第19話 不遇職の実態
「冒険者登録ですね。では、お二人とも個人情報の開示をおねがいします」
ギルド嬢に言われるまま、俺たちは個人情報を全て公開する。
俺たちが個人情報を一切隠蔽しなかったのには勿論理由がある。
だから俺たちがついついうっかり個人情報を隠蔽するのを忘れてしまったお間抜けさんというわけではない。
「……はい。開示された個人情報に間違いはないようですね」
隠蔽をしなかった理由。それは冒険者ギルドに限らず、商業ギルドや鍛治ギルドなど、あらゆるギルドに存在する魔道具。『真実の目』があるからだ。
この魔道具は今のように相手の個人情報を視ることができる魔道具で、その正確さはなんと驚きの100%。
つまりこの魔道具がある以上、どう個人情報を隠蔽しても確実にバレてしまう上に、なぜ素直に個人情報を開示しなかったのかと説明を求められたりと隠蔽して得することなんて一つもないので、俺たちは素直に個人情報を開示したっていうわけ。
……しかし、個人情報を見せたというのに冷ややかな目で俺を見てくるこのギルド嬢はなんなんだ?
俺は早く冒険者になりたいんだよ。
「個人情報は見せただろ?だから早く冒険者登録をお願いする」
「……アリッサさんはともかく、ラゼルさんは冒険者登録の条件を満たしていないように見えるのですが……?」
はぁ、流石に察しが悪くないか?
「ああ、確かに条件を満たしていないな。だから五番目の条件で頼んでいるんだが?」
「……あなたは自分の職業と等級を知っていて尚、そんな言葉を言うのですか?」
あぁ何?そんなことかよ。
「ああ、勿論だ」
「そうですか。ですが、それは認められません」
「……は?」
今、なんて言った?
認められない?
何が?
何で?
理解が追いつかない俺にさらにギルド嬢は言葉を続ける。
「職業は付与士で等級は1。仲間の方の職業はかなり、いや非常に優れていますが、それでも仲間の人数は2人。かといって冒険者育成学校に通った経歴も無い。私は貴方のようにご自身の身の丈に合わないことをする人を止める義務があります」
ギルド嬢がそう言い終えると今度は酒場の方から「ガハハ!馬鹿だなあいつ!」と言ったような内容の大きな笑い声が聞こえてくる。
その笑いの種となる内容は「付与士で冒険者とか舐めてんのかよ!」「しかも等級1だってよ!」「せめて育成学校で学んだりしたら良かったのにな!」のように、明らかにラゼルを馬鹿にしたような内容だった。
アリッサは俺がこのような扱いを受けることをある程度予測していたのだろう。その上で俺にどう声をかけたら良いのか分からないといった様子で、オロオロしている。
「笑い者にしてしまったようで申し訳ありませんが、これも仕事なので、どうかご理解ください」
「まあ、俺の職業が付与士の時点である程度は覚悟していたさ。……で、だ。ギルド嬢のあんたは何故俺を身の丈に合わないと判断した?」
「……え?」
俺がまだ諦めていないとは思っていなかったのか、ひどく驚いた顔で返事をするギルド嬢。
周りの笑い声も俺の言葉が予想外だったようで、ギルド内はシン……と静かになる。
なんだ?俺があの程度で冒険者登録を諦めるとでも本気で思っていたのか?
あの程度で諦めることができるほど俺の決意は軟弱じゃない。まして、諦める理由が己の職業だなんて、あり得ない。
ガルフ爺ちゃんに教わったんだ。職業を言い訳にするな。与えられたものを最大限利用しろ。それが出来てこそ男だ……ってな。(意訳)
「なんで答えてくれないの?もしかして質問の意味を理解出来ていないの?俺の何処で判断したの?職業?等級?学歴?……下らねえ」
明らかに馬鹿にした口調で俺が質問したからか、ギルド嬢は怒りで顔を赤くする。
「なっなにが下らない、ですか!私はあなたの身を守る為に!」
「だからそういった気遣いが下らねえって言ってるんだよ。俺は冒険者登録ができないならこの足で等級上げに向かうことになる。あんたがしてることがどうであれ、俺の身を守ることには繋がらないんだからな」
「等級をあげるのであれば、それこそ冒険者を雇ったりなどすればーー」
「一般的に冒険者登録をする奴の財布事情なんて知れてるだろ。そもそも冒険者を雇えるほど俺の所持金は多くないし、運良く雇えたとしても俺の職業は付与士で同じ仲間のアリッサは優秀な職業といっても女なんだ。戦闘に特化した職業の奴らに裏切られでもしたらそれこそお仕舞いなんだよ」
「なっ!そんなことをする人はこのギルドにはいません!」
「それもどうだか。俺が付与士で等級1と知った途端に笑い出すような連中だしな。信用なんてできるわけが……」
「「そこまでにしろ!」」
俺の言葉を遮り、ギルド嬢を庇うように二人組の男達が俺の前に現れる。
「さっきから聞いてたら随分じゃねえか?付与士の兄ちゃん?」
先に話しかけてきたのは背中に巨大な剣を持つ大男。みてくれからして職業は『剣士』か『戦士』なのだろう。
「ナタリーちゃんはお前なんかの身を案じているんだ!わかったらさっさと出てけ!」
「出てけ!」と言ったこの男は、纏っているローブや装備している杖などからして如何にも「魔法を使いますよ」といった見た目をしている。相方が近距離特化の職業なら『魔導士』か……?いや二人組であるなら『僧侶』である可能性も……?
いや、今はそんなことを考える時間じゃないな。
「いや、なんで出てかないといけないんだよ。俺はまだ冒険者登録をして貰っていないんだが?」
「おいおい、冗談は職業だけにしとけよ。『付与士』なんだから素直に等級を上げとけって」
……は?
「そうだ!わざわざナタリーちゃんを困らせるな!雑魚職の『付与士』の分際で!」
……こいつら、今、俺が『付与士』だからという理由だけで俺のことを馬鹿にしたな?
「ら、ラゼルくん。お、おとなしく等級上げに行こ?」
アリッサは先程から黙りこくっている俺を見てどう思ったのかそんなことを提案してくるが……
「アリッサ。さっきの事だけどやっぱり取り消させてくれ」
「……さっきの事?」
「ナタリーさん、でいいのかな?訓練場って何処にある?」
「は?……冒険者ギルドを出て右手側に進めばありますが…。それが?」
「あんたも来てくれよ。ギルド職員に俺の実力って奴を見せてやるから」
「ほう、それはどう言う意味として受け取ればいいのかな?」
俺の言った言葉の意味を正しく理解したらしい恐らく『剣士』の男が視線を鋭くさせる。
「そんな見た目だからって、脳みそまで筋肉なのか?お前ら二人相手に試合をするっていってるんだよ」
俺はそれを正しく理解した上で挑発をしてやった。
「馬鹿だ!本物の馬鹿がいる!『付与士』の分際で、Dランクの俺たちと試合だってよ!」
挑発の効果があったのか頭の緩そうな推定『魔導士』が案の定引っかかった。
「うるさい。馬鹿はどっちか思い知らせてやる。……でナタリーさんが見てくれないと俺の実力を証明できないんだが」
「……私は受付の仕事があるので別の者に向かわせますが、アリッサさんは等級が低いとは言え『賢者』なので、もしゴンザレスさんたちに勝ったとしても、あなたの実力とは言えませんよ?」
『賢者』という言葉に男達は反応するが、アリッサが『賢者』だからといって戦う前から震えるのはどうかと思うけど。
まあ、『賢者』ってのは御伽噺で出てくるような超絶希少な戦闘職だからそれも仕方のない話か。
そんな心配しなくてもいいんだけどな。
「……ねえ、ラゼルくん、さっきの事ってまさかだけどさ…」
ここまで情報が揃えばアリッサは俺が『何』を取り消したのか合点がいったようだ。
「ああ、勿論、そこのゴンザレスさん?と愉快なお仲間さんの相手は俺一人でするから大丈夫だ」
俺だって舐められっぱなしは良くないと思っての発言だったのだが、返ってきたのは予想通りの言葉だった。
「……正気ですか?」
「正気も正気だよ」
俺の言葉を聞いて『賢者』が出ないと分かると直ぐに体の震えを止めたゴンザレス達は出会った時のような出立ちに元通り。
「おいおい、流石にそれは弱いもの虐めになっちまうよ」
「そういうなってゴンザレス!『賢者』がいないなら怖いものなんてない!『付与士』の分際で俺たちに試合を挑んだことを後悔させてやろうぜ!」
「フン、なんとでも言え。だが後悔するのはお前らの方だ。付与士の強さをその身体に刻みつけてやる」
「ら、ラゼルくん!?煽りすぎだよ!?」
「……もう止められるものでもなさそうですね。ではすいませんがサイモンさん。ラゼルさんとゴンザレスさんたちの試合を見届けて貰ってきてもいいでしょうか」
俺たちの騒ぎの裏でたった今ギルドに入ってきたであろう男にナタリーさんは俺の実力を測るよう頼む。
「え?なんで俺が」
「いいじゃないですかサイモンさん。俺たちがこいつをボコボコにするのを少し見るだけですから!」
ゴンザレスの愉快な仲間がサイモンという男に丁寧に話しているところを見るにDランクよりは上の冒険者なのだろう。
こいつらみたいな人間は自分より格下であると認識している者には強く当たり、格上であると認識する者には媚びへつらうものだからな。
まあ、ゴンザレスの愉快な仲間が格上と認識するような実力者なら正しく実力を理解してもらえるはずなので、俺としてはなんの問題もない。
ただ一つ訂正しなくてはいけないところがあるが。
「だからボコられるのはお前らだと言ってるんだが?」
「はぁ、今日はせっかくのオフだってのに……。まあいいか。じゃあさっさと行くぞゴンザレス!リスガン!あと……えっと、ラゼルでいいのかな?」
何故俺の名前を?と思ったがさっきの騒ぎを聞いていたのだろうと思い納得する。
「ああ、ラゼルでいい」
「ま、まって私もーー」
「アリッサさんはラゼルさんが実力とやらを示してくれている間に冒険者登録を済ませておくので、こちらに」
「えっ。で、でも!」
「こちらに」
「…はい」