1話 空渡透
ピンポーン
「はい。」
俺が家の玄関を開けるとそこには幼馴染の神上美里が立っていた。
「今日から高校生だね。」
声をかけてくる美里。
「あぁ。そうだね。」
「それじゃ初登校行こっか。」
美里の無邪気な声を追いかけながら、俺は家を出た。
家の前にある車に乗り、学校を目指す。
以前は、車は4輪がついた地面を走るものだったが、今は違う。
空を飛び、それに合わせ車輪はなくなった。
これを使えば渋滞になることもなく、あっという間に目的地に着く。
さて、数百年前の日本は違ったらしいが、
俺たちが暮らすこの時代では一般的に進路は中学生で決める人が多い。
進路を決めた人は、それぞれ専門にしている分野の高校を選ぶ。
だが、中学生に未来を決め切れというのは無理な話。
そういう人達のために色々なことを学ぶタイプの高校も存在している。
俺がこれから3年間通う高校も普通のタイプだ。
なぜ、俺がcleariumの専門学校に行かなかったのか。
答えは簡単だ。
6年前のあの日。
父がcleariumで世界一に輝いた。
今でも忘れない歓声や拍手。
心躍った光景。
その後の1年間。
父は色々なメディアに取り上げられた。
父を見ない日は無く、本物の父に1か月会えないこともあった。
だが、その1年後。
父の所属するチーム『SkyFields』は1試合目敗退。
相手との差はダブルスコア。
完敗だった。
フォインという、腕につける万能小型デバイスで試合を見ていたが、
正直、今思い出すだけでも、完成度の低い試合だった。
するとマスコミは手のひらを返したように父を叩いた。
「練習もせずに、メディアにばっかり出ていた。空渡は世渡りは上手ではなかった。」
当然その種火は、俺たち家族という燃料を含み上げ、燃え上がる。
誰かと会い、自己紹介で空渡というだけで、
「あぁ、あのcleariumの…」と言われるのだ。
そんなことが数年続く。
俺は次第にcleariumから離れていった。
学校につき、車をフォインにしまう。
玄関に張り出されているクラス表を確認する。
どうやら、俺と美里は同じクラスのA組のようだった。
「行くよ~。透」
「うん。ちょっと待って。」
玄関から教室に向かい自分の席に座る。
美里も座ったようだ。
少し経つと先生が入ってくる。
周りも全員座っている。
男女はちょうど半々くらいだろうか。
「さて、君たち全員高校生になった。この学校では、皆に夢を見つけてもらうための学校だ。部活動やボランティアなど色々な体験を得て、未来を選んでほしい。では、まずは自己紹介だ。赤池から順番に自己紹介してくれ。」
来てしまった自己紹介の日。
この時間だけは本当に嫌いだ。
どうせ言われるんだ。
「あぁ、空渡ってあの?」ってな。
自分の番がやってくる。
「空渡透です。よろしくお願いします。」
無難な挨拶をする。
やはり、ざわざわと教室内がうるさくなる。
だから嫌なんだ。
誰も俺には何も言うことなく、
挨拶が後ろの人に続いていく。
自己紹介の情報は視覚を経由して、すべてフォインに録画されている。
その日は、遠い昔から存在する入学式だの、偉い人の長い話だの、
無駄な時間を過ごして、1日が終わった。
帰ろうとしたところ、美里が席を外してしまっているので、
美里を待つことにした。
教室には数組の男子と数組の女子。
その女子の内の一人がこちらに歩いてきた。
「ねぇ。空渡くん。空渡一って知ってる?」
「うん。知ってるよ。」
話を膨らませたくないため、
ぶっきらぼうに回答する。
「苗字が空渡で一緒なんだけど、一選手とは何か関係があるの?」
「…父だよ。」
「そうなんだ。じゃあやっぱり空渡くんもcleariumは好きなの?」
好きかだって?決まっている。
「そんなことはないよ。」
「あれ?でも…。」
「もう話しは終わり。俺はcleariumは嫌いなんだ。」
当然だ。俺の憧れていた光り輝く舞台は、黒い光に塗りつぶされたんだ。
色々な深い要因。
俺の心を締め付ける根本の問題。
cleariumなんて嫌いに決まっているだろう。
美里と歩き出す。
「良かったの?」
「うん。俺はcleariumは嫌いだよ。」
そういいながら歩く。
「…嘘ばっかり。」
美里が何か言っていたようだが、透の耳に届くことはなく、
2人は家に帰っていった。