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声なし王女と教育係  作者: 白藤結
第一部
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五章(5)

本日更新2話目

 ……結局。

 食事を摂りひたすら部屋で悶々と悩み続け、しかし結論は一向に出ることなく、このままではダメだと思ってクラリスは部屋を出た。息抜きがてら庭園を散策するが、綺麗な花々を見てもまったく心は晴れなくて。


 ベンチに腰掛け、クラリスははぁ、とため息をついた。ぐるぐるぐるぐると考え続けていて、疲れ果てていて、正直頭が沸騰しそうなほとだ。一度目を閉じて自然の音に耳を澄ませ、何も考えないように意識するが、それでもやはりルークのことばかりを考えてしまう。どうしても、彼のことが頭から離れてくれない。


(わたし……どうすれば良いのかしら……?)


 その答えは未だ、欠片すら掴めていなかった。

 王位継承権を返上するということはエリオットに言われてすぐに決めたのに、こんなことで延々と悩むハメになるなんて。そう思い、クラリスは嗤った。結局まだ何かを選んでそれ以外の選択肢を切り捨てることが、責任を負うことが怖いのだろう。

 それでも、このままではいけないと思ったから。


 ――エッタ、少し一人にしてくれる?

「……かしこまりました」


 エッタに手話で頼めば、彼女は一礼をするとほかの侍女達を連れて歩き出した。王女として、一人きりになるなんてしてはならない行為だ。けれどクラリスは少しだけ、ほんの少しの間だけそうしたかった。覚悟を決めるために。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返す。そうしていれば徐々に頭が熱を失い、冴えてきた。心の中で、クラリスはそっと唱える。


(わたしは、変わらないと。……いえ、変わるのよ)


 たとえ怖くても、恐ろしくても、選択を先延ばしにしないように。

 女王にならないと決めたとはいえ、そのままでは今後も似たような問題にぶつかってしまう可能性があるのだから。

 そう思い、クラリスはパチリ、と自らの両の頬を軽く叩いた。そのまま深呼吸をして心を落ち着けると、勢いよく立ち上がる。……覚悟は決まった。


 まだ、少しばかり不安ではある。王位継承権を返上することとは違って、少ししたら後悔をしてしまうかもしれない。それでも時間はないのだから、やるしかないのだ。

 クラリスはそう思い、エッタたちを呼びにいこうと一歩前に進んだ、まさにそのとき。


 足音がしたかと思うと突然、背後からパシリと腕を掴まれた。

 え、と思っている間に腕を引っ張られ、先ほどまで座っていたベンチに押し倒される。そこにいたのは――見慣れない男性だった。彼はクラリスの上にのしかかったまま自らの上唇を舌で軽く舐める。余裕たっぷりの表情。


「さぁて、久しぶりだな王女サマよぉ……!」


 久しぶり? その単語にどういうことだろう? と心の中で首を傾げつつ、クラリスは腕や足を動かしてなんとか拘束から逃れようとする。しかし男性の力には(かな)わず、余計に力を込められるだけの結果となった。

 男性はチッ、と舌打ちをするとクラリスの耳元に口を近づけ、「大人しくしろ」と低い声で言う。ぞわりと鳥肌が立ち、気持ち悪い、と思った。気持ち悪い。早く逃げなきゃ。そうしてじたばたもがくものの状況は変わらず、……いや、さらに悪くなった。


「おとなしくしろっつってんだろ!」


 唐突な大声にクラリスはビクリと肩を跳ねさせた。おそるおそる、といった様子で男性のほうを見れば、彼はまさに鬼のような形相をしていて、爛々と輝く男性の双眸には明らかに怯えているクラリスが映り込んでいた。手が震える。それを知られまいと必死に堪えようとするが、震えは大きくなるばかりで。

 男性は勝ち誇ったように「はんっ」と鼻を鳴らした。


「さすがは王女サマだな。簡単に大人しくなる」


 そう呟くように言うと、彼は顔面をぐいっとこちらに近づけてきた。男の息が唇にかかるような距離に、思わずクラリスは顔を顰める。……気持ち悪い。

 しかし男性はそんな表情など気にした様子はまったくなく、静かな怒りが燃えている瞳でじっ、と見つめてきた。唇が動く。


「ずっとずっと、あんたに仕返しをできる日を待ってたんだ。あの日、おまえに邪魔をされなければ、オレは、オレは……!」


 ――あの日とはいったいいつのことだろう? と首を傾げる。クラリスには彼のことなんてさっぱり記憶がなく、こうして恨まれる理由もわからなかった。

 けれど、とにかく、この状況が危険だということだけは確かで。

 クラリスはいったん抵抗をやめると、深呼吸をして心を落ち着けた。すっ、と熱の引いていく感覚がして、少しずつ冷静に考えられるようになっていく。


 まずは誰かに助けを呼ばなければならないが、クラリスは声を発することができない。それならば何か音を立てて知らせるほかないだろう。相手は成人済みと思われる男性、あまり出歩かないクラリスが普通に走ってこの場から逃走することはほぼ不可能に違いない。

 問題はどうやって音を立てるか、だ。失敗してしまえばその後はどうしようもならない状況にされるだろうから、チャンスは一度きり。ぶっつけ本番だ。


 ベンチを叩く? いやけれど木製であるからあまり響かないだろう。助けを呼ぶためには高く大きな音でなければならないため、金属同士をぶつかり合わせるのが一番良いだろうが、この場にある金属は……

 と、そこまで考えたときだった。もう諦めたのかと思われたのか、腕の拘束が外されて自由になる。今しかない、と思い、クラリスは――


 ドレスの腰につけていた、ルークやエッタを呼び出すためのベルを鳴らした。チリン! と音が響き渡る。途端、目の前の男性がギロリと血走った瞳でこちらを睨みつけてきて、大きく腕を振り上げた。


「このアマ!」


 そして――



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ルーク」


 オリオンの声に、ルークは眺めていた書物から顔を上げてそちらを見た。彼は心配げに眉根を寄せており、スタスタと近づくと手に持っていた書物を取り上げ、テーブルの上に置く。はぁ、と、大きなため息が部屋にやけに大きく響いた。


「もういい加減、休んだらどう? これで徹夜何日目?」

「……うるさい」

「うるさくない。とりあえず寝なよ。君に倒れられたら看病に使用人が取られて料理を作る人がいなくなる」


 ……それは確かに由々しき事態だった。そうなってしまえばおそらくオリオンはめんどくさがって食事を抜いてぶっ倒れることになるだろう。彼はそういう男だ。研究に関することならばきちんとするのだが、それ以外のことは面倒だと言ってサボることが多い。それを避けるために使用人を一人は入れろとルークが説得して雇うようにさせたのに、その使用人をルークが奪う結果となっては元も子もない。


「……わかった」


 そう言いながら前髪をくしゃ、と握りしめると、ルークは部屋の隅にあった毛布を引っ張って頭からすっぽりと被り、目を閉じた。

 するとすぐにあの晩、目を潤ませながらルークを解任したクラリスの姿が脳裡に浮かび上がって、ズキリと胸が痛んだ。

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