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声なし王女と教育係  作者: 白藤結
第一部
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一章(2)

本日更新二度目です。

 ルークは今日まで自分のものだった机を整理しながら、そっとため息をついた。王女の教育係に異動となったのだから、今までの部署に置いていた荷物を片づけなければならない。その必要性はもちろんわかっている。わかってはいるが――


(量が多い……!)


 今まで担当していたのは国の立法に関係する役職だった。国王と議員しか参加することのできない、国の今後を決める議会。そこで法律などを審議する際に過去の事例を調べたり、似たような法案を調べたり、その法律を制定したらどのような影響が起こるのかを調べたり――など、とにかく調べて議会用の資料を作る下っ端だった。そのため大量の本や情報が必要となる。


 しかし外国の本や情報はなかなか入手しにくいものだ。行商人が行き来しているとはいえ、本は痛みやすいものだし、特に必要としている学術書などは特定の人々にしか売れず、あまり流通していなかった。

 そのため、かつて隣国であるラウウィスに留学したことのあるルークがそこで買ってきていた書物を、この部署でも時折活用していたのだ。どうせ異動などないだろう、と勝手に決め込んでいたから、大量に持ち込んで。


 その結果、ルークは今回、膨大な量の荷物を抱えて帰ることになった。上司に「すまんな」と憐れむような目で見つめられながら渡された鞄に、ひたすら本を詰め込んでいく。とりあえず一つでは収まらなさそうで、実家を出て一人暮らしすることを選んだのを後悔した。実家暮らしだったら家の者に馬車を頼めたのに。


(とりあえず、あいつの屋敷にでも置かせてもらうか……)


 親友とも言える彼ならば、おそらく屋敷に置かせてもらえるだろう。というかあの屋敷には空き部屋が多すぎるのだ。その一つを有効活用するのだから、ある意味慈善事業とも言えるのではないだろうか。そんなことを思いながら、ルークはやっとまとめ終わった荷物を手に歩き出した。


 部屋を出る直前、中を振り返る。

 たった数ヶ月しかいなかったとはいえ、ここはかなり居心地が良かった。ひたすら調べ、情報を集め、まとめるのは、研究ができずに飢えていたルークの心に、わずかばかりとはいえ癒しを与えてくれた。研究に似たことをしながら稼げたのだから、まさに天職と言えよう。

 だからこそ、常に闇がついてまわっていた。「ルーク」と、耳で彼の声がこだましていた。許さないと言わんばかりに、ふとした瞬間に過去へと引きずりこんでくる、子供特有の甲高い声。


 ふっ、と息をついた。首を振り、考えを振り払う。心を無にして、資料集めに奔走している同僚たちを尻目に、ルークはそっとその場を後にした。両手に重たい荷物を持っているためか、歩くたびに右に左にと揺れる。

 少し行ったところで荷物を下ろし、肩を回した。親友の屋敷があるのはルークの現在の住まいよりも王城に近いとはいえ、貴族の邸宅が並ぶ地区の端の端だ。果たして、この調子でたどり着けるだろうか……。

 と、そのときだった。


「ルーク・アドラン!」


 聞き覚えのある声に、ルークは思わず「うげ」と漏らした。慌てて荷物を掴み、足早にその場を離れる。


「ちょっ、おい、待て!」


 背後で声がしたが、それを無視してひたすらに足を進める。何やら後ろで騒いでいるがそれも無視無視。ここで捕まったら厄介なことになる。そう判断して足を前へ前へと進めていたのだが、しばらくしてガシッ、と肩を掴まれた。あ、と思ったときには時すでに遅く、両腕に多くの荷物を持っていたため軽くバランスを崩し、あっという間にくるりと体の向きを反転させられる。


 目の前に、赤茶色のまつげに縁取られた、深い蒼の瞳があった。白い肌に涙ぼくろが一つ浮かんでいる、整った顔立ちの男性。

 ニール・ファービア。学院時代、よくルークに関わってきた侯爵家の三男坊で、現在はルークよりもよほど出世している、この国シャールフの期待の星だった。

 彼は顔を近づけたまま、唾も飛びそうな勢いで言う。


「おまえ、なんだその荷物は! 王城の仕事を辞めるのか!? そんなの認めないぞ!」

「……辞めはしない。というか俺が仕事を辞めるのにおまえの許可なんか必要ないだろ」

「いいや、おまえは俺のライバルだからな! 特別に許可が必要に決まってるだろ!」

「……初めて聞いたぞ、そんな話」


「そうか?」と首を傾げるニールに、少しだけ薄ら寒さを覚える。彼の実家はかなりの権力を持っており、しかも彼自身兄弟の中でも飛び抜けて優れているため、三男にも関わらず家を継ぐという噂もあった。つまり、ルークが王城での仕事を辞めるのならば、ニールの許可が必要な可能性が本当にある。それだけの力を彼自身が保有しているのだから。

 嫌な予想に思わずぶるりと身を震わせると、「では、」とニールが口を開いた。


「その荷物は何なんだ? 辞めるわけではないのだろう?」

「……異動になっただけだよ」


 ルークはぶっきらぼうに答える。異動になった、というのは伝えてもいいだろうが、王女の教育係になった、というのはどこまで伝えて良いのかわかっていなかった。白鷺の間で話されたことで、おそらく内密の話だろうと思われるからだ。しかし教育係として通っていれば、いずれは知られるもので――


 ううん、とルークは心の中で唸った。そこらへんもヘクターに訊いたほうが良かったかもしれないが、そのときはそこまで思い至っていなかった。かと言って今訊こうとしても、ヘクターなんて国王の側近、今のルークの身分からして言えば雲の上の存在だ。確かめる術がない。

 果たしてどうしようか……と迷っていると、「ふむ」とニールが頷いた。


「そうか。……ならばその量を持つのは大変だろう? 手伝おうか?」

「いや……大丈夫だ」


 あっさりと引き下がったニールに驚きながらも、ルークはそう答える。手伝わなくていいから、とにかくこの場から解放してほしい。彼と関わると、特に何もなかったはずなのにどっと疲れるのだ。荷物まで持っている上に、これ以上関わって疲れたくはない。

 しかし話を聞いていなかったのか、ニールはにっこりと笑う。


「よし、では王城の門まで手伝おう。俺にも仕事があるからな」

「いや、さっき断ったよな!?」


 思わずつっこんだが、そんな言葉などどこ吹く風、ニールは勝手に荷物の片方をひったくると歩き始めた。万が一大量の本を持ち逃げされては大変なので、ルークははぁ、とため息をつきながら、しぶしぶ彼について行く。

 怒涛の勢いで隣で聞いてもいないことをベラベラと話される時間は、苦行以外の何物でもなかった。


 しばらくして門に着くと、宣言通り、ニールは片手に持った荷物を返してきた。そのまま軽く挨拶をして、ルークは王城から去ろうとして――


「ルーク・アドラン」


 ニールに呼ばれ、振り返った。彼は珍しくどこか不安げな、弱気な表情をしており、思わず目を見開く。学院での試験の前だって、終わったあとだって、彼はこんな表情をしたことがなかった。いつも自信ありげで、まるでそれが当然のことだと言うように笑っていて……

 たっぷり時間を取ったあと、彼は「……頑張れよ」と、しんみりと言った。いつもと違う雰囲気に戸惑いながら、ルークは「ああ」と返事をして、急いでその場を去る。

 見てはいけないものを見てしまったかのような、後ろめたさがあった。

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