第15話 幕間:少女の記憶
私は幼い頃から「迷惑を掛けたくない」と強く思いながら生きてきました。
そう思った経緯としては、私を育ててくれたベーコの長老であるベウ爺にされたお話が大きく関係してきます。
ベウ爺にされたお話は私の出生に関することで、概要を話すと私は村の小さな教会の前に捨てられていたいわゆる孤児と呼ばれるものだということでした。
ここで勘違いをされてはベウ爺に申し訳ないので、弁護させて貰いますがベウさんはこのことをなかなか話してはくれませんでした。
しかし、ベウ爺がそれでもそのことを教えてくれたのは、私が読んだ本に出てきた「両親」という言葉の意味が分からなくて、教えてもらおうとする私とそれを拒むベウ爺の根気比べ、ということになり若さ故の体力勝負でベウ爺に勝ったからです。
勿論、その事実を知った時は「知りたくなかった」とも思いましたが、今となってはもうそこまで気にするようなことでもなくなりました。
少し話が逸れてしまいましたね。
「迷惑を掛けたくない」と考えていた幼い頃の私は次第に村の人たちに「遊んで」と頼むことをしなくなり、積極的にお手伝いをすることで、村の人たちの役に立つ子だと思われようとしました。
迷惑を掛けたり、役に立たない子だと思われたら私を捨てた本当の両親のようにまた捨てられてしまう、と考えたからです。
今思い返すと、ベーコの人たちはみんな優しいのでそれはあり得ない考えだと断言できるのですが、そんなことも分からなくなるほど当時の私は不安でいっぱいだったのです。
捨てられたくないという思いを抱えて生活をする日々がしばらく続き、私は5歳になりました。
その際に私職業が『賢者』というかなり希少な職業だと分かりましたが、それでも私の抱える不安を払拭できませんでした。
『彼』がベーコに来なければ、私はあの纏わり付くような不安感に押しつぶされていたかもしれません。
『彼』は私にとってはじめての『おともだち』になってくれた人。
はじめて、というのもベーコには『彼』が来るまで、私以外の子供が居なかったからです。
なんでもベーコは冒険者を引退したのちに、のんびりとスローライフをしようと考えた人たちが集まってできた村で、そういった事情からか、そもそも若い人がいないのです。
妻子持ちの方もベーコには複数居ましたが、その子供にあたる人物も全員既に独り立ちしていて既にベーコを去っており、私と『おともだち』になるような人はいませんでした。
まあ、仮に私と同年代くらいの人が居たとしてもあの頃の私には『おともだち』なんてものを作る余裕は無かったとは思いますが……
私と『おともだち』になってくれたその『彼』がベーコにやって来たのは私が5歳になってから三ヶ月ほどした時のことでした。
私と『彼』は同い年ではありましたが、最初から『おともだち』になれるほど、私の中の不安感は弱いものではありませんでした。
むしろ、最初の頃はいきなり私の日常に入り込んできて、村の人のお手伝いをすることで捨てられないように、と予防線を貼っていた私に「一緒に遊ぼう!」といきなり声をかけて来た『彼』に対して嫌悪感すら抱いていました。
当然そんな誘い、当時の私からしたらたまったものではありません。
私が遊びに呆けてしまうような人間だと思われたら捨てられてしまうかもしれないと考えているのですから。
なので、私は『彼』の誘いを断りました。
私はお手伝いで忙しいから遊べない、と。
しかし、『彼』は「お手伝いなんてどうでもいいから俺と遊ぼうぜ!」などと言い、無理やり私の手を引いて何処かへ行こうとします。
私は抵抗しようとしましたが、元々『彼』が活発だったことなども関係があるのかもしれませんが、女の私が男である『彼』との力勝負に勝てるはずもなく、結局元Aランク冒険者のガルフさんと二人で暮らしているという『彼』の家の裏の広場まで連れてかれ、『彼』の気が済むまで遊びに付き合わされました。
その日からというもの、毎日『彼』に見つかり次第、遊び相手にされるという日々を送ることになりました。
そんな日々を過ごしていくうちに、ベウ爺から私はあることを教わりました。なんと『彼』はあの【大剣豪】ゼフさんと【魔導女帝】シエルさんという世界有数のSランク冒険者夫婦の一人息子だと。
それを知った私は、『彼』が私を無理やりにでも連れ回すのは、『彼』の両親のお陰で何の苦労もなく世間一般的に有利な職業として生まれ、何の不自由も何の苦悩もなく育って来たから、こんなにも人の気持ちを考えられないのかと考えました。
真実を知らなかった私は『彼』に、
「あなたがどれほど凄い職業だか知らないけど、こういうのは迷惑なの!」
と言って突き放そうとしました。
今ではそれが『彼』にどれほど辛い思いをさせる言葉だったのか分かります。
ですが、『彼』はそんな素振りを見せることなく、私の言葉に対してこう返しました。
「俺は一人がどれほど辛いか、もう知ってるから」
言っている意味が理解できませんでした。
そんな私の様子に気付いたのか、『彼』は思い出したくもないであろう過去のことを話してくれました。
Sランクの冒険者二人を両親に持つ『彼』の職業が世間一般では不遇職とされる『付与士』であること。
その職業のせいで元いた街では『彼』がイジメられていたということ。
そのイジメから逃げるために私の住むベーコに引っ越してきたということ。
話を聞けば聞くほど、『彼』は私が思っていた『彼』よりも可哀想な人間で、私はついカッとなってしまったからといって『彼』の心の傷を抉ってしまったことに対して申し訳なさを感じていました。
だからだったのでしょうか?
「でもさ、そんな俺だけど、夢があるんだ」
「夢?」
私はつい先程まで嫌悪感を抱いていたとは思えないほど自然に『彼』の言葉に返事をしていました。
「そう!夢だ!俺は父さんと母さんみたいなSランク冒険者になるっていう夢があるんだ!」
それを聞いたとき、素直に「そんなことは無理だ」と思いました。ですが、それを『彼』に言うことはありませんでした。
その夢について語る『彼』のその目はまるで星の浮かんだ夜空のようにキラキラと輝いていて、本当にその夢を目指しているのだと私に思わせるのには十分だったからです。
そんな『彼』の目を見たからでしょうか。
私の中に居座っていた「捨てられるかもしれない」といった恐怖は嘘のように消え去り、その代わりに今まで感じたことのない感情が私の中に芽生えたのです。
お手伝いばかりしていた当時の私でもこの感情の正体には気付きました。
なぜなら、この感情をもたらしてくれた『彼』を見るだけでこんなにも心が満たされるのですから。
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それから『彼』と『おともだち』になった私は毎日待ち合わせをして、いろんなことをして遊びました。
後から聞いた話ですが『彼』のあの行動は思い詰めている私を見た『彼』がベウ爺に頼みこんでやらせて貰ったことらしいです。
ベウ爺も私の意向を気にしてか直ぐには許可は出さなかったそうですが「一人なのは悲しいことだから」と私のことをこんなにも気に掛けている『彼』を見て、渋々許可を出したのだとか。
そんな日々を過ごす内に、私は『彼』に更に惹かれていきました。
仕方のないことです。あんなにも私のことを見ていてくれて、心配してくれて、故意ではないとはいえあんなことを言ってしまった私のことを許してくれて、あんなにもキラキラとした目を見せてくれて……こんなの惚れない方が異端者ですよね。
そして私と『彼』は一つ約束をしました。
その約束は、二人で遊んで一緒に帰っている時の雑談から始まりました。
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「なあ、アリッサ。大人になったら俺と一緒に冒険者になろうぜ」
「冒険者?私と?」
私はなんでもないような顔をしながらそう答えたけど、私としては『彼』の夢の手助けは最初からするつもり、というよりもさせて貰うつもりだったから、『彼』からそう誘ってくれたことが非常に嬉しすぎる!!
気を抜いたら顔がニヤけてきちゃいそうだよ。
「アリッサは職業が『賢者』だろ?なら俺よりも戦闘向きな職業ってことだ」
「まあ、そうなるね?」
私が考えていた理想とは少し違うけど……。それは大人になって『彼』を支えてからでもいい、よね?
それに……こ、告白は、するよりもされたい派だし……って一体何考えてるの私!?
「だが、『賢者』ってのは魔法を扱う以上、近距離の攻撃には対処しにくいと思うんだ!」
「っ!?しょうだね!?」
やばっ!変なこと考えてたから噛んじゃった!。
「だからこそ俺は素振りとか筋トレとかも更に頑張って近距離戦闘が出来るスゲー『付与士』になる予定なんだ!」
『彼』のテンションが上がっているから、気には止まらなかったとは思うけど……
「だから俺はーー」
でもそれはそれでちょっとーーーー
「ーーアリッサが欲しい!」
「!?」
え、ええ!?
こ、これって、所謂こ、告白ってやつ!?
嬉しいけど!とっても嬉しいけど!
そんな、急すぎるよ……!
待って、落ち着いて私!
こんなときこそ落ち着くのよアリッサ!
でも、こんなときはどうしたらいいの…?
あ!そういえばベウ爺が心を落ち着かせる方法について前話してくれたような……?
確か……そう、素数を数えて落ち着くのアリッサ!
2……3..…5……7……11……13……17………19。
『素数』は1と自分以外では割り切れない孤独な数字……。
そんな素数は私達に勇気を与えてくれるってベウ爺も言ってたはず!
だから極めて冷静に、そう冷静に返事をするの!
「へ、へぇ〜、ラゼルくんは私が欲しいんだ?」
ちょっと、私!そんなことよりも言うべきことがあったんじゃないの!?
下手に確認を入れて「やっぱなしで!」とか言われたら私立ち直れる気がしないわよ!?
「うん?……まあそうだな。俺はアリッサが欲しい!」
「ッ〜〜!?!」
きゃあああああああ!!!
情熱的すぎるよおおお!!!
そんなにも私と結婚したいの!?嬉しいけど!!嬉しすぎるけど!!
……ハッ!だ、ダメよアリッサ。
ここで焦ったら全てが台無しになっちゃうかもしれないでしょう?
だからこそ、ちゃ、ちゃんと私の気持ちを伝えるのよ!
「で、でもラゼルくんは『付与士』だからなぁ〜?私、『賢者』だし〜?ちょっとやそっとの努力じゃ認めてくれないと思うよ〜?」
「うぐっ!」
わ、私の馬鹿ぁぁああ!!
なんで、そんな上から目線なの!?
……終わった。
『彼』も私がこんなにも自意識の高い女だとは思ってなかっただろうから、きっと幻滅されちゃったよね……。
「だ、だが!それでもやる!!とんでもないほどの努力をしてやるさ!!俺はSランク冒険者になる!!だからアリッサが俺の仲間にいても恥ずかしい思いなんてさせない!!いや、むしろそのためにSランク冒険者になると言ってもいいよ!!」
「ーーーー」
「……?アリッサ?」
「………きゅ」
「きゅ?」
こ、こんなの…!!
きゅんきゅんしないほうがおかしい!!!
『彼』がそこまで私のことを好きでいてくれたなんて…!!
「私のためにSランク冒険者になる」ですよ!!
並大抵の人じゃ出せないよ!!
このレベルのきゅんきゅんは!!!
「アリッサ?どうしたの?さっきから少し様子がおかしいけど」
「な、なんでもないよ」
ハッ!といけないいけない……。
少し““興奮””しちゃったわ……。
「それで、アリッサ」
「ひゃい!!」
「ひゃい?」
「い、いいの。……続けて?」
「いや、その返事というか……」
ハッ!?あまりの嬉しさに返事をしていないのを忘れていた……?
一番肝心なことを忘れているなんて、私の馬鹿馬鹿馬鹿!!
でも返事なんて、そんなの勿論ーー
「ふ、不束者ですが……よ、よろしくお願いします……」
「!!つまりはOKってことか!?」
「ちょっ!?声!声が大きいってば!!」
わー!!わー!!
そ、そりゃあ『彼』とこういった関係になるのは夢だったけど、ソレとコレは別問題だよー!!
「えっ!?もしかして違うのか!?」
「ちがーーわないけど…」
うう〜……嬉しいけど、それ以上には、恥ずかしい……!!
「ヨシッ!!じゃあ、アリッサ!『約束』な!」
「う、うん!や、『約束』ねーー」
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あの時にした『約束』のことを、私は忘れたことがありません。忘れてなるものですか。
それから2、3年経ったある日、『彼』はガルフお爺様から直々にご指導してもらうことになったため、私と会う機会が滅法減りました。
それはとても寂しいことではありましたが、これも一重に『彼』の夢のため。
私一人の我儘で『彼』の邪魔をしてしまうのであれば、『彼』の隣に立つ資格はありませんからね。
『彼』がガルフお爺様からご指導を受けている間、当然私は一人でした。
私はもうすぐ9歳になる頃だったので、私の身体も随分と大きくなりました。
ですので、それなりのお手伝いは任されるようになったのですが、『彼』がいないことで生じた私の心の中の穴は私の想像よりも遥かに大きかったです。
ですが『約束』のために頑張る『彼』を見て、私も前々から声を掛けられていた《グラントーレ》に行くことを決意しました。
別れるのは辛いものがありましたが、これも『約束』のためです。時間は限られてますからね。
いつの日かSランク冒険者になるであろう『ラゼルくん』に隣にいて恥ずかしくないように私も精進しないといけませんから。
《グラントーレ》に通うには職業に特異性がないといけないというかなり厳しい条件があるのですが、幸いなことに私の職業は『賢者』という世界でも有数と言われるほどの希少な職業だったので、学費まで無償で通うことができました。
この時ほど自分の職業に感謝したことはないでしょう。
そんな幸せなはずの毎日を過ごしているのですが、やはり私はベーコで『彼』と一緒に暮らしていたかったなと思うことが多々あります。
ああ、あなたは今どこで、何をしているのでしょうか……
……おっと、もうこんな時間ですか。
そろそろ《グラントーレ》に行かないと。
でも、あれからもう6年もの月日が流れたのですか。
もう6年も『彼』と会えていないと思うと、途端に切なくなってきましたが、ガマンです。
私は『彼』に相応しい『賢者』にならないといけないので、ね。
……ですが最近、《グラントーレ》でも学ぶことがなくなってきました。
今日は何について勉強しようかなーー?
そんなことを考えながら《グラントーレ》へと向かいます。
最近は本格的に学ぶことが無くなってきているのでこの間は古代テリスタ文字なんていうニッチなものにまで手を出したくらいです。
……まあ、もう全て覚えてしまいましたが。
ちょっと本格的に魔法の創作に手を出してみようかな……。
気がついたらもう《グラントーレ》のすぐそばです。
あれ?今日はなんだか少し騒がしいですね。
少し気になったことがあるので校舎へはこの騒ぎを見てから行くことにしますか。
群がる人混みを掻き分け騒ぎの中心へ着くとそこで言い合いをしていたのは、いつも何処か抜けている警備員のメークさんとどこか懐かしいオレンジの髪の青年でした。
私はその青年を見た瞬間、こう思いました。
そのオレンジの髪の青年は『彼』にとても似ている、と。
背丈も服装も当時と比べると、かなり異なりますが、私には確信と言っていいほどの自信がありました。
幾度となく『彼』のことを思い出しながら暮らしてきたからこそ、気付けたのだと思います。
あそこにいる青年は『彼』にとても似ている。いや、きっと『彼』なのだ。
頭がそう認識する前に、体は勝手に動き出してました。
あの青年に近づくにつれて、二人の会話が聞こえてきます。
「ーーーが《グーートーレ》に通ーーーーたのは6年ーだかーーーー卒ーーーますかーー」
ああ、この声。少し声変わりしているようだけれど、私には分かります。
ほぼ間違いないとは思っていましたが、これでもう、確信できました。
『彼』が来た。そう。来てくれたのです。
「『賢者』様のカリキュララムが他の生徒と同じわけがーー」
ごめんなさい、メークさん。私、こんなにも近くに『彼』がいるのにまだ待つなんてことできません!
君が、そうなんだよね……?
「……ラゼル、くん?」