失われていたワクワク感がムクムクと沸き上がってしまって、あまり記憶が残っていない。
確か、バルジの門で検問的なものをされたような気がするが、バルジに入れているってことは余裕で突破できたってことでいいんだよな?
ヤバい、気になってきた。
大丈夫だったよな?………不安だ。
でも、今はそんなことはもうどうだっていいんだ!夢にまで見た冒険者に俺はなりにきた。それが大事だ!うん!そうだよな!
ポジティブに考えることにした俺は当初の予定通り、今日泊まる予定の宿を探すため、聞き込みを開始するのであった。
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俺の名前はサイモン。サイモンだ。
間違いない。合っている筈だ。
自分の名前すら忘れそうになる程、昼間に見たアレへの恐怖を忘れられなかった俺は、衛兵の職に就く幼なじみのゴーンにアレについて《魔法通話》で説明する。
「本当なんだっ!街道にとんでもない速さで動く化物がいたんだ!」
「嘘をつくなよ。街道に置いてある魔道具を作ったのはあの【天才魔技師】のマリエル様だぞ?」
ゴーンは全く信じてくれない。
アレは本当にいたのに。
「ここで嘘をついて俺になんのメリットがあるって言うんだ!アレはバルジの方へ向かって行った筈なんだ!ベーコ方面からバルジに何か来なかったのか!?」
「勤務中のことをあまり言うなって上から言われてんだけどなぁ…。他でもない親友の頼みだ。仕方ねえ、このことは内密にしてくれよ?……お前の言うその時間帯にベーコ方面から来た奴は一人だけいるぜ」
1人?
アレが人だと?
「所謂田舎者ってかんじの奴だったな。個人情報開示と言うのも慣れてなさそうだった。緊張でガチガチしてたのも丸わかりだったしな。お前の言ってる化物とは別モンだろうよ。なんせ、そいつは『付与士』だったしな」
「ふ、『付与士』…?」
アレの速さは異常だった。
到底、『付与士』で出せる速さなんかではなかった。
「そうそう、『付与士』だったぜあの少年は。『付与士』で等級も1だった。そんな奴がCランク冒険者であるサイモンさんともあろうお方にに化物とまで言わせれるわけがないだろ?」
『付与士』で等級1というと使えるのは筋力増加だけだったか…?
だが筋力増加はあくまで筋力強化の魔法。
しかし、アレの速さは高等級の『付与士』の覚えるという速度増加という魔法を使っても出せる速度では無かった。
Cランク冒険者である俺でさえ目で追うことで精一杯だったのだから。
そんな速度を等級1の『付与士』が出すなど、不可能だろう。
ということはやはり俺の気のせいということか……
「そう…か。そうだな。俺の気のせい、か…」
「そうだって、ほら、あれだ!オークの群れを討伐してから日もあまり経ってないだろ?きっと疲れが取れきってないんだよ。しばらく休んだらどうだ?」
サイモンとゴーンの会話はしばらく続き、やれ最近上司のパワハラが凄いなど、やれ出会いがないなどといった世間話になるにつれ、アレの異常については二人ともすっかり忘れてしまったのだった。