07.クッコ、オーガと話す
子豚のクッコローゼは働き者だ。
夜遅くまで森狼の解体をしたけれど、結局次の日いっぱいかかってしまった。
それでも剥がした10匹+角兎1匹皮からきれいに肉をそぎ落とし、泡の実の汁につけるところまでは終わらせたし、夕方になってしまったけれど罠の見回りもちゃんとした。
狼の縄張りまで行けば、木の実やキノコもたくさん採れるのだけど、今日は時間がなかったから罠の見回りだけにした。甘い木の実は手に入らなかったけれど、罠には2匹も角兎がかかっていたから、クッコは今日もご機嫌だ。
「角兎がいっぱいあるから、森狼の肉は魚の餌でいいよね」
食べるものがない時は、硬くてまずい森狼の肉も食べたけれど、今年はなんだか好調だ。食べられる植物も育っているし、まずい森狼の肉を食べなくても冬を越せそうな気がする。
森狼の肉は干しておいて、湖の魚の餌にすればいいだろう。
それなら処理も雑でいいし、湖の魚ならまずかろうが多少腐っていようが残さず食べてしまうのだ。
食べ物の乏しい冬に食べる太った魚は、きっとおいしいことだろう。
「今年の冬はそんなに嫌じゃないかも」
寝床は狼の毛皮で暖かで、お腹を空かせることもなさそうだ。
幸せな予想にご機嫌になったクッコは、ふんふんと鼻歌を歌いながら住み家にもどった。
「ただいまー、ミミル。今日も角兎がとれてねー」
ガシャン!
「ぷぅっ!」
ミミルにただいまの挨拶をしたのもつかの間、住み家に響いた慣れない音にクッコは飛び上がる。
「なっ、何!? 檻……の方から?」
ガシャン、ガシャンとぶつかるような物音が、檻の方から響いてくる。
「大変! オーガが起きちゃった!」
クッコは弓を掴むと、大急ぎで檻の方へと走っていった。
ガシャン! ガシャン!
「くっ、脆そうな石なのにびくともしねぇ……。しかもおかしな縛り方しやがって」
なんと、手足を縛られたままのオークが、たくさん言葉をしゃべっている。
拘束は外れていないし、大きな音がしているだけで檻もびくともしていない。
「こらー! 暴れるのはやめなさーい!」
このオーガ、暴れてはいるが檻から出るのは無理そうだ。
ちょっぴり安心したクッコは弓をかまえながらオーガの方へ近づいた。
「な……んだ、お前。……オーク? がしゃべって?」
「ぷー! オークが、しゃべっちゃ悪いの!? アナタだってオーガのくせにすっごいしゃべってるじゃない!!」
「ちょ、まて。おい、どうなってる……。オークって言葉を話せるのか!?」
「人のこと、オーク、オークって、失礼しちゃう! クッコ、言葉くらい話せるよ、おりこうさんなんだから!」
「えぇー……」
呆気にとられた様子のオーガは暴れるのをやめて、ぷりぷり怒るクッコをじっと見ていた。
そして、しばしの沈黙ののち、思い出したようにこういった。
「まぁ、まて。落ち着いてくれ。あんたは話が分かるようだ。話し合おう。まずは誤解を解いておきたいんだが、俺はな、オーガじゃなくて人間だ」
「ええぇ!?」
今度はクッコが仰天する番だ。
人間を見たのははじめてだけれど、ミミルに話を聞いたことがある。守り人の一族、エルフも広い意味では人間で、その子供のクッコも半分は人間らしい。
エルフはとがった耳をして、白百合のような色の肌と絹糸のように細くてきれいな髪をしている。とても整った顔をしていて、目は大きくて鼻は小さくシュッとしている。お口も小さくて薔薇の花びらのようなのだそうだ。
何より男も女も若木のようにシュッと細くて吹く風に倒れてしまいそうなたおやかな姿だと、そうミミルに教えてもらった。
クッコの髪の毛も細くてきれいだけれど、ほかはあんまり似ていない。顔なんてオークみたいだ。
「エルフみたいなお顔だったらよかったな」と、内心思っていたクッコは、オーガに「オーク、オーク」と言われてちょっぴりご立腹なのだ。
ちなみに、人間というのはエルフよりもやたらと数が多いゴブリンみたいな連中らしい。それでも、同じ人族の範疇に入るのだから、そうそう姿は変わるまい。
「嘘だ! 騙されないぞ、オーガめ。クッコはエルフを知ってるんだよ! 同じ人族の人間が、こんなにゴリゴリしてて、でっかいはずがないでしょ!」
「ちょっと待てよ、エルフと一緒は無理があるぜ!」
クッコはぷんすか怒るのだけれど、このオーガは困ったように眉毛を下げて、エルフと人間は見た目が違うなんて言うのだ。
「ぴぎゅ!? そうなの?」
「そうだよ! 俺は人間にしちゃあでっかいほうだが、エルフは人間より細いし、ドワーフはがっしりしていて背も低いだろ? 人間だっていろいろいるんだ」
人間っていろいろいるなんて知らなかった。クッコは、さっきまで怒っていたのに今度は混乱してきてしまった。
「ぷぎゅぅ~、ちょっと待ってて! ミミルに聞いてくるから!」
「ミミルって誰だよ!?」
なんてことだろう。オーガだと思っていたのに、あれは人間だったのだろうか。
だとしたら大変だ。ミミルに確認しなければ。
クッコは大急ぎで世界樹ミミルのもとへやってきて、その細い幹にコツンと額をくっつけた。
「ミミル、ミミル。教えて、ミミル。あれはホントに、オーガじゃなくて人間なの?」
クッコの問いに、ミミルが答えを与える。
言葉ではなくて、人間という生き物の情報をクッコの脳に書き込むように。
「うそ……。あんなにゴリゴリしてるのに、本当に人間なんだ? ……ってことは、食べちゃ、ダメってこと!?」
クッコは半分魔物だ。魔物同士は喰らい合うから、クッコが魔獣を食べるのは構わないとされていた。
同時にクッコは半分ヒトだ。人は人を喰らわない。それは絶対にしてはいけない禁忌だから、クッコが人を喰らうのは許されないことなのだ。
もしも禁忌を破ったならば、クッコは守り人でなくなって、この石化した世界樹の洞には住めなくなるし、樹魔法だって使えなくなる。
魔獣にも人にもなり切れないクッコの居場所は、きっと世界中のどこにもなくなってしまう。
「そんなぁ~。大きな獲物だと思ったのに~」
逃した獲物は大きかったとクッコは嘆く。
そして、もう一つ。
人間という生き物は、見た目よりも中身の方がずっといろいろなのだそうだ。
魔物よりも獣よりも、とっても賢い生き物だけれど、その賢さをいいことに使う者もいれば、悪いことに使う者もいる。クッコは初めて会ったあの人間が、いい人間か悪い人間か見極めないといけないらしい。
「どうしよう……」
「おーい、おーい、話をしようぜ!」
檻の方から声が聞こえる。あの人間がクッコを呼んでいるようだ。
困ったことになったなと思いながら、クッコは人間のもとに再び向かった。