12.クッコ、ガウルードと仲良しになる
子豚のクッコローゼの住み家は広い。
ミミルのいる真ん中のお部屋が一番広いのだけれど、その周りは洞窟みたいに幾つもの部屋に分かれている。地下に下りたり2階に上がったり、抜け穴まであったりして迷路みたいで楽しい家だ。
「ここが寝床だよ」
クッコが毛皮を敷きつめた寝床に案内したら、ガウルードは「おう、そうか」と言って、クッコの寝床で横になった。
「違うよ! ここは、クッコの寝床だよ!」
寝床をとられたクッコは、ガウルードを追い出そうと腕をつかんで引っ張る。
「おぉ? クッコは力が強いなー」
なのにガウルードは「ははは」と笑って、クッコをひょいと捕まえた。
「ぷひぃ!」
びっくりして悲鳴を上げるクッコを、ガウルードはお腹の上にうつぶせにのせて、トントン背中をたたき始めた。
「ぷ、ぷ、ぷぅ……」
トン、トン、トン。
ゆっくりと一定の速さで、大きな暖かい手がクッコの背中をぽんぽんとする。
「ぷぅー……」
それが、とっても気持ちがよくて、クッコはガウルードのお腹の上で、すいよすいよと眠ってしまった。
「半分魔物だって言っても、ただの子供とかわんねぇなぁ。こんなにちっせぇのに、一人で守り人やってんのか……」
ガウルードが小さい声でしゃべっていたけれど、クッコはちっとも気にならない。いつもは遠くの獣の遠吠えでさえビックリして目が覚めるのに、ガウルードのお腹の上の方からは、トクントクンと心臓の音が聞こえてきて、それだけで何も怖くはなくなった。
こういうのを安心するというのだと、昔ミミルが言っていたなと、夢の中でクッコは思った。
次の日は、残念なことに雨だった。
雨の日は、蓮の葉っぱが濡れてクッコの蹄の足では、つるつると滑るから、外に出るのは危ないとミミルに教えられていた。
だから雨の日は、住み家の畑の世話をしたり、保存食を作ったり、ミミルとお話したりして過ごすしかない。一日中お外に出られないのは退屈だし、ジトジトした雨の日はクッコの毛皮までベタベタする気がして、気がめいってしまうのだ。
そんな嫌な雨の日だけれど、今日は特別な雨の日だ。
なんてったって、ガウルードがいる。
クッコとガウルードはとっても仲良しになったのだ。
ガウルードはクッコのお話をたくさん聞いてくれたし、お手伝いまでしてくれた。
「あっちには畑があるよ。いろんな野菜を育ててるの。でも、麦はね、いっぱいいるからここじゃなくて、湖から水が出ていく川の近くでそだててるんだよ。パンがそろそろなくなるからね、今日は麦を粉にしないといけないの」
「よく肥えた麦だな。でも石でたたいて粉にするのか。大変だろ、ほれ、貸してみな。こういう仕事はな、歌を歌いながらやるもんだ」
「歌?」
「おう、いいかー、こういうのだ。
トントコトーン、何の音? おいらが麦を突く音だー。
トントコトーン、何の音? 雨粒葉っぱをたたく音ー」
ガウルードの歌は単調で、しかもへたくそだったけれど、クッコはとっても楽しくなった。
「トントコトーン、何の音?」
「! クッコが麦を突く音だー! トントコトーン、何の音?」
「魚が壁にぶつかる音ー」
二人で交互に歌詞を振りながら合唱する。
あっという間に時間が過ぎて、いつもよりたくさん麦を粉にできた。
「今日はパンを焼けないから、蒸しパンを作るね。となりの解体部屋にはお魚のいる水槽があるけど、湖のお魚は石でも食べちゃう、いやしんぼさんだから、手を入れると危ないよ」
「家の中に釣り堀があるなんて、なかなか気が利いてるじゃねぇか。え? 釣り針がない? そういや、刃物はどうしてるんだ?」
「ゴブリンとかオークとかが持ってるから、やっつけてもらったの」
「クッコは狩りまでできるのか。えらい子だな。あぁでも、このナイフ、ずいぶんなまくらになってるな。ちょうどいい砥石があるのにもったいない。刃物はな、こうやって手入れしてやると、よく切れるようになるんだぜ」
「うわぁ、きれいに切れるね! これなら毛皮もきれいに剥げるね」
やっていることは、退屈な雨の日とほとんど変わりはなかったけれど、ガウルードと一緒だと飛び切り楽しくて、一日が経つのがすごくあっという間だった。
夜はお風呂に一緒に入った。
たっぷりの泡で頭も体もあわあわにして、わっしゃわっしゃと洗ってもらう。
「よーし、流すぞー。目ぇつむってろ」
クッコがおめめをぎゅっとつむっていると、ガウルードがざばっとお湯をかけてくれて、ピカピカにしてくれるのだ。
「よし、いっちょ上がり。ん? なんだ、泳ぐのか」
「うん」
きれいにしてもらったクッコは、泳げるほど広い水の層に飛び込んで、すいすい泳ぐ。
クッコは子豚なものだから、水にはよく浮いて、泳ぎもうまい。
たっぷり泳いで体が冷えたら、お湯の槽で温まるのが日課だ。
狭い湯舟から足をだして、ぎゅうぎゅう詰めで使っているガウルードの方へ泳いでいくクッコ。
「ガウは洗うの上手だねぇ」
「うちには、ガキがいっぱいいるからな」
「ガウには子供がたくさんいるの?」
「おう。親のない子を育ててる。みんな俺の子供たちだ」
「……ガウはみんなのお父さんなの?」
「あぁ。なかなか父ちゃんって呼んじゃくれねぇけどな」
ガウルードは親のない子を何人も引き取って育てているらしい。たくさんの子供たちのお父さんだから、上手にお風呂に入れてくれたし、お話も、お歌も知っていたのだろう。
「お父さん……」
クッコの本当の父親はオークで、クッコのことを子供と認めず、餌として食べようとした。
お父さんというものは、家族のために働いて、子供を守ってくれるものだと、世界樹のミミルは教えてくれたけれど、少なくともクッコにはそんな父親はいなかった。
いいなぁ。クッコも、ガウの子供がよかったな……。
もしもクッコがそう言えば、ガウルードはクッコを子供にしてくれたかもしれない。
けれども、クッコは世界樹ミミルの守り人だ。ここを離れることはできない。
そしてガウルードのお家は、森の向こうで、そこには子供たちが待っているのだ。
「どうした、クッコ?」
急に静かになったクッコにガウルードが尋ねる。
「眠くなっちゃった。今日も、背中、トントンしてくれる?」
雨がずっと降ってればいいのに。
クッコはそう思ったけれど、クッコが眠りにつくより早く、湖を打つ雨の音は聞こえなくなっていた。
クッコのヒミツ:クッコの寝室は毛皮をたくさん詰め込んだ巣穴みたいになってるよ。




