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声なし王女と教育係  作者: 白藤結
第一部
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四章(9)

 ルークが振り返ればそこにはレティーシャがいて、意志の強そうな瞳でこちらを見上げていた。

 隣にいたクラリスも彼女がやって来たことに気づいたらしく、振り返ると、先ほどまでとは違う本物の笑顔を浮かべて手を動かした。


 ――お久しぶりです、レティーシャ様。


 それをルークが声にすれば、レティーシャも「お久しぶりです、王女殿下」と言ってどこかくすぐったそうに笑った。瞬間、和やかな雰囲気が二人の間に流れる。

 しかし彼女はすぐさま表情を引き締めると、「王女殿下」と呼びかけた。その雰囲気にクラリスも何かを感じ取ったのか表情を消し、――なに? と尋ねる。

 レティーシャはゆっくりと唇を開いた。……ちらりとルークに視線を向けながら。


「僭越ながら、ルーク様を少し借りてもよろしいでしょうか? 話したいことがございまして……」


 その言葉を聞いて、ルークは笑顔を保ちつつも内心首を傾げた。話したいことがあるとのことだが、血も繋がっておらず実家の派閥も違うルークと彼女との共通点は、それこそクラリスのことくらいしかない。けれど話すことなど思いあたらなくて……

 と、そこまで考えて気づく。


(クラリス様の不調のことか?)


 クラリスが今現在何かに悩んでいて不調なのは、少しでも彼女に注目している人物ならば簡単にわかることだろう。しかもレティーシャは彼女の友人。気づかないはずがないから、その理由を訊かれるのかもしれない。

 ――ルークは原因を把握できていないのだが。

 そう思っている間にクラリスは――どうぞ、と、にっこりと笑いながら手で告げた。


 ――ルーク、エッタと通訳を変わって。

「かしこまりました。すぐに呼んでまいります。――レティーシャ様、代わりの手話通訳士を連れて参りますので、少々お待ちください」

「わかりました」


 レティーシャがひとつ頷くのをきちんと確認して、ルークはその場を離れた。会場の隅のほうに控えていたエッタを呼んで事情を説明し、クラリスとレティーシャ、そしてずっと会話を見守っていたジェラードの元に戻る。エッタがジェラードに挨拶しているのを横目に、ルークは腰を折ると「では、御前を失礼いたします」とクラリスに言い、レティーシャに手を差し出した。どこに行って話をするのかはわからないが、エスコートするのは紳士として当然のことだった。


 どこに行けばよいのか尋ねれば、「……庭園へ」とのことだったので、ルークは会場を出て廊下を進み、庭園へとやって来た。夜の庭園は月明かりにぼうっと照らされていて、幻想的な雰囲気を漂わせている。


 光を反射させてキラキラと輝く噴水のそばまでやって来ると、そっと手を離した。レティーシャと正面から向き合えば、彼女は険しい面持ちのまましっかりとした瞳でこちらを見上げていて、思わずごくりと唾を飲み込む。その(まなこ)から感じられる意志の強さに、思わず気圧されてしまう。それくらいのものだった。

 彼女の唇がそっと開かれる。


「単刀直入に言わせていただきますね。――ルーク様は、王女殿下の目的をご存知でこのようなことをしているのですか?」


 その言葉に、ルークは首を傾げた。


「目的……ですか?」

「はい。当たり前のことですが、王女殿下はこの国の王位が望める地位におります。殿下がこの国を良くしたいと考えていらっしゃるそうなので、王位を望むのは当然のことです」


 ……確かにその通りだろう。国をより良くするには政治の中枢に切り込む必要があり、クラリスは王となって同年代よりもひと足早くその世界に入ることのできる地位にいた。それならば国のために次期女王になろうとするのは当然のことである。

 胸の内に黒い(もや)が生まれ、徐々に心を覆っていく。


「それなのに、どうして王女殿下はそのような活動をしないのでしょうか? どうして社交の場に出てコネを作ろうとしないのでしょうか?」


 その言葉はただの問いかけではなく、聴衆に考えるきっかけを与える、演説のようなものに感じた。

 どういうことだろう? と思いつつも、ルークは心の中で答える。それはまだ、クラリス様のなりたいものが決まっておられないからであって……

 そこまで考えて、ふと疑問が胸の内に生じた。本当に? 本当にそうだと言えるのだろうか? 彼女の心の中ではもうなりたいものが決まっていても、ただルークに言い出せていないだけではないのだろうか?


 そんな予感が胸の内で膨らんで。

 今後の話の先行きに、気づきたかくなかったものに気づかされるのかもしれない、とどこか不安を感じていると、レティーシャがルークを見上げたままきっぱりと告げた。


「ルーク様は王女殿下のそばにふさわしくありません。ですけど王女殿下はお優しい御方ですから、おそらくルーク様を解任したくなくてこのような状況にいるのではないでしょうか? ……王女殿下が王位を目指せば、自然とルーク様が非難され、解任に追い込まれることは自明の理ですから。……ルーク様もそのことをわかっておられるのでしょう?」


 ……小さく頷くことになったのは、ルーク自身にもそのような懸念が前からあったからだ。

 クラリスは自分の意見を言うことがほとんどない。あるとしても研究に関することばかりで、自分の未来に対してどのように考えているのかなどのことは一切口にしなかった。


 ルークが彼女にふさわしくない、というのも最初のころからわかっていて、それをクラリスが気に病むであろうということもまた、容易に想像がついていた。だから、彼女はルークに慮って何も言わないだけで、本当は何もかもを決めているのではないのか、というふうにも思っていて……


「ルーク様」と呼ばれた。ハッ、と我に返って見れば、レティーシャは申し訳なさそうに顔を歪めてこちらを見ていた。しかし表情とは裏腹に彼女はやけにきっぱりとした声で言う。


「あなた様の存在が、王女殿下を縛りつけているのです。……どうか王女殿下を解放してさしあげてください」


 ルークは。

 ただ、目を伏せることしかできなかった。この二年間と少しの輝かしい日々。大切なそれらがどっと押し寄せてきて――離れたくないと、願ってしまう。そう思ってしまうくらいには、ルークはクラリスに対して好感を持っていたのだ。オリオンと同じくらい大切な人だと思っていたのだ。

 だから――いや、だからこそ、離れたほうがいいのだろう。解放してあげるべきなのだろう。そう思って。

 ルークはひとつ深呼吸をして自分の気持ちを胸の奥底に追いやると、告げた。


「――そうですね」




 話が終わったため先ほどのようにレティーシャをエスコートし、ルークは会場に戻った。会場の様子は離れる前とほとんど変わっておらず、まるでレティーシャとの会話が夢だったかのように思えてくる。

 しかしそんなことはなくて。ルークはそっと自嘲をこぼすと、「では、わたくしはここで」と言ってほかの令嬢たちの集団へ向かったレティーシャと別れ、一人、クラリスの元へ歩みを進めた。彼女の――というよりはジェラードの周りは人が多く集まっており、広い会場の中でも見つけやすかった。


 ゆっくりと気持ちを落ち着けるようにそちらへ向かっていれば、クラリスがこちらに気づき、ぱっ、と顔を華やかせた。その様子を愛らしく思いながら、ルークは「お待たせいたしました」と告げる。

 目の前の彼女はどこかそわそわした様子で手を動かした。


 ――それで、何の話だったの?


 ルークは微笑みを浮かべてそれに答えず、ただ、言った。


「クラリス様、舞踏会のあと、少しお時間をよろしいでしょうか?」


 話したいことがあるのです、と。

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