01.クッコ、川を流れる
閑話です。4話連日投稿です。
どんぶらこっこ、ぷかぷかり。
ぷかぁと子豚が川を流されていく。
クッコはピンクの子豚だし、お尻はぷりっぷりの桃尻だけれど、どんぶらこっことお尻をだして流されているわけではない。
「みてみて、ミミル。ヒラヒラのフリフリだよ! クッコはレディーだからね!」
そう言って世界樹の苗木、ミミルに自慢した、フリフリのパンツだって履いているのだ。
ちなみにクッコのフード付きマントは、フェアリーグラスというミミルの周りに生えている細長い草を編んで作ったものだけれど、中の洋服やその下に着ている下着は着心地のいい布製だ。
蓮の実のお礼にと、ガウルードたちが持ってきてくれたものだ。ガウルードは、クッコのサイズをざっくりとしか伝えていなかったらしく、届けられた衣類はサイズや丈がいろいろで、リボンでウエストを調節できるようになっていた。
クッコが一番気に入ったワンピースは丈がちょっぴり短くて、カボチャみたいな形をしたフリフリパンツが裾からちょっぴり見えている。
パンチラだ。いや、常時見えているから、パンモロかもしれない。
パンツにフリフリがたくさんついているから見せパンかもしれないが、そもそもレディーは見せパンだろうがなかろうが、モロパンで森を駆け回ったりはしない。しないのだけれど、子豚のクッコがパンツをちらつかせながら嬉しそうにくるくる回って見せるのは、なんとも可愛らしいものだから、それを見たガウルードは黙ってニコニコしていたし、世界樹のミミルでさえもレディーの嗜みを教えてくれたりしなかった。
とまぁ、これくらい、クッコのパンツについてたっぷり説明してしまうくらい、クッコのパンツはたっぷりと見えているのだけれど、見えているのはパンツであって、桃ならぬお尻はちゃんとしまわれている。
どんぶらこっこ。ぷかぷかり。
船の代わりに蓮の葉っぱにトテチンと座ったクッコが流されているのは、世界樹の住み家に面した湖から流れ出している川の一つだ。
ガウルードたち人間が住む場所とは反対側の、森の深いところへ流れている。森の深い所には、おっかない魔物がたくさんいるから森を歩くのは怖いのだけれど、川を下れば安全だし、何よりも早く着けるから、今日のクッコは船旅だ。
川には危険な魔物もいないから、クッコは途中で見つけた山のぶどうをもぐもぐと食べながら観光気分だ。時々いたずらな川の流れが蓮の葉っぱをくるりと回して、クッコの視界もくるくる回る。首を回さなくても色んな景色が見られるから、らくちんだ。
黄色やオレンジ、赤い葉っぱに彩られた森の景色はとてもきれいで、温かそうだ。
「折角温かそうなのに、すぐに葉っぱの服は脱げちゃうんだよね」
今は秋。もうすぐやって来る寒い寒い冬に向けて、森もクッコも冬の支度で忙しい。
クッコが蓮の葉っぱで川を下っているのだって、冬の準備のためなのだ。
「キノコ、いっぱい生えてるかなぁ」
キノコなら、森にだって生えているけれど、今日のキノコは特別だ。
肉厚のキノコをじゅじゅっと焼いてかぶり付けば、お肉のような味がするし、手のひらくらいの平たいキノコは干すととっても長持ちして、スープに入れるととても美味しい出汁がでる。他にも歯触りがよかったり、いい匂いがしたり、食べると冬の間は風邪をひかなくなる珍しいキノコもあるのだ。
「じゅるり」
おっといけない。
クッコはあふれたよだれを慌ててぬぐう。
キノコの洞窟はキノコ天国なのだけれど、行くのは少し大変なのだ。なにしろキノコを手に入れるには、お土産がたくさんいる。特に首から下げた袋の中のお土産は、クッコにとって貴重なものだ。折角用意したお土産によだれがかからないように、クッコは慌てて口を閉じ、お土産の袋をきゅっと握った。
「そろそろかなぁ」
朝ごはん代わりのぶどうを3房食べ終わったくらいに、目的地に近づいたようだ。ゴウゴウと響く水音と何人もの女の人のかしましい唄声が、到着したことを教えてくれる。
「よいしょー」
クッコは持って来た長い棒で蓮の葉っぱの船を岸へと寄せると、ぴょいと飛び降りる。蓮の葉っぱを帰りのために岸辺の木の枝にかけておくのも忘れない。
ここからしばらく徒歩での移動だ。なにしろこの先には滝があるのだ。
ゴウゴウゴウ。
少し歩くと川も森も大地も全部、途切れた場所にたどり着く。
「相変わらずこわいなぁ」
ぱっくりと裂けた大地。
川を呑み込む大地の裂け目はこの辺りが一番広くて、反対側には鳥でないとたどり着けないだろうし、深さだって底が見えないほどで、川の水を丸ごとのみこんだ深い谷には虹の橋が架かっている。
「子豚ガイルワ」
「おーくノ子ダワ」
「変ナ子ヨ? 鼻ガナイワヨ」
「人間カシラ?」
「蹄ガアルカラ子豚ダワ」
「めすノ子豚ヨ、ツマンナイ」
「めすノ子豚ネ、残念ネ」
ピイ、ピイと鳥がさえずるような声がして、クッコの周りを何羽もの大きな鳥が飛び交う。
人間の胸と顔を持つ、ハーピィという鳥の魔物だ。
きれいな顔と声をしていて、クッコの周りをかしましく囀りながら飛んでいる。
歌うようなハーピィの声を聞いた男の人は虜になってしまうのだけれど、クッコは女の子だからハーピィたちは退屈らしい。
「こんにちは。クッコはクッコだよ。アルルに会いにきたんだよ」
クッコは礼儀正しくお辞儀をして、ハーピィたちに話しかける。
「シャベッタワ」
「シャベルナンテ人間ネ?」
「子豚ダッテ、シャベルワヨ」
「あるるッテ誰ノコト?」
「誰ダッタカシラ、忘レタワ」
「忘レチャッタワ。鳥ダカラ」
「忘レチャウワネ、鳥ダモノ」
ハーピィたちはたくさん喋る。たくさん言葉を知っていて、二言目には「喰ウ」しか言わないゴブリンたちとはすごい違いだ。
「やっぱり、クッコのこと忘れてる」
けれど、残念ながら鳥だから、物忘れがすごく激しい。なんでもかんでもあっという間に忘れてしまうのだ。このハーピィたちには去年も会っているのだけれど、クッコのことをこれっぽっちも覚えていないらしい。
彼女たちには言葉と唄は似たようなもので、大して意味もないことを囀っているだけなのだ。
「アルルー、アルルー、クッコだよー。アルル、いないのー!」
このハーピィたちはアテにならない。クッコは声を張り上げて、目当ての人物の名前を叫ぶ。
「大キナ声ネ、コノ子豚」
「唄ガヘタダワ、コノ人間」
「鶏ミタイニ、叫ンデルワヨ」
「黙ラセマショウ、ウルサイワ」
「ウルサイオ口ヲ喰ベマショウ」
「ウルサイ喉モ喰ベマショウ」
「オイシソウダワ、喰ベマショウ」
クッコを見るハーピィたちの目の色が変わる。
ハーピィたちは好奇心が旺盛だからクッコを囲んでいるだけで、本質的には他の魔物と変わりないのだ。
「アルルー! アルルー!!」
クッコは一生懸命だ。早く来てもらわなければ、ハーピィたちは今にもクッコに襲いかかりそうだ。ばっさばっさと羽ばたきながら、クッコの周りをまわっている。
「アルルー!!」
「ウルサイワ!」「ダマレ!」「ウルサイ!」「コノコブタ!」「タベル!」「タベルワ!」「クッテヤル!」
ハーピィたちの翼が起こす風がクッコのマントをたなびかせ、ついでにスカートの裾もめくりあげる。
「ぷぅ~! クッコはレディーなんだよ!」
ちょっぴり腹が立ってきたクッコが、ハーピィたちをけん制しようと、弓を構えたその時。
「オヤメ、オ前タチ!!」
「キャア」「女王ヨ」「ゴメンナサイ」「怒ッテル」「怒ラレル」「逃ゲナキャ」「逃ゲルノヨ」
ばさばさと、大きな羽音を響かせて現れたのは、一際大きいハーピィだった。
「遅いよ、アルル!」
かしましいハーピィたちを追い払った大きなハーピィ、アルルがクッコのところに飛んできた。
アルルはハーピィの女王さまで、他の個体より長生きで大きい。そして頭もほんのちょっぴりおりこうだから、クッコの事を覚えていてくれていたようだ。
「久シブリィー、………………誰ダッケ?」
「クッコだよ……」
……久しぶり、と言っているから、恐らくたぶんかろうじて、クッコのことを覚えていてくれたのだと思う。
クッコのヒミツ:クッコのスカートは短いけれど、動きやすくてお気に入りだよ。




