第2話 不遇職・付与士
俺の職業が付与士と判明してから3年が経った。
現在、俺は生まれ育ったランオの街ではなく、ベーコという村で母方の祖父であるガルフ爺ちゃんと一緒に暮らしていた。
俺が『付与士』と判明したあの日からというもの、俺は当時友達だった同年代の子供から「出来損ない」「ハズレ」などといった誹謗中傷を言われたり、俺を仲間外れにしたりなどといった露骨な『イジメ』をされるようになった。
偶然にも、俺の両親がその現場を目撃したことで『イジメ』は彼らが進んで行ったことではなく、彼らの親が「俺をイジメろ」といったことに近いことを強制したことが判明した。
どうも、彼らの親にとって俺は『Sランク冒険者の血を引く子供』ということに価値があったらしく、俺の職業が『付与士』と分かった途端、「今までお前にしてきた期待を返せ!」という不満に苛まれたのだとか。
これは両親が直接聞いてきたことなので一切誇張のない事実なのだが、正直に言うと俺だって好きでこんな職業になった訳ではないので、「期待を返せ」とか言われても「そっちが勝手に期待したんだろ?」としか言えない。
それも引越した理由の一つではあるが、引越しの理由の大部分は別にある。
それは両親が現役Sランク冒険者として働いていることに関係する内容だ。
今まで、父さん母さんは俺を育てる為に父さんか母さんのどちらかが必ず俺の世話をしていたのだが、流石にこの生活も5年が限界だったらしい。
考えてみれば当然のことだ。
父さんと母さんは世界有数のSランク冒険者なのだ。
Sランク冒険者が家庭の事情で仕事に支障が生まれてしまっては、他の冒険者に示しがつかない。
ただでさえ、育児のために5年も割いたのだ。これ以上の我儘は罷り通らなくて当然だろう。
本来、父さんと母さんの力を振るうべきなのは俺ではなく、魔物なのだから。
そんな事情もあり、俺はガルフ爺ちゃんと二人で暮らすことになった。
ガルフ爺ちゃんは元Aランク冒険者ということもあってか村の人たちに慕われているといった印象を受けた。
そんなガルフ爺ちゃんの孫ということもあってか俺は快く迎えられ、今ではもうすっかりこの村の一員だ。
俺の住んでいる村こと、ベーコは以前まで住んでいたランオよりも人口が少なく、全体的に高齢の人が九割以上を占めている。
俺と同年代なのは一人しかいない。
俺が同年代の子供に『イジメ』を受けたことからか、両親は「友達ができないかも」と心配していた様子だったが、その心配も徒労だったようで、その同年代の子とも、友達と呼べるほどには仲良くなることが出来た。
かつて同年代の子供から『イジメ』を受けたため、自分でも同年代に対して良くないイメージを持っていると思っていたのだが、実際はそんなこともなく、俺が勝手にトラウマだと思い込んでいただけだったらしい。
そんなこんなでトラウマを一つ乗り越えた俺であるがこの三年間、乗り越えることのできない大きなトラウマがある。
それはーー
「今日は素振りか?それとも魔法か?」
ーー俺の職業のことである。
今、俺に声をかけてきた人物こそ、俺を引き取って育ててくれているガルフ爺ちゃんだ。
ガルフ爺ちゃんの顔はすごく怖いけど俺の欲しがった物はなんだかんだ買ってくれる優しい人だ。
しかし、そんなガルフ爺ちゃんも、なんでもかんでも俺に甘いわけではない。
「す、素振り…」
「今日は素振りか。……で?まだやるつもりなのか?」
冷たくそれだけを俺に告げるガルフ爺ちゃんにはいつもの優しいガルフ爺ちゃんの面影は無い。
ガルフ爺ちゃんは無駄なことが嫌いだ。二人で過ごす生活の中で嫌というほど知った。
どんなものでも提供されたら残さず全部食べること、買い物でお釣りが出ないように予め計算して会計をしたりなどと、ガルフ爺ちゃんの影響で俺も無駄に几帳面になってしまったくらいだ。
だが、俺でも譲れないものはある。
「だ、だけど…」
俺が「やってみることに意味はあるかも知れないだろ」と、言おうとしたその時だった。
「ラゼル。お前には剣の才能も魔法の才能もない」
「ッ!!」
いつもは優しいガルフ爺ちゃんの告げた言葉がまるで刃物のように俺に突き刺さる。
「お前も本当は分かっているんだろう?お前は『付与士』なんだ。どれだけ素振りをしたとしても、魔法術式を覚えたとしても、その手の『職業』には敵わない」
ガルフ爺ちゃんの言ったことは当たり前だ。職業というものは自分に与えられた天職のようなもの。神から与えられた役割。
それ故に『剣士』の職業の者より剣の練習をしたとしても他の『付与士』よりも”多少”剣が扱える『付与士』止まりで、決して『剣士』という職業の者には敵わないのだ。
どれほど素振りをしたって父さんみたいな才が芽吹く訳ではない。
どれほど魔法を覚えたって母さんみたいな魔法は撃てる訳ではない。
俺の職業が『付与士』な以上、剣や魔法の練習は殆ど意味をなすものではないのだ。
だがそれが分かっていて俺は日々練習を続けていた。
意味がないのは分かっている。
分かっていた!
「………ろ」
「何か言ったかラゼル。声が小さくて聞き取れないぞ」
それでも!
「それでも諦められないだろ!」
分かっていた!
分かっていたさ!
俺に剣の才能も魔法の才能もないことくらいは!
なんせ、俺の職業は『付与士』だからな!
だからといって「はいそうですか」と諦めれるほど、俺の夢は軽くない!
それに第一……
「……俺は、父さんと母さんの子供なんだ!強くならないと、いけないんだ!」
俺の職業が『付与士』という不遇職だったばかりに、父さんと母さんに恥を掻かせてしまった。要らない苦労をさせてしまった。
「ラゼル」
あぁ、ガルフ爺ちゃんにこんなことを言っても仕方がないのに…
「俺は職業に恵まれなかった!!『付与士』の冒険者が少ない理由も知っている!!」
俺だって何もせずに諦めた訳じゃない。『付与士』のことについてだって調べた。
調べてしまった。
『付与士』の冒険者が少ない理由を知ってしまった。
冒険者に『付与士』が少ない理由、それは。
「『付与士』は戦闘能力に乏しいから死ぬんだ!だから俺は少しでも生き残るための努力してるんだ!」
『付与士』は《支援職》。
味方の『剣士』や『魔導士』の戦闘能力向上の効果がある強化魔法などを使って援護をする職業。
故に、自身を守る術がなく死ぬ。
さらに魔法を扱う職業は筋肉がつきにくい傾向にある。
勿論、強化魔法も立派な魔法の一つだ。
だから『付与士』である俺は物理攻撃に期待出来ない。
かといって、攻撃魔法を『付与士』に扱えるはずがない。
職業とは言わば天職のようなもの。神が与えた《祝福》というが、その職業に特化する代わり、他の才能の開花を奪う《呪い》とも言えるのだから。
『付与士』は自己防衛が非常に困難な職業。
だからこそ、不遇職と蔑まれているのだ。
俺はその意味を正しく理解している。
死にたくないから、無駄かも知れない努力でも、するしかないんだ。
「ラゼル、落ち着け」
ガルフ爺ちゃんの声は俺には届かない。
元Aランク冒険者だかなんだか知らないが、俺の苦しみを理解しているはずがない。
Aランク冒険者になれるような職業なのだから。
「ラゼル。落ち着いて良く聞け」
「なんだよ!!俺の苦しみも分からないくせに!!」
「ラゼルっ!!!!」
初めて聞くガルフ爺ちゃんの怒鳴り声に俺は思わず怯んでしまう。
「………儂の個人情報を見ても、同じ事が言えるか?」
「…ガルフ爺ちゃんの個人情報?……何?今そんな自慢をする時じゃないと思うんだけど?」
「良いから、黙って見ろ!『個人情報開示』!」
「…………え?」
ガルフ爺ちゃんは俺に個人情報を見せてくれた。
ガルフ爺ちゃんの個人情報は俺の記憶する個人情報の表示よりも表示されている項目が少なく感じたが、今注目すべきところはそこではない。
「ガルフ爺ちゃんも……『付与士』、だったの?」
そう、ガルフ爺ちゃんの個人情報に記載されている職業の欄にはしっかりと『付与士』と表示されていたのだ。
「そうだ。今まで儂はこのことを隠しながら冒険者として活動してきた。儂が『付与士』であることを知っているのは今はラゼル、お前だけだ」
ガルフ爺ちゃんが、『付与士』?
元Aランク冒険者のガルフ爺ちゃんが?
俺と同じ『付与士』?
不遇職と蔑まれる『付与士』?
「おい、ラゼル」
「っ!?な、何?」
余りの衝撃に思考が持っていかれていたため、思わず言葉が詰まってしまった。
「気付かないか?」
「……気付く?一体、何に…?」
「……はぁ、その様子だとまだ気付いてないみたいだな」
ガルフ爺ちゃんが俺になにを伝えたいのかが分からない。
少なくとも今、俺に分かることはガルフ爺ちゃんが『付与士』であること。
そして、ガルフ爺ちゃんが何らかの手段を使い、Aランクという高みに上り詰めたことの二つ位だ。
「だから、一体なにに?」
「……だから、職業が『付与士』というだけで諦めるのは早いって言ってんだ!」
「ッ!?」
『付与士』
それは、味方の援護や相手の妨害に長けた職業。
それは、相手の動きを妨害しても味方の援護をしたとしても自分の身を守ることが出来ない職業。
それは、仲間のためと言われ、囮にさせることすらある職業。
だが、本当にそうだろうか?
今までの俺は『付与士』のことを不遇職だという前提で考えていた。
だが、ガルフ爺ちゃんが言った一言は俺の中での『付与士』の立ち位置を変えるのには十分だった。
「ラゼルよ。儂は『付与士』だったが、それでも絶対に諦めなかった」
「他の職業のような攻撃手段がない?ならば『付与士』でも攻撃が出来る様に場を整えてしまえばいい」
「自衛の手段がない?ならば相手に攻めさせない術を身に付ければいい」
「囮にされる?ならばそれでも逃げ出せるほどの実力を備えればいい」
「数々の試行錯誤の末に、儂は自らの手でAランク冒険者という肩書を手に入れた」
諦めなかった?『付与士』としての戦闘?
ガルフ爺ちゃんの言ったことは正直滅茶苦茶だ。
ガルフ爺ちゃんの言い分は分かったが、それでもそれは奇跡のようなもの。
皆が皆できるようなことではない。
8歳の俺でも分かるくらい、ガルフ爺ちゃんの言うことは現実味が無かった。
「それが出来たら『付与士』は不遇職だなんて言われてないよ」
「……ラゼル。お前は勘違いをしている」
ガルフ爺ちゃんが俺にそう言った。
「勘違い?」
勘違い?
勘違いをするもなにも一体なにを…?
「『付与士』だから強くなれない?『付与士』だから弱い?そんなこと誰が決めた?……第一、お前も男だろ?男に生まれたからには強くならなくちゃいけねえ。『付与士』だからって言い訳してていいと思うのか?思わねェだろ?違うか?」
「ッ!!」
その言葉に俺は震えた。
「お前はゼフやシエルのようなSランク冒険者になりたいんだろ?なら職業が『付与士』という不遇職だからって思い込みで『付与士』で成り上がること、諦めんなよ」
やっぱりガルフ爺ちゃんの言っていることは無茶苦茶だ。
『付与士』が不遇職扱いされているのは言わば当然のこと。
Aランク以上に指定されている魔物は自分の身すら守れない者だと必ず死ぬとされているくらいには危険なと言われているのだ。
そのため、攻撃手段のない『付与士』でAランク冒険者になることなど本来不可能なことなのだ。ましてやSランク冒険者など……。
今まではそう考えていた俺だったが、実際俺の目の前にAランク冒険者だった『付与士』がいる。
そして何より、ガルフ爺ちゃんの男に生まれたのに強くならない訳にはいかないっていう言葉に俺は痺れた。
諦めるのはまだ早いんじゃないかって思った。
試してみてからでもいいんじゃないかって思った。
「違…わない」
「そうだろ?お前は男で、まだ8歳だ。諦めるのは早過ぎる」
ガルフ爺ちゃんのいう通りだ。
俺は『付与士』という職業の可能性をちゃんと考えていたか?
他の職業のことや『付与士』のデメリットばかり考えていたんじゃないか?
一度でも『付与士』での戦い方を考えたことはあったか?
常識という言葉で諦めていなかったか?
諦めないと言って俺がしたことは『付与士』として必要なことだったか?
『付与士』で勝つための手段を考えていたことはあったか?
どれも考えていなかったことだ。
諦めきれないと言っていた俺だったが、そう言っている時点で諦めていたのか、俺は。
それに気付いた時、俺の口は勝手に動いていた。
「……ガルフ爺ちゃん」
「…なんだ?」
ガルフ爺ちゃんが少しはにかみながら俺の言葉を待つ。
きっとガルフ爺ちゃんも俺がなにを言うかは分かっているだろうけど、俺はきちんと口に出すことにした。
俺の決意をきちんと伝える為に。
「俺に『付与士』としての戦い方ってやつを教えてくれ」