第1話 職業
初投稿です
職業、それは己に最も適した役割を示すものである。
職業は生まれてから5年、つまり5歳になった時、神から与えられる祝福だと言われている。
職業は多種多様なものが存在し、その種類は日々増え続けていると言われているほどだ。
そんな種類の豊富な職業だが、そんな職業も大きく分けて3つの区分に分かれている。
剣を体の一部の様に扱い、敵を倒す『剣士』。体内の魔力を魔法へと変換し、広範囲の攻撃が可能な『魔導士』などといった戦闘に特化している職業、《戦闘職》。
傷付いた身体の回復力を向上させる魔法を扱う『治癒士』や、罠の解除や気配を感知することに長けた『盗賊』など、《戦闘職》のサポートをすることに特化している職業、《支援職》。
『商人』『鍛治士』『料理人』などといったこと争いにおいては非力だが、人類の発展に大きく貢献し、日々の生活を豊かにすることのできる職業、《生産職》。
これらに属さない職業もあるが、それはまたの機会に。
職業を得た人々は当然と言えば当然だが、得た職業を軸に生計を立てていく。
例えば、《戦闘職》《支援職》の職業を得た者はその職業の性質上、大多数が争いの起こる場所を中心に活動し、《生産職》の者は戦闘能力に欠ける為、安全の保証されている街などといった場所での活動を中心としている。
さて、ここで一つ大事な話をしようか。
職業はその人物に最も適正のある役割だと言う話をしたと思う。
だが、『最も適正のある役割』は果たして『最もなりたい職業』足り得るのだろうか。
職業は神が人類に与える祝福なのだから、自らの手で職業を選択することは不可能だ。
そして、自分に与えられた職業は如何なる手段を持ってしてでも変更することは出来ない。
そのため一定数なりたかった職業ではない者が生まれる。
職業は基本的には遺伝する為、親の職業に似た職業を得る者が大多数だ。
しかし、その大抵は職業を得た際に不満を持っていたとしても、成長に連れて自らの天賦の才に魅了されるため、最終的には自らの職業を快く受け入れている。
そのことが“常識”となった今の時代は、職業を得た際に不満を覚えるものなど、滅多にいるものではないのだ。
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俺には誇りがあった。
それは両親が世界に7人しかいないSランク冒険者であるということ。
父さんは《戦闘職》や《支援職》の多く集まる冒険者の中でもかなりの数を占めている『剣士』という職業で一番の腕の『剣士』。
母さんはあの『賢者』にも劣らないのではないかと噂されるほど、魔力操作に長けた『魔導士』。
Sランク冒険者というだけあって、二人は《ランオ》の人々に慕われていた。
俺はそれがなによりも嬉しかったし、街の人々から慕われている両親に強い憧れを持っていた。
父さんや母さんのように、皆から慕われるSランク冒険者になるのが俺の夢だ。
俺にとってあの二人はいい目標だった。
だから、俺の目標である二人が付けてくれたこの『ラゼル』という名前も気に入っていた。
ラゼルというのは遠い過去、俺の住んでいる国である【カルナラ】を窮地から救ったと言われる英雄の名前で、同年代の友達からはこのことでからかわれることも少なくなかった。
けれど、俺は二人がこの名前をつけてくれたのは自分に期待してくれているからだと思えた。
だからこそ、俺はいつか期待してくれている両親のためにも、Sランク冒険者にならなくてはいけない。
そう考えながら、今まで生きてきた。
今日、俺は5歳となる。
《ランオ》の人達も俺の職業がどういう職業になるのか興味があるらしく、その職業を知りたいと集まった人で俺の視界は埋め尽くされている。
しかも聞くところによると、誰よりも優れている『剣士』の父さんと、誰よりも優れている『魔導士』の母さんとの間に産まれた俺が一体どんな職業なのかというお題で賭け事を行うものまで現れているらしい。
全く、俺の記念すべき日だというのに、大人の金儲けに利用されるのは少し気分が悪くなる。……けど、今日は俺の人生で最も楽しみにしていた日なので多めに見ることにする。
寛容さもSランク冒険者には求められるだろうからな!
そんなことを考えていると、人混みの中からこんな声が聞こえてきた。
「やっぱ『剣士』だろ!あのゼフさんの息子だぜ!?」
「馬鹿ね。ラゼル君は母親似なのよ?職業
はシエルさんと同じ、『魔導士』に決まってるでしょう!」
「いや……あのお二方の子となると『魔法剣士』という可能性もあり得るんじゃないか?」
「「たしかに!!」」
俺の職業の予想で会話が弾んでいる3人は先程言ったような賭け事をしている人ではなく、純粋に俺の職業に興味を持ってくれている人達のようだ。
ちなみに彼らの会話に出てきたゼフというのが父さんの名前、シエルというのが母さんの名前だ。
この3人組は見慣れない顔をしていることから、恐らく彼らは最近この街に来た冒険者なのだろう。
周囲をよく見渡すと、見慣れた顔の中にちらほらと見覚えのない顔があることに気付いた。
やはりSランク冒険者同士の子の職業ともなると、冒険者の興味も引くということらしい。
俺がそんなことを考えていると、人混みを掻き分けるようにして父さんと母さんがやって来た。
「ラゼル、職業の確認の仕方は覚えてるか?」
「覚えてるよ!忘れるわけないじゃん!」
「そうですよ。貴方じゃないんですから」
「えぇ……?でも俺がラゼルくらいの歳の時は忘れてたぜ?」
「だから、貴方じゃないんですから。ねー?ラゼル?」
「シエルはラゼルが産まれてから俺に冷たくなったよな……」
父さんが俺に嫉妬の籠もった視線を向けてくるが、俺にそんな目を向けられても困る。
……あ、母さんが父さんの視線に気付いたっぽい。これは二時間お説教コースだろうな。
父さん、頑張って耐えてくれ。
父さん達は現役Sランク冒険者として日々、国からの依頼を受けている為、二人が揃うことは大変珍しいのだが、今日は俺の職業が判明する日とあって二人とも休みも作ってくれている。
「いや、こう見えてラゼルは忘れっぽいからなあ。ま、念のためだけどな!こんなに人がいるのに確認の仕方が分からないってなったら恥ずかしいだろ?」
「こう見えてって言いますけど、ラゼルはほんと〜〜に頭がいいんですよ?貴方と違って」
「俺とは違ってって……」
母さんの言葉が、父さんに効いている!
このまま会話を続けていては父さんがとても面倒な不貞腐れモードに入ってしまう!
そう思った俺は多少強引になるだろうが、話を戻すことにした。
「そんなことより父さん!もう確認してもいい!?」
「……ん?ああ、そうだな!ちゃんと『個人情報開示』って言うんだぞ!」
どのような職業であっても使える魔法が一つだけ存在する。
それが今から使用する“個人情報開示”という魔法。
この魔法は使用者の《名前》・《等級》・《職業》・《階級》・《能力》を表示する魔法で身分の証明などによく使われている魔法で、人類であれば生まれつき、誰もが扱える魔法としても有名だ。
その性質から個人情報開示を知らない人など余程な世間知らずでもない限り存在しないとされている。
そのため、父さんが忘れていたと言った時は耳を疑ったが、あれは父さんなりの冗談だったのだろう。……冗談だよな?
俺がなかなか個人情報開示と唱えないのを見てか、父さんが呆れた様子で尋ねる。
「おいおい、やっぱり忘れてんじゃねーのか?」
「分かってるって!『個人情報開示』!
…………え?」
唱えたと同時に現れる俺のステータス。そこに表示されている職業を見て、俺は目を疑った。
見間違いかと思い、何度も何度も目を擦ってみた……が、表示されている職業は変わらなかった。
(表示が間違っていないのであれば、唱え方を間違えたのかもしれない。)
普段の俺ならば“あり得ないこと”と理解しているようなことだが、今の俺にはそうとしか思えなかった。
「『個人情報開示』ッ!」
そして再度唱えてみた……が、表示されるのは変わらずあの職業のままで、変わることはなかった。
俺はそれでも信じられなかった。いや、もう頭では理解できている。しかし、心がそれを受け入れるのを拒んでいた。
受け入れ難い現実から逃げるように俺は魔法を唱え続けた。
「『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ! 『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ! 『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ! 『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ! 『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ! 『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ!『個人情報開示』ッ! ──── 『個人情報開示』ッッッ!!!」
────どれほどの時が経ったのだろう。
気付けば俺は両親に抱き抱えられていた。そこで初めて俺が倒れていることに気付いた。
先ほどとは比べほどにならないほど、身体が異常なまでに重たく感じている。
それもその筈だ、個人情報開示は基礎魔法とはいえ魔力を使わない訳ではない。勿論、普通に使う分には生活に支障を起こさない程度の魔力で済むが、俺は何度も個人情報開示と唱えていた。それで立っていられなくなるほど、魔力を消費し、その場で倒れてしまったという話だ。
「ラゼル?!どうしたんだ!?一体なに……が……」
「ラゼル?!いったいどうした……の?」
その様子を見るに、父さんと母さんも俺の職業を確認したのは今のようだ。
二人は俺の職業を確認することよりも俺の心配をしてくれたようだ。
だが、俺はそんな二人を裏切ってしまったかのような黒く濁った感情に呑まれてしまった。
そんな俺のただならぬ様子を見てか、周囲の人々も俺の職業を確認していく。
「うそだろ?」
これは一体誰が言った言葉なのか。
自身の職業が信じられず、立っていられなくなる程の魔力を使ってもなお、絶望に震えているラゼルの言葉だろうか。
自分達の子供が自分達の職業とは一切関係無い職業だった彼の両親の言葉だろうか。
Sランク冒険者同士の子がこのような不遇職であったことに失望した者の言葉だろうか。
その言葉を皮切りにランオを静寂が支配した。ラゼルの表示した個人情報が消えるまで、その静寂は続いていた。
ラゼルをここまで動揺させ、Sランク冒険者の二人に言葉を失わさせ、周囲に失望を与えたラゼルの職業は、いったい何だったのか?
それは父親、ゼフの職業である『剣士』か?
────いいや、ラゼルが『剣士』を得ていたのであれば、偉大な父の背を追う『剣士』になれたことで胸を震わせていただろう。
それは母親、シエルの職業である『魔導士』か?
────いいや、ラゼルが『魔道士』を得ていたのであれば、尊敬する母と同じ『魔道士』になれたことで思わず魔法を使ってしまっていたことだろう。
周囲が予想していた職業である『魔法剣士』か?
────いいや、『魔法剣士』はその名前の通りに剣術と魔法の二つを扱う《戦闘職》の中でも万能職とされている一つだ。決して“不遇職”ではない。
表示されていたのは
『付与士』であった。
のんびり書いていこうと思うので更新頻度は期待しないでください