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死神のノート

 ―気がつくと俺は不気味な空間に居た。火のように紅い夕焼けが街を照らし、黒よりも暗い影が足元を覆っていた。時計は何故か真っ黒で読めない。声を出してもただ虚空に吸い込まれるばかり。しかし、この街には既視感があった。

 そう、飛び降りをしたあの街だった。ふと後ろを向くと、屋上から飛び降りたあのビルがあった。ビルの窓に映る血まみれの自分を見て、ようやく自分は死んだ人間という事を理解した。となるとここはどこなのか。死後の世界であろう事は直感的に分かったが、天国や地獄ではなさそうだし、近くに三途の川らしき物も無い。周囲の情報が得られそうな物は全て影で塗り潰されている。しかも飛び降りしたビル以外は白い塊になっており、無機質らしい不気味さを漂わせている。

 俺は他に何かないか探してみる。歩く度に黒い影が靴に纏わりつく。力を込めなければ影が地面とくっつけようとし、とても歩き辛い。


 しばらく歩いていくと、俺がかつて住んでいた家があった。不思議な事に、あのビルと同じく塊でなかった。だが、表札は剥がされ、人が住んでいた痕跡は既に無かった。家の中は何も無くなっており、何かを置いていた痕跡も無かった。

 ―ただし、俺の部屋を除いて。

 俺の部屋だけは最後に見た状態のままだった。タンスの中や引き出しの中もかつてのままだった。ただ、俺の使っていた机の上には、見た事も無いノートと万年筆が置かれていた。ノートを開くとこのように書かれていた。

「これは貴方の人生で最も重要な選択です。貴方は今一命を取り留められていますが、不安定な状況になっています。再び目を覚ますかは貴方が決めるです。次のページからは現世の事が書かれています。」

 そう書かれているのを見て、俺はノートをめくった。ノートに書かれていた内容によれば、友達が俺の死を察したのかは分からないが、かつての同級生達が次々と俺の病室に見舞いに来てるらしい。という事は俺は救急搬送されたのか。身元は最期に残したスマホから割ったのだろう。しかし、かつて勤めていた会社の人間は誰一人来なかったとの事だ。やはり俺は"使い捨ての部品"だった。

 飛び降りた場所が場所だったからか、ニュースになったらしいが、誰一人俺の境遇は理解してくれない。かつての友達も、上司も、国さえも―

 俺はただの氷山の一角だ。俺が死んでも何も変わらないだろう。どうせあの会社も新しい"奴隷"を"購入"するだろう。俺の死で会社が変わるとは到底思えない。あの社長は既に人を何人か"殺して"いる。なのに未だに死刑の判決が出ないのが理不尽でならない。逮捕されていない所を見ると、裏で警察に賄賂でも渡しているんだろうか。あの畜生ならやりかねない。化けて奴の喉笛を掻き切りたいが、今まで同じ怨念を持って死んだ人達ができてない所を見ると、俺も出来ないであろう。

 だが、かつての同級生が俺の事を覚えていたのは意外だった。


 最後のページを開くと、そこには"もう一度目を覚ますか、このまま死ぬか"を訊かれていた。

 俺はかなり長い時間悩んだ。もう一度目を覚まして、ニュースになった事を利用して社会の闇を伝えるべきか、それともこの世界に愛想を尽かせて死後の世界に行くべきか。相談しようとも誰一人来ない。ただ、何も聞こえない無音の空間でひたすら悩んでいた。


 ―あれからどれくらい考えていただろうか。この世界は時が進まず、常に黄昏時だった。現世換算でいうところの数日くらい悩んでいただろうか?

 兎も角ただひたすら考えていた。自分の存在が現世に必要かどうか。現世でもう一度笑って過ごせるのか、次に笑えるのは死後の世界になるのか。


 更に考え、そして俺は遂に決断を下す。ずっと考えた結果、"無能"が支配してる以上は何も変わる事が無いという結論に辿り着いた。

 そして俺は自ら死を選んだ。サインした瞬間、どこからともなく死神が現れ、俺の首を手にした釜で切り落とした。同時に現世で俺に取り付けられた心電計もアラームを鳴らし始めた。

異世界転生物に見せかけてそうでない作品。自分の中にある「日本」のイメージが強く出た作品。

現実の自殺問題と労働問題を生きるのに疲れた社畜視点で書いてみた。常時重苦しい話の流れだが、その重苦しさこそが今のこの国が抱えている問題でもある。

自分の持論もそれなりに交えて読者にこの国の存在意義を問いかけたい。この国はもはや滅ぶべきなのか。

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