10.クッコ、ガウルードをお風呂に入れる
子豚のクッコローゼには指がある。
人間の子供のような小さな手に、短くて小さな5本の指だ。
自由に動く手と指は道具を作ったり使ったり、とても役立つものだけれど、こんなふうに使ったのは初めてのことだった。
「ゆーびきーりげーんまーん、ウソつーいたーら、針千本のーます! 指切った!」
結んでいたガウルードの大きな小指とクッコの小さい小指が、「指切った」の合図で離れる。
「針を千本も飲ますなんて……。人間ってコワイ!」
「ハハハハハ。約束を破んなきゃいいんだよ」
ガクブルするクッコに笑いながら、ガウルードが檻から出る。
「さぁて、クッコ。早速案内してくれないか?」
急かすガウルードに、クッコはこくんと頷く。
絶対にクッコとミミルを攻撃しないこと、クッコの言うことはちゃんと聞くこと。
約束を絶対に守る証として、人間たちの間に伝わる『指切りげんまんの儀式』をして、クッコはガウルードを檻から出した。
人間は人間を食べてはいけないのに、嘘をついたら針を飲ませてもいいなんて、人間ってコワイ! とクッコは思ったし、そんな誓いなら大丈夫だろうとも思ったけれど、念には念をいれてガウルードの剣は預かって隠している。
「ここだよ、ごゆっくり」
「ふぃー。助かったー」
じょぼぼぼぼ。
響く放水音。リラックスしたガウルードの声。
ガウルードは人間でオーガではなかったから、いつまでも檻には入れておけない。
何しろ檻にはトイレがないのだ。
クッコが住み家を整備する時、どこにしようか一番悩んだのがトイレだ。
蓮根配管では詰まってしまうし、水面から近すぎると魚にお尻を齧られてしまう。
クッコのふわふわのお尻の代わりに、大きな葉っぱをふわふわに丸めて、何度も試して決めたのが今の場所だ。
下は魚が泳いでいるけれど、穴が小さくて魚がジャンプしてもお尻には届かない。その周りを座れるように石で運んで、ついでに常時水が流れるようにした。
水が流れっぱなしなので、排せつ物はすぐに流れてとても衛生的で臭くない。
魚のところに落ちたブツがどうなるのか、クッコは考えないようにしている。
クッコが魚を捕まえる解体部屋とトイレとは離れた場所にあるから、トイレ付近を縄張りにする魚は解体部屋の方にはいかないと思いたい。
「お、尻はこの葉っぱで拭くんだな。おぉ、結構拭き心地がいいぞ」
「もー! いちいち口に出さないで!」
ガウルードの声は大きくて、トイレの外で待っているクッコにも聞こえてくる。
なんだかとっても恥ずかしい。
「ふー。助かったよ、クッコ」
「クンクンクン。ガウルード、ちょっと臭い。次はお風呂入って」
「お、風呂まであるのか! クッコの家は豪華だな!」
「えへん!」
住み家を褒められると鼻が高い。クッコはえへんと腰に手を当て、「こっちだよ!」と風呂に案内した。
胸を張ったつもりだけれど、丸い子豚なものだから、ぽこんとしたお腹が突き出て、まん丸具合が際立った。
「すげぇ、広いな!」
「うん、でもね、お湯はこっちの小さいほうで、大きい方はお水なの」
お風呂は一番大きな水溜まりのある部屋だ。
大きい方はクッコが泳げるほど広くて深い。しかも魚は入ってこないから、クッコだけがのびのび泳げるとっておきの水浴び場なのだ。
これが全部お湯だったなら、人間の街にあるという『公衆浴場』もびっくりだと思うのだけれど、残念なことにクッコの持っている火鳥の卵では全部を温めることができない。
だから隅っこの浅くて狭くなっているところを石で区切って、小さな浴槽を作っている。
小さいと言ってもクッコなら足を延ばして入れるし、肩までつかれるサイズがあるが、ガウルードはオーガのように大きいから、みっちみちに詰まってしまいそうだ。
「いやいや、十分だ。お、泡の実まであるじゃないか。ふつうは火鳥の卵なんて見つけられないし、水だって汲んでこなけりゃならんから、お湯につかるなんて贅沢なんだぞ。しかもいつでも入れると来た」
「えへん。クッコ、毎日入ってる!」
クッコローゼはキレイ好きなのだ。森で捕まえた獣や魔物は虫がついていることが多いし、採取をするだけで汚れてしまうこともある。お風呂に入ってきれいにしないと、気持ちよく眠れないのだ。
「クッコも一緒に入るか? 洗ってやるぞ」
「やー!」
褒められて、エッヘンと自慢げなクッコだけれど、ガウルードが服を脱ぎだしたから、慌ててぴゅーっと逃げ出した。
「子供が遠慮すんなよ」
浴室から笑うガウルードの声が聞こえる。
「ガウルードこそ大人なんだから、レディーの前では遠慮するべきですー」
クッコがそう言い返したら、ガウルードはさらに大きな声で笑っていた。
クッコのひみつ:クッコは水場で練習してるから、泳ぎがとくいなんだ!




