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異世界戦士  作者: 天蓋
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小競り合いと歪み

小競り合いが起きます。



夜が明ける。今日も仕事だ。しかし、昨日の疲労のせいで眠り込んでしまい、起きた時には日が高くなってしまっていた。

ヨコニもメユもおらず、直ちに飛び起きて店に向かったものの、店内はいつも以上に混んでいる。奥から店主が出てきてかんかんになって檄を飛ばした。


「おいてめえ!この忙しい週末によくも遅れてこれたな!昨日の倍は働いてもらうぞ!」


すぐさま働き始めたが、昨日の倍どころではない仕事量で、流石にボロが出てしまう。あるテーブルにステーキを置いた時だった。


「おい!!!ふざけてんのかこの店は!!何出してんだテメェ!!!」


客が凄まじい剣幕で怒鳴った。男は牛頭の獣人で、運の悪いことにそのステーキは牛肉だった。注文を間違えたのだ。


「いい加減にしろ!!この俺によくも牛料理を出せたなあ!!!」


店の反対側から店主が飛んできた。


「どうなさいましたか?」


普段からは考えられないほど丁寧な態度の店主に対し、男の怒りは増すばかりだ。


「どうしたもこうしたもねえ!このクソ野郎、俺の前にう、牛の肉を出しやがったんだ!!どういう教育してんだテメエんとこはぁ!!!」


「申し訳ございません、何せまだ新入りで…よく言ってきかせますんで、おい、お前も謝るんだよ、ほら」


店主が謝罪し宥めるが、男は尚もまくしたてる。


「お前らもだ!!おいお前だ、そこで知らん顔してるオッサン!お前、見てたよな?俺の前に牛の肉が、来るのを!見てたよなぁ!!!」


店の端の席に座っていた中年男が顔を背ける。


「お前もだそこのアバズレ!!売女みてえな格好しやがって、俺を笑ったよなあ!!見えてんだよ!!」


店の別の方向に座っていた、派手な服を着た女性が目を逸らした。


「ほら見たか!てめえら人間だからか?俺をバカにしてんのか!!」


店内の数人の獣人があいまいに頷いた時だった。


「うるせえぞ」


店のどこかから男に言い返す声がした。


「あん?」


「さっきからよ、酒を不味くする気かよ?牛のオッサン」


店内は水を打ったように全てが静まり返った。


「なんだと…?」


牛頭の額に血管が浮き出す。


「牛如きが人間の真似してんじゃねーぞ、外で牛乳でも絞られてろ」


「そうだ」

「そうだぞ!」

「出てけ」「出てけ!」

「獣の癖に」「出来損ないが!」「汚らわしい」

店内の人間が、次々にその声に同調する。最初は小さかった声が、段々大きくなり、やがて店内は獣人への憎悪で満たされた。

店内の獣人たちは、自らを苛む罵声のなか、皆あたりを所在なさげに見回し、自分たちの拠り所がないことを痛いほど理解した。彼らは逃げ出すこともできず、ただ座っている肝もなく、中腰で動けないままその視線はただ彷徨うばかりである。


「てめえら…てめえらぁ…!!」


牛頭の男は為すすべなく震えていたが、次の瞬間視線を移した。


私へと。


眼からは理性が消し飛んでいた。


「テメエのせいだ…テメエが、こんな、侮辱を…」


ブツブツ呟きながらわななき、血が出るほど握り締めた拳を、私に向かって振り上げる。私は恐怖と反射で眼を瞑った。


「よしな、兄ちゃん」


恐る恐る目を開くと、牛頭の拳を店主が止めていた。店主は続ける。冷静に。しかし、断固として。


「ここは、食堂ですぜ。みんなで飯を食い、酒を飲むところでさあ。」


牛頭は拳を引けない。店主が凄まじい力で、拳を捕えているのだ。腕に血管が浮き上がる。


「さっ、お客さんもお疲れのようだし、家に帰っちゃ如何です。大分、酔ってるみてえだし」


「うっ…」


牛頭の男は抵抗すらできず、ゆっくりと外へ追いやられた。店にいた全員が、男が店から出される様を目で追った。扉を閉めると、店主はもとの陽気でがさつな男に戻った。


「さあさあ、どうしやしたお客さん!飯が冷めちまうぜ!酒はいくらでもある!さっさと食って飲んで、ウチにじゃんじゃん金落としてってくだせえよ!」


店主の言葉は、一種の魔法だった。一瞬にして店内には、元の喧騒が戻った。何事もなかったように、人間と獣人が皆飲食を再開する。

しかし、復元は完全ではない。獣人たちの酒で蕩けた目の奥には、さっき全身を焼いた阻害と恐怖の暗い炎の影がくすぶって、神経に絡み付いていた。

人間たちの酒と料理を存分に通した喉から出る冗談は、自らの内に渦巻く地獄の業火への怯えに、微かに震えていた。

その焔の熱が店をさっきまでとは違う異様な熱気で包んで、心臓を炙った。

店内には一瞥もくれず、店主は私を捕まえ、厨房を通り抜け裏口まで連れ出した。戸を閉めるなり店主は、どこか押し殺した声で私をなじった。


「バカかてめえは!本当にてめえは…ウチの店を潰す気か?」


「そんなつもりは…」


「そんなつもりはない、だと!ったく、それで危うく俺と店は危うくお終いだぞ、破産だ!」


息を荒らげた後、店主は急に沈んだ声で続ける。


「…まあ、わかっただろ、兄ちゃん。今のが、この世界の現実だ。皆、皮を被ってるだけだ。向こうが透けるくらい、うっすいやつをな」


私は何も言えない。


空が夕焼けで朱く染まる。しばらくして、紫色になり、藍色に、鼠色になり、私たちは戻った。それぞれの、帰りたい場所へ。


店の灯が静かに消えた。


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