表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子豚のクッコローゼと世界樹の家  作者: のの原兎太
第1章 病気を治す、すごい蓮の実
8/27

08.クッコ、名前の由来を話す

 子豚のクッコローゼの母さんはエルフだ。

 そしてとても残念なことに、父さんはオークなのだ。


「なぁ、お(じょう)ちゃん。名前はなんていうんだ? 俺はガウルードって言うんだ」


 オーガじゃなかった人間が、礼儀(れいぎ)正しく名乗ってきた。クッコも半分人間だから、ちゃんと返事をしないといけないだろう。


「……クッコローゼ」


「クッコローゼ? 変わったなだな……。お前、純血(じゅんけつ)のオークじゃないだろ?」


 オーガじゃなかったガウルードはちょっと鋭い。フードで隠した髪の毛を目ざとく見つけたようだ。


「…………父さんがオークで、母さんがエルフ……だって」


「えぇ? 変わった夫婦だな。……いや、夫婦じゃないのか……。つまり」


「………………それ以上、言っちゃ、ダメ」


 人間は賢いって本当だ。ガウルードはクッコの秘密に気付いたようだ。


「あ! クッコローゼって、"くっ、殺"……」


「言っちゃ、ダメー!!!!!」


「うっお。あっぶね!!」


 ダメって言ったのに、この人間は悪い人間かもしれない。

 ひゅん! とキレたクッコが放った矢が、オーガ改めガウルードの頭上をかすめる。

 頭皮を一枚(けず)絶妙(ぜつみょう)さで、ガウルードの脳天に一筋のハゲができる。魚に喰われた後頭部と合わせてずいぶん個性的な髪型になった。


 クッコが切れるのも仕方がない。

 誰にだって()れられたくないデリケートな部分というのはあるものだ。

 それが出自にかかわるものならなおさらだろう。


 クッコは母親の顔を知らない。

 目が開くよりも早く、母親と離されてしまったからだ。

 ただ生まれた時に母親らしき存在があげていた言葉だけは覚えている。


「クッ、コロセ……。クッ、コロセ……」

 ゼイゼイと息を荒げ、()れ果てた声でそう繰り返していたから、言葉もろくにわからないクッコは、それが自分の名前だと勘違(かんちが)いしてしまったのだ。


 クッ、コロセ……。クッコローゼ。

 言葉が分かるようになって、なんてひどい名前だろうと3日くらい落ち込んだ。


 クッコがオークの集落を逃げ出したのは、何とか歩けるようになったばかりの頃だ。

 理由は簡単、一匹だけ髪の毛の生えた毛色の違う子豚を、オークたちは仲間だとみなさなかった。それなりに大きく育ったら、()べてしまうつもりだと分かったからだ。


 喰われたくない一心で、クッコは()いずるように集落を逃げ出した。

 森に逃げたところで、獣に喰われるか()えて死ぬしかない(あわ)れな子豚は、半分引いたエルフの血によって世界樹ミミルのところへ導かれ、守り人として知識と力を与えられることで何とか今日まで生き延びた。


 母親がどうなったかは分からないし、父親に至っては分からないどころか、未だにオークたちの見分けがつかない。

 クッコを食べようとしていたオークなんて、どうでもいいどころか、今では狩りの対象だけれど、エルフの母親の行方はほんのちょっと気にかかる。


 しかし、あの時、守り人としてクッコがミミルに呼ばれたということは、母親のエルフは少なくともこの森には存在しなかったのだろう。ちゃんと逃げられていればいいな、とクッコは思う。

 会いたいかと聞かれれば、正直よく分からないのだけれど。


 結構重い出自のクッコだけれど、物心ついた時には守り人になっていたわけで、食べてさえいれば幸せなオークの本能と、世界樹が大好きなエルフの本能を両方満たせる暮らしに、そこそこ楽しく暮らしていたし、どうにも好きになれない自分の名前も、声に出して呼ぶ人がいなかったから、別段気にはならなかったのに。


「ぷう、失礼な人間!」


「すまん、すまん。悪かった。名前を悪く言うなんて、本当に悪かったよ。

 だからってわけじゃないんだが、クッコローゼって結構きれいな名前だと思うぜ」


(うそ)ばっかり」


「本当さ。クッコの実って知ってるか? 赤くて甘酸っぱい野イチゴみたいな実なんだ。それにローゼって薔薇(ばら)のことだろう? だからほら、薔薇苺。お姫様みたいな名前じゃねぇか。な?」


「そ、そそそ、そんなの知らない! 人間は嘘つきだもん」


 お姫様なんて見たこともないけれど、とても素敵なものだというのは知っている。だからクッコはなんだかとっても()ずかしくなって、ぴゅーっと走って(おり)の前から逃げてしまった。


「……あんなにいっぱいしゃべったの、初めてだな」


 ミミルはいろんなことを教えてくれるけれど、会話をするのとは少し異なる。

 森の魔獣たちと話すことはあるけれど、「ググ……、喰ウ」だとか「殺ス、喰ウ」だとか「縄張リ、喰ウ」だとかの片言ばかりでコミュニケーションは成り立たない。しょっちゅう「喰ウ」と言うけれど、相手を食べるという意味で、一緒に食事をしませんか、というお誘いではない。


「あのオーガ、じゃなくて人間、パンとスープ食べるかしら?」


 すごく弱っていたから、昨日は栄養満点なこの湖の蓮の実をつぶしたものを口に流し込んでおいた。おかげで、意識を失ったままだったけれど、今朝にはケガは塞がっていて、魚に喰われた頭もうっすらと毛が生えていた。

 昨日から蓮の実以外ほとんど何も食べていないから、あの人間はすごくお腹が空いているかもしれない。


「失礼な人間だけど、お腹がすくのはかわいそう」


 そう思ったクッコは、今日も作った角兎のスープと蒸らしてふかふかにしたパンを器によそうと、人間の男、ガウルードのところに戻っていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ