二章(6)
本日更新1話目
その後、ルークと一緒にいくつかの店を回った。服屋、帽子屋、カフェ、そしてまた服屋、次は雑貨屋……。進むにつれて人通りは徐々に増え、あたりは活気に満ちてきた。ルーク曰く、平民の居住区に近づいているかららしい。
それをふーん、と軽く流しながらいくつか店の中を見て、ふとクラリスは違和感を覚えた。どこがどう、とははっきりと言えない、だけど確かな違和感を。それが何だかわからなくて首を傾げるも答えは出ず、そのままルークに言われてその店を出ることになった。
そして次の次の店……本日三回目の服屋を訪れ、そこでようやっとわかった。クラリスはすっ、と目を細める。
店の雰囲気が違うのだ。最初の香水専門店は明るく小洒落た雰囲気で、商品自体も綺麗だった。しかしどんどん店を訪ねていくにつれて、少しずつ、だけど確実にどこか薄汚れた、もの寂しげな雰囲気になってきている。商品自体の質も少しずつ悪くなってきており、しかも香水のような嗜好品の販売はいつの間にかなくなっていた。
トントン、と、ルークの肩を軽く叩いた。彼はこちらを振り返って――満足げに微笑む。「出ましょうか」と言われ、クラリスはしっかりと頷いて入ったばかりの店を出た。
衛兵たちがまたも驚いたような目を向けてくるが、ルークは気にした様子なく、「それで、」と口を開く。
「何か気づきましたか?」
――店の雰囲気が、少しずつだけれど、……古びれた感じになってきてるわ。商品の質も下がっていっていて……
「ええ、そうですね。…………それだけでよろしいですか?」
ルークはにこにこと笑みを浮かべながらこちらを見てくる。ということは、もしかしてそれ以外にもあるのだろうか? そう思うけれど、今のところそれ以外に引っかかるところなどないので、少し気まずく思いながらこくりと頷く。
「そうですか」とルークは淡々と言った。「では、もう一度中に入ってみましょう」
それに頷き、くるりと踵を返したルークに続いて再度店内に入る。……何が何だかわかってなさそうな衛兵たちに、心の中で謝りながら。クラリスもよくわかっていないのだから、できるならば許してほしいものだ。
そんなことを思いながら店の中に足を踏み入れた。店内はやはりどこか薄暗く、どんより……というほどではないが、空気も重たい気がする。
クラリスはさっそく、未だ見つけられていない違和感を探し始めた。じっくりと一つ一つ商品を見物し、何の変哲もない壁すらも念入りに眺める。しかしなかなか見つけられず、二周目に突入しかけたところで、はた、と気づいた。確認するためにもう一度店内をぐるりと足早に見ていく。そして確信を持ったところで、またルークの肩を叩いて合図をした。彼はどこか嬉しげに笑いながら、先導して店を出る。
「どうでしたか?」
――値段が違うのよ。最初の店は安くても銀貨六枚とかだったでしょ? だけどこの店は高くても銅貨二枚だったわ。
すると、ルークは満足げに笑みを深めた。
「はい、そうです。ではどうしてだと思いますか?」
――どうして……? えーっと……質の悪いものだから、かしら?
「それは結果ですね。では、どうして質の悪いものを作る必要があると思いますか?」
クラリスはそう言われて考えてみたが、お手上げだった。いくら思考をめぐらせても答えが出ず、――……わからないわ、と返す。
そうして、ルークが正解を教えてくれるものだと思って彼を見上げたのだが、……彼は笑っているだけだった。「では、別の場所に参りましょうか」と言う。
(いつもなら、ここで答えを教えてくれるんだけど……)
どうしたのだろう? と思いつつ、クラリスは頷いて、歩き出したルークのあとについて行った。
いくつもの店を通り過ぎ、どんどん賑わいを見せてくる通りを奥へ奥へと向かう。周囲がほぼ平民となり、衛兵たちがいるのも相まって遠巻きにされながら進んでいたころ。
クラリスはぴたりと足を止めた。ルークが振り返る。
「クラリス様?」
――……疲れたわ。ちょっと休憩させて。
「確かにかなり歩きましたものね。ちょうど昼時ですし、……ああ、あそこの店に入りましょう。良い場所にありましたね」
そう言ってルークが指し示したのは、この周囲では比較的空いてる飲食店だった。それなりに小綺麗な場所だが、どうしてだか人はあまりいない。そのことに首を傾げながら、クラリスはルークに手を引かれてその店に入っていった。
店内は落ち着いていて、ところどころにオブジェなどが置かれていた。中には十人以上の人がいるが、食事をしているのはそのうちたった数人だけで、あとは給仕をしたり、椅子に座ることなく立っていたりする。それはどこか、クラリスに王城での食事風景を思い浮かばせた。
首をひねって……気づく。出される料理や環境自体は違うが、給仕を受けたり、こんなときでも護衛――おそらく立っている人たちがそうなのだろう――がついているのは、王城でクラリスが食事をするときと同じだ。
(あれ? だけど――)
いつだったか。エッタがいつ休憩をとっているのか、食事をしているのかわからなくて、尋ねたことがあった。そのとき彼女は言っていた気がする。『クラリス様の普段の食事とは違うのですよ』と。だからすぐに食べ終えることができるのだと。詳しく聞いてみれば給仕がいない、ということだったが、今目の前では給仕を受けている人がいる。しかも明らかにクラリスのような上位のものではなく、どちらかと言えばエッタに似た、少し下位だと思わしき人たちが。それではエッタの言っていたことと矛盾してしまう。……いったいどういうことだろう?
と、そんなことを思っていると、店員だろうか、白いシャツに黒いスカートを着た女性がやって来た。「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人で頼むよ」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
そう言ってくるりと体の向きを変えた女性に、ルークはゆったりとした様子でついて行く。クラリスも慌てて思考を止め、彼について行った。
奥のほうにある席に腰掛けると、ルークは慣れた様子で注文をしていく。おそらく何度か来たことがあるのだろう。女性は注文が終わるとそそくさとその場を去り、裏にまわった。
クラリスはあたりをきょろきょろと見回していた。この付近にしては珍しく、最初の香水専門店には劣るが、それなりに小洒落た雰囲気の店だ。大きなテーブルがいくつかあり、それぞれに純白のシーツがかけられている。花も飾られており、飾りひとつひとつに優雅なセンスが感じられた。……さすがにクラリスの部屋ほどではないが。
そのとき、ルークがクスリと笑った。
「こちらの店は平民の富裕層が視察にやって来た際や商談を行う際に使う店なのです。そのためほかの店とは違って値段が高めですし、料理だってコースになっています。店もこうして綺麗ですしね」
――〝コース〟って?
聞き慣れない単語に、クラリスは尋ねた。ルークは一瞬沈黙したあと、唇を震わせる。
「前菜、スープ、魚料理、肉料理のように、順に料理が出てくるということですよ。一般的な貴族や一部の豪商以外はそのような料理を摂ることはなく、パンとスープ、それにいくつかの料理が一度に出されたりするだけなのです」
それは初めて知った。クラリスは思わず目を瞬かせる。正直、いつもルークの言う〝コース〟を食べていたから、それ以外の食事風景がまったく想像つかなかった。
と、そのとき、女給がやって来た。テーブルを挟んで座っていたルークとクラリスの前に、それぞれスープが置かれる。珍しく湯気がほのかに立っているそれを見てすぐにカトラリーに手を伸ばそうとしたところ、ルークに制された。彼はじっくりと眺めると、自分のほうに出されていたスプーンでクラリスのスープを口にした。どうやら毒味をしてくれるらしい。
ゆっくりと喉が動く。スープが嚥下され、しばらくしてルークが頷いた。問題ないらしい。
クラリスはそっと頷くと、今度こそカトラリーに手を伸ばした。




