第4話 ベーコからバルジへ
ベーコの村を出た俺は当初の目的の通り、バルジへと向かい始めることにした。
俺がベーコから旅立つ際に持ってきた荷物は本当に最低限の物だけだ。
・模擬戦でよく使用していた木刀。
・必要最低限のお金
・少し大きめのリュック
たったこの3つしか持ってきていない。
俺はこんな最低限の装備でありながら初めての一人旅をしようとしているのにも関わらず、不安は殆ど無かった。
自分の夢のために必要なこと、という理由も不安のない理由の一つなのだろうが、俺が一人旅に不安を覚えない1番の理由は、ベーコとバルジの距離間にあるだろう。
実を言うと、バルジはベーコとはそこまで遠くない位置関係にあり、その距離なんと徒歩で2〜3時間、馬車で1時間といった所。
今から向かうバルジはその程度の移動で辿り着ける街のため、ガルフ爺ちゃんの厳しい修行を耐え抜いてきた俺にとってはその程度の距離の移動などでへばる事は無いのだ。
と言っても、俺は知識として知っているだけで実際にバルジに行ったことはないため、不安が一切無いといったら嘘になるのだが。
俺に不安がない理由を説明し終えた所で、俺がどのようにバルジへと向かおうとしているのかについて説明させてもらおう。
先程も言った通り、ベーコからバルジへと向かう手段は主に2つだ。
徒歩か、馬車か。
勿論俺は徒歩を選択した。
最も、選択したとは言っても答えは最初から徒歩だと決まっていた。
徒歩を選んだ最大の理由、それは資金の節約が出来るということ。
馬車を選んだ場合にも、勿論メリットは存在する。だが、現状で最も危惧すべき不安要素が資金面の問題。その問題がある以上、例えどれほど疲れるのだとしても徒歩を選ぶ価値はあるだろう。
そもそも馬車を選ぶといった場合、俺はガルフ爺ちゃんから渡されたこの最低限のお金から馬車代を差し引かなくてはならなくなる。
ここで言う最低限のお金とは、一般的な宿で一週間2食飯付きで泊まれる程度の金額のことを示す。
そこから馬車代を引くとすると泊まれる日数が2〜3日減ることになってしまうだろう。
バルジでは冒険者ギルドにて冒険者登録をするつもりではいるが、冒険者となってから直ぐに収入が得られるかは分からない。
そのため節約できる所で節約しなければ、俺が破滅してしまう可能性があるのだ。
徒歩ルートを選ぶ際に存在する唯一の問題点は、そもそも徒歩で辿り着けるのかという所。しかしその点、ガルフ爺ちゃん直々に修行をつけて貰ったこの俺に掛かれば2〜3時間程度の徒歩など、何の問題にもなりやしない。
そういった様々な理由のもと、徒歩を選んだ俺は馬車乗り場を通り過ぎる。
第一、この程度の距離間で馬車を使うなど冒険者志望なら有り得ないことだろう。
ここで馬車を選ぶのは流石に危機意識が低すぎると言わざるを得ない。
……決して馬車代をケチったわけじゃない。俺はそこまでケチじゃない。本当だ。今回は最低限のお金しか持っていないから仕方なく、断腸の思いで徒歩を選ぶことにした。ただそれだけのことだ。
そんな言い訳のような思考をしながらも俺は着々とバルジへと足を進めていた。
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さて、バルジまで2〜3時間かかることを利用して、これからの予定について歩きながら考えていこうと思う。
まず、バルジについて真っ先にするべきことは宿の確保だ。
宿を確保し次第、〈冒険者登録〉…と行きたい所ではあるが、初の一人旅ということもあり宿の確保に手間取ることが大いに考えられる。宿を確保するまでにどれほどの時を要するかが分からない以上、今日中に冒険者ギルドに行くことは厳しいと考えていても良いだろう。
今日中には難しいと言ったが、〈冒険者登録〉をするためには条件があるため、俺が〈冒険者登録〉をするのはまだまだ先の予定だ。
確保した宿で体を休めた後は、俺の幼なじみを仲間に誘う為に冒険者育成学校へ向かうつもりだ。
これをする理由は至ってシンプルだ。
俺は『付与士』であるが故に攻撃能力に乏しい。
ガルフ爺ちゃんに修行をつけてもらった経験から、通常の『付与士』と比べると俺は戦える『付与士』であるという自信はあるが、《戦闘職》と比べると話にすらならないだろう。
そのため、冒険者として生きていく為には仲間を組む必要が出てくるのだが、仲間を組む人物は信頼に値する人物でないといけない。
その理由も俺の職業にある。
『付与士』は世間一般では不遇職だ。そのため、俺と仲間を組みたがる者はいないと考えたほうが良い。
仮にいたとしても、きっとその者は『付与士』の攻撃能力の乏しさから、俺を非常時の囮要員として確保したいというだけだろう。
俺はそんな奴の言う事など聞きたくはないし、その者も俺の言う事など聞く耳を持たないだろう。そのためそんな仲間に入っても、連携のれの字すらないことが容易に想像できる。
連携がないのでれば単独で活動した方がまだマシな動きが出来るだろう。だが、俺は単独で動くには些か不安の残る等級のため、出来ることなら信頼のおける彼女と仲間を組みたい。
しかし、ここで問題となってくるのは彼女の職業が『賢者』ということだ。
彼女はその職業が優秀で、尚且つ希少だからこそ【カルナラ】最高峰の冒険者育成学校に通えるのだから、仲間の勧誘も引く手数多だと予測される。
いくら幼なじみとは言え俺の頼みを聞いてくれるかは分からないし、そもそも既に誰かと仲間を結成している可能性だってある。
彼女に断られてしまった場合のことを考えると先が思いやられるが、そんなことは起きてから考えれば良いじゃないかと、問題を未来の俺に任せた俺は、バルジでの予定を考え始める時とほぼほぼ変わらぬ景色に俺は絶望する。
ベーコとバルジを繋ぐこの道は景色が似ていることで有名であることは知っていたが、まさかここまでとは知らなかった。
先程から長いこと考え事をしていたつもりだったがこの様子を見る限り、まだまだバルジには着きそうにない。
太陽の傾きを見るにまだベーコを出てから1時間ほどしか経っていないようだ。
バルジまであと1〜2時間はかかりそうだが、これ以上先のことを考えても楽しみが減りそうだと考えた俺は、再び未来の俺に問題を任せることにして歩くことに専念した。
…。
……。
………。
…………。
……………。
……徒歩を選んだ過去の俺よ。俺はお前を殴りたい。
馬鹿なんじゃないのか?
何が「2〜3時間程度の徒歩など、何の問題にもなりやしない」だ!
ふと太陽を見たところ、あの傾きから察するにベーコを出てから1時間半といったところだろうか?
それほど長いこと歩いたのであれば風景も変わって良いと思うのだが、あい変わらずベーコを出た時と殆ど変わらない景色をしていた。
そんな光景の中、ただただ黙々と歩くというのは思っていたよりも疲労が溜まっていくようで、修行で鍛えたはずの俺の足も疲れを感じ始めていた。
歩いても歩いても代わり映えしない風景。
少しずつ疲労していく自分の足。
勿論、それらも俺の心の平穏を奪う要因の一つであったが、何よりも俺の心の平穏を乱したのは俺の横を幾度となく、無慈悲にも、通り過ぎていく馬車の存在であった。
先程は敢えて触れないようにしていたが、馬車が通り過ぎていく度に俺は徒歩しかあり得ない状況だったと分かっていても、馬車でいけば良かったと思わざるを得なかった。
その後も暫くの間、自らの犯した過ち(過ちではないが)を悔いていた俺であったが、これ以上思い返しても無駄だ、と自分に言い聞かせることで己をなんとか納得させる事に成功した。
しかし、バルジに着くまでこれの同じことをもう1セットやるというのは普通に嫌だ。
歩くだけなら耐えれたが、この道は歩いている気がしない為、非常に退屈なのだ。
そのため、再びあれと同じことをするのは狂気の沙汰といってもいいだろう。
俺は歩きに専念するといいながら、一人しりとりという業の深い遊びなどをしつつ歩いていたのだが、もうそれにすら飽きてしまったのだ。
なにかいい暇潰しはないか、なにか良い案は無いかと考えていたその次の瞬間、俺の脳裏に天才的な発想がよぎった。
(強化魔法で足を強化して走れば、あっという間にバルジに着くんじゃね?)
思い立ったらすぐ行動というガルフ爺ちゃんの教えに従い、俺は魔法を行使する。
「強化魔法:筋力増加」
現在、俺が唯一使える魔法の強化魔法に分類される筋力増加と呼ばれるこの魔法は、その名の通り筋力を付与する魔法だ。
対象の力という力を増強させるという単純な魔法だが、それ故に使い勝手がいい。
『付与士』の扱える魔法の中でも基礎中の基礎であるこの魔法がもたらすその効果は誰もが知っているほど単純な効果ではあるが、単純だからこそ、奥が深い。
そして7年間この魔法しか使えなかった俺は、この強化魔法の扱い方においてはガルフ爺ちゃんを凌駕している。
何故ならーー
「集中付与:足」
ーー俺は部分的に魔法を付与できるからだ。