16.クッコと夕日と蓮の実と
子豚のクッコローゼは夕日が好きだ。
お空の色がピンクや紫色に変わって、やがてオレンジ色になる。
そんな光が湖に映って、湖も蓮も石化した世界樹の住み家も、クッコの周りの世界は全部いつもと違う色になる。
森の緑も綺麗だけれど、いつもは熟した果実だとか、咲いた花でしか見られない色合いが、空にも湖にもいっぱい広がって、どこか知らない、夢の国に来たような気がするのだ。
「見事な夕日だな」
「クッコ、夕日の時間、大好き」
「こう、空の色が湖に映っているのがいいな」
「うん。クッコもそう思う」
「蓮の葉や花が、空に浮かんでるように見えるのも、きれいだ」
「蓮の上を歩くとね、お空を飛んでるみたいなの」
ガウルードも夕日を気にいってくれたようだ。
クッコが好きなものを、ガウルードも好きになってくれるのはとてもうれしい事だ。
こんな時間がずっと続けばいいと思うけれど、たぶんそれはできないことだとクッコには分かっていた。
「なぁ、クッコ。俺を助けるのに、蓮の実を食べさせたっていってたな? それって、あの蓮の実か?」
「そうだよ」
「それじゃ、クッコはあの蓮の実を採れるんだな」
「うん。でも、簡単じゃないよ。蓮の花は呼んでも来てくれないからね、採れるのは近くに生えたほんのちょっとだけなの」
「そうか……。なぁ、クッコ。クッコはあの蓮の実がどんなものか知ってるのか?」
「……うん。永年蓮っていうんでしょ? すごく栄養があって……貴重な薬の原料になるってミミルが言ってた」
クッコはあんまり賢くないから、薬というのは作れない。
けれどこの蓮の実は、普通に食べただけでも、けがも病気もすぐに治してくれるのだ。栄養だってすごくある。
だから、その実を狙っていろんな生き物がこの湖にはやってくる。実を全部取られてしまったら、蓮は増えていけないから、この湖のように凶暴な魚のいる場所にしかこの蓮は生えていない。しかも、ハズレの葉っぱを作って、湖に来た生き物たちを水に落として、何とか実を守っているのだ。
そんな貴重な蓮の実だから、クッコの樹魔法でも実をつけた花を呼ぶのは大変だ。
葉っぱは簡単に来てくれるのに、花はとっても嫌がってなかなか動いてくれないし、葉っぱも花の方には近寄ってくれない。
乗っても落ちないアタリの葉に乗り、ぎりぎりまで近づいてから、花においでと呼ぶのだけれど、もともとの距離が近くなければとても花には手が届かない。
だから、クッコが蓮の実を手に入れられるのは、せいぜい年に1度か2度のことなのだ。
「なぁ、クッコ。お願いだ。永年蓮の実を分けちゃもらえんだろうか……。国の子供たちが病気なんだ」
ガウルードはこの蓮の実を探して、この森にやってきたのだそうだ。
子供だけがかかる恐ろしい病が蔓延して、ガウルードの子供たちも他の家の子供たちも、国中の子供たちが倒れてしまった。熱が引かないまま、死んでしまった子供もいるのだという。
「悪い竜は倒したけれど、その呪いじゃないのか」
そんなことをいう者だっているそうだ。
ガウルードの国の王様は悪い竜を倒した英雄で、民のことを考えるとてもいい王様らしい。けれども、王様の子供も病にかかってしまった。
王様も、兵隊も、商人も、農民も、大人はみんな子供を心配して、国中元気がなくなってしまったのだという。
ガウルードも子供たちのそばにいて、看病をしてやりたかったけれど、世界樹のそばの湖に浮かぶ永年蓮の実はどんな病も治す薬になるという言い伝えを信じて、この森にやってきたのだという。
「悪い竜がいたころは、世界樹は倒されて湖も毒の水になっていた。蓮は全部枯れてしまったと聞いていたけれど、悪い竜は倒されたんだ。もしかしたら、新しい世界樹が芽生えて、湖には蓮が蘇っているかもしれない。そう思って、森に来たんだ」
「ガウの子供たちは、ガウが戻ってくるのを待っているんだね」
クッコはずっと一人で生きてきた。
けがをしたり病気になっても看病してくれる人なんていない。
けがをしたって、熱がでたって、一人で何とか住み家に戻って、蓮の実をかじりながら寝床で丸くなるほかはない。
すごく手足が痛いときも、すごくお腹が痛いときも、すごく寒くてしんどい時も、怖くて怖くて泣きながら、丸く小さくうずくまるしかないのだ。
蓮の実がなければ、クッコはとっくに死んでいただろう。
だから、蓮の実はクッコにとっても大切で、大事に大事に保管してある。
一つ二つならあげても平気だ。それくらいの蓄えはある。
でも国中の子供たちを治すのだったら、今までためておいた蓮の実を全部あげても足りないのじゃないか。
(ガウの子供たちはいいな。ガウみたいなお父さんがいて、病気になったら看病してもらえて、お薬まで取ってきてもらえる)
うらやましいな、とクッコは思う。
ガウはクッコのお父さんではないから、クッコが蓮の実を渡したらすぐに国へと帰ってしまうだろう。
そうしたらクッコは、また一人ぼっちで、十分な蓮の実もない状態で怪我や病気におびえながら暮らさなければいけないだろう。
「クッコ?」
黙り込んだクッコにガウルードが声をかける。
ガウの子供たちは、ずるい。
ガウも蓮の実も全部持っていくなんて、ずるい、ずるい。
そんな風に思ったクッコは、ガウルードが呼ぶのもかまわずに、蓮の葉っぱを飛び越えて、ぴゅうっと住み家に走っていった。
夕日の映る水面を走る姿はまるで空を飛んでいるようで、クッコはこのままどこかへ飛んで行ってしまいたかった。
クッコローゼは守り人で、空を飛ぶどころか世界樹のミミルのそばから離れることさえできないけれど。
クッコのヒミツ:クッコは半分オークだからお腹が丈夫だけど、食いしん坊さんだから、たまに紛れ込んだ毒キノコなんかうっかり食べてしまうんだ。




