04.クッコ、世界樹ミミルにただいまを言う
子豚のクッコローゼは一人暮らしだ。
石化した世界樹の内側で一人で暮らしているけれど、そこには先住民、というか生えていた植物がいる。
「ただいま、ミミル」
群れから逃れて死にかけていたクッコを、この場所に招いた世界樹の苗木、ミミルである。
ミミルの声は誰にでも聞こえるわけではない。
というか、未熟なクッコにはミミルの声は断片的にしか聞き取れない。
それでもクッコが守り人に選ばれたのは、クッコの母親が世界樹の守り人の一族で半分だけでも適性があったことと、魔物が支配するこの森にクッコのほかに守り人になれる存在がなかったこと、なにより、生まれたばかりでか弱い苗木のミミルには、世話をする守り人が早急に必要だったことが重なって、クッコは半分魔物でありながら世界樹の守り人になったのだ。
ミミルの言葉は難しくて、会話が成り立つようなものではないけれど、ある時は映像として、またある時は知識という形をとって、ミミルはいろいろなことをクッコに教えてくれた。
クッコが樹魔法を使えるのは守り人としての恩恵だし、言葉も、食べられる木の実や草、キノコのことも、食事や服の作り方、住まいの整え方から狩りの仕方まで、全部ミミルが教えてくれた。
この森で生きていくためのあらゆる知識を、クッコはミミルに教わったのだ。
そんなミミルは、石化した世界樹のど真ん中にちんまりと生えている。
世界樹というのは、この世界に何本も生えている樹で、根っこの深いところで繋がって、世界を調律しているのだそうだ。世界樹の力が弱まった地域では魔物が大量に発生したり、天変地異が起こったりする。だからエルフという世界樹と相性の良い種族が守り人になって、一緒に世界の秩序を保っている。
それでも、世界樹も生き物だから、長く生きれば枯れてしまう。石化した世界樹は幹の周りをまわるのに、何百歩もかかるような、とても立派な世界樹で、人々からあがめられる存在だった。
『だから』正当な守り人がいなくなって、老いて枯れるに従い、この辺りは魔物の住み処になったのだとミミルは言っていた。クッコにはどうして『だから』なのかは分からなかったけれど、弱々しい苗木のミミルが無事に育ってくれるように、前の世界樹が自分を石のように固くしたことだけは理解できた。
石化した世界樹の中は、ミミルの生えた中央部分が広く天井がとっても高いドーム状になっていて、どういう仕組みかは分からないけれど、天井はあるのに空が透けて陽の光も、星の光も降り注ぐ。けれど、やっぱり天井だから、雨の恵みは降り注いでこない。
ミミルが渇かないように、朝一番の水やりはクッコの大切な仕事の一つだ。
それからミミルの植わっている土は、とても栄養豊かで柔らかいから、いらない草まで生えてしまう。そういう草を除くのもクッコの仕事だ。ちなみにミミルにとってはいらない草でも、クッコにとってはおいしい植物だったりもする。そういう草は日当たりのいい別の場所に植えなおして栽培している。
ミミルの生えている中央ドームの周りにも、洞窟のように幾つも空洞が開いていて、クッコの家になっている。
ミミルが大きくなるのに合わせて石化した世界樹は少しずつ崩れて、古い部屋がなくなったり新しい部屋ができるのだという。そしていつかはクッコの家どころか石化した世界樹自体が消え去って、そこには立派に育ったミミルが、はるか昔にあった世界樹さながらにそびえ立つのだそうだけれど、それは、クッコの寿命よりもはるかに長い、ずっと未来の話だ。
「クッコが生きてるうちに、天井がいらなくなって、草にも負けなくなったらいいね」
クッコはミミルに話しかける。
そうしたら、守り人がいなくてもミミルは生きていけるかもしれない。クッコはそんな風に思うのだけれど、ミミルがそれだけ大きくなるのにどれくらいの時間がかかるのかは、幼いクッコには想像もつかなかった。
「さーて、血抜きをしちゃわないと」
ミミルへのあいさつは済ませた。
食事の準備に森狼の処理。森の中で一人で暮らすクッコにはやることがたくさんある。
「オーガは、暴れたら困るし、檻にいれとこう」
たくさんある部屋の一つに、檻のような部屋がある。棒状に残った幹を上手く組み合わせると、中からは開けられない造りになるのだ。檻の目は粗いから小さい生き物は抜けだしてしまうけれど、オーガなら大丈夫だろう。それに石化した世界樹だからオーガがどんなに暴れても絶対壊れたりしない。
オーガはいわゆる保存食だ。まだ死なれては困ってしまう。
クッコは檻の中に柔らかい草をたっぷり敷くと、手足を縛ったままのオーガを横たえた後、苦労して採取した湖の蓮の実を水に溶いて飲ませてやった。
クッコのヒミツ:世界樹のミミルはクッコより細いけど、背はクッコよりも高いんだ。