06.クッコ、料理を作る
子豚のクッコローゼは料理が好きだ。
世界樹ミミルの守り人になって一番よかったなと思うのは、料理の知識を得られたことだ。
クッコは子豚なものだから、食べることが大好きで、生肉だって生野菜だってそのままイケルくちである。けれど料理をしたものは、おいしくって幸せで、生きてるって素晴らしいなと思うのだ。
そんなクッコの調理場には、常時給水されている流し台が二つ付いていて、水を張った片方からは、ほわほわと湯気が立ち上っている。作業に使えそうな高さの石の台はあるけれど、竈らしいものはない。
台の上には、すり鉢状にへこんだ大きな石が置いてある。これがお鍋だ。
石化した世界樹からはがれたもので、水がためられる形状だから、お鍋として使っているのだ。
「肉は早く火が通るように薄く切ってスープにしよう」
木製のひしゃくを使って、湯気をあげる流しからお湯と、中に沈んでいた赤い卵を石鍋に移す。
赤い卵はお湯から出た瞬間に、じゅわっと乾いてひしゃくに残ったお湯がぐつぐつと沸騰する。
これは、火鳥という魔物の卵だ。
雷が落ちた木の根元に産み落とされている卵で、放っておくと発火する。
雷の落ちた木が燃えるのはこの卵のせいなのだ。
木が燃えて、周囲の温度がある程度上がると、この卵は孵化をする。生まれた雛は炎を喰らってものすごい勢いで成長し、すぐに飛んで行ってしまうけれど、炎を消してはくれないから、放っておくと森ごと火事になってしまう。
たいへんに、迷惑だ。
だから、森が火事にならないように雷が落ちた時に、火鳥の卵を回収するのも守り人の仕事である。
ベテランの守り人なら、回収した卵は安全な場所で焚火して、孵してやったりするそうだけれど、滅多に見つかるものではないし、何より料理に必要だから、クッコはこうしてお湯を沸かすのに使っている。
なにしろ、ここは石化したとはいえ世界樹の中だから、木を燃やしてはダメなのだ。
蒸気やら空気の循環なんかは、世界樹が持っていた導管という目に見えない小さな管を使ってされているようで、調理場もお風呂も、蒸し風呂になったりしないけれど、火を燃やして煙が出ると世界樹の若木、ミミルが悲鳴を上げるのだ。
だから、クッコの料理は蒸すか煮炊きするしかない。パン焼き竈は森の中に作ってあるし、どうしても焼いた料理を食べたくなったら、森の竈を使うことにしている。
湯に薄く切ったセロの茎をいれる。そのまま食べても筋張っていてちっともおいしくないのだけれど、これを最初に入れておくだけでスープの味が違ってくるのだ。
クツクツと湧き出した石鍋に薄く切った角兎の肉を入れ、灰汁をささっと取り除く。角兎はたんぱくで灰汁が少ないから料理が手早く済む。灰汁を取っている間にざく切りにしたアニオ、ポテ芋を放り込む。アニオもポテ芋も最初のセロもミミルのそばに生えていた植物で、料理に使うとおいしいからと外周側の日当たりの良い部屋で栽培している。ほかにもこういう植物はあって、これらが育つようになってからクッコの食生活はずいぶん豊かになった。
「あとは、岩塩削って、ペパの実もつぶしていれて、あ、今日採ってきたキノコも入れよう」
スープが出来上がれば火鳥の卵を取り出して完成だ。
「残りの角兎は蒸しとこう」
別の石鍋に湯と火鳥の卵を入れ、上に薄く切った角兎の肉を並べたざるを乗せ、蓋をする。こうしておけば食事の間に蒸しあがるだろう。
「パンはまだあるけど、ずいぶん硬いや」
もともと硬くてぺしゃんこなパンが、さらに硬くなっていてかじるとぼそぼそと口の中で砕ける。
「パンも蒸しとけばよかった」
半分に割って、片方を蒸し器の中に放り込む。残りはスープに浸しながらかじる。
今日のスープはささっと作ったわりにうまくできた。肉はもちろんおいしいけれど、塩とペパの実がいいアクセントになっているし、ポテ芋は口の中でほろほろと崩れる。でもスープがこんなにおいしいのは、ミミルに教わった通りセロの茎をいれたりアニオを入れたおかげだと思う。
料理というのは不思議なものだ。そのままでは苦かったりピリピリするセロやアニオがスープをおいしくしてくれる。
カチカチのパンだって、ちょっと蒸すだけでふかふかに戻った。
「あのオーガ、食べるかな?」
ゴブリンやオークは見たことがあるけれどオーガは今日初めて見た。ゴブリンもオークも食べられればなんでもいいって感じの生き物だけれど、オーガはちょっと上等な魔物らしいから、食事にこだわりがあるかもしれない。
魚も太らせてから食べているし、オーガも少し太らせようか。
そんな風に思って檻を覗いてみたけれど、オーガは相変わらず気を失ったままだったから、クッコは残ったスープに蓋をして森狼の解体作業をすることにした。