20.クッコ、鼻が溶ける
子豚のクッコローゼには、子豚のような鼻があった。
世界樹のミミルのおかげで人間に近い美意識があったから、クッコは自分の顔が好きではなかった。
二つのおめめはくりくりとして形は悪くないけれど、小さくって顔の真ん中から離れている。少しめくれ上がったお口も可愛くない。なにより上を向いている大きなお鼻が嫌だった。
オークとしては可愛い顔だと思うけれど、エルフという生き物の姿からすれば、あんまりにもひどすぎる。
幸いクッコの住み家には鏡というものがなかったから、水鏡に映る姿を見る以外で自分の顔を見ることは無かったけれど、わざわざ自分の顔を見ようなんて思ったことはなかった。
それは今もおんなじだ。大泣きしている子豚の顔なんて、どんなにひどいことになっているだろう。
「ウワアアァン!」
やっとこ住み家に帰り着いた後、クッコは大きな声でたくさん泣いた。
一人ぽっちの寝床はとっても広くて、新しい森狼の毛皮も入っているのに、なんだかとっても寒かった。
泣いて、泣いて、泣いて。
おめめが溶けるんじゃないかというほど、たくさん、たくさん泣いたあと、クッコはようやく寝床からもそりと起き上がった。
「……お腹空いた」
クッコは意外とタフなのだ。
半分オークなせいなのか、胃袋の声には逆らえない。
「喉も乾いた。うぅ、顔が気持ち悪い。水浴びしよう」
後でミミルにお行儀が悪いと叱られそうだけれど、クッコは適当なパンを口にいれ、もぐもぐしながらお風呂場に向かった。大きな水の槽にざぶんと飛び込み、ごくごくお水を飲みながら、涙でぐしょぐしょになったお顔を洗う。
「あれ?」
なんだかおかしいぞ? なんだかお顔がつるんとしている。
そう思ったクッコは、水鏡に自分の顔を写す。
「鼻! お鼻が溶けちゃった!」
何ということだろう。泣いて、泣いて、たくさん鼻水が出たせいか、クッコの豚のような大きな鼻がなくなって、小さくて丸いぽっちりが顔の真ん中についている。
「ミミル! ミミル! たいへんだよ!」
大慌てで服も着ずに走ってきたクッコに、ミミルは“はしたない”ことだと叱ったけれど、クッコのお鼻が無くなった理由もちゃんと教えてくれた。
「クッコの心が、人に近づいたからなの?」
クッコは自分のためでなく、ガウルードや会ったこともない子供たちや親たちのために、大切な蓮の実を譲った。
クッコは自分の望みのままにガウルードと一緒に行かずに、仕事をまっとうするためにミミルの所に戻ってきた。
悲しいし、寂しいし、蓮の実が無くて不安だし、クッコは顔が溶けちゃうくらい、たくさんたくさん泣いたのだけれど、クッコのやったこれらのことは、人として、とても尊いことらしい。
クッコは半分エルフで世界樹の守り人をしているけれど、もう半分はオークで自分のために生きてきた。
ミミルはクッコにいろんなことを教えてくれたけれど、一人ぽっちのクッコの心は、獣のそれに近かったらしい。
その心のありようが、オークの顔として現れていたけれど、ガウルードのおかげで色々な感情と、正しい行いを学んだクッコは、人に一歩近づけた。
だから、クッコの子豚の鼻は、丸くてぽっちりとした人間の鼻に変わったのだという。
「これ、鼻なんだ。もげた残りかと思ったよ」
鼻水が詰まって気付かなかったけれど、匂いも変わらず感じ取れる。
「クッコ、ちょっと可愛くなったかも!」
ガウルードが見たら、可愛くなったとほめてくれるだろうか。正しい行いをしたクッコの頭を、たくさんなでなでしてくれるだろうか。
蓮の実が足りなくなったら、ガウルードはまたここへ来てくれるかもしれない。
「溜まってたお仕事頑張らなくっちゃ!」
仕事をするのは大事なことなのだと、ミミルもそう言っている。
ガウルードにだって、もう会えないわけではないのだ。
すっかり元気を取り戻したクッコは、たまった仕事をかたずける前に、ちゃんと服を着なくちゃとお風呂場へと戻っていった。
だって、折角可愛くなったのだ。
「クッコ、苺ちゃんだもん。はしたないのは、良くないんだからね」
クッコはきちんと服を着て、くるりと回ってウププと笑った。
クッコのヒミツ:クッコが人間らしく成長すれば、クッコの見た目も人間らしく変わっていくんだ。




