労働と小話
朝起きるとヨコニは既に起きていて、朝食の準備をしていた。私の姿を認めると、微笑んで話しかけてきた。
「起きたかい?早起きだねえ」
「いえ、何もしないのは悪いですから」
「大丈夫だよ、あんた別に仕事してる訳じゃないんでしょ?」
「そのことなんですが、この町で何か仕事を探せないでしょうか?」
「仕事?あんた、名前も籍もないんだろう?どうしたもんかねえ…そうだ、食堂で働くかい?給料は安いけど、誰でも雇ってくれるだろうさ」
「なるほど、ありがとうございます」
「うちも余裕がないからね、朝ご飯食べたら食堂に行ってきな」
しばらくしてメユも起きてきた。朝ご飯もちょうど出来あがり、三人で食卓を囲む。
熱々の粥状の朝食を食べながら、私は考えを巡らす。メユの父親はどこにいるのだろう?二人はどうやって生計を立てているのか?…朝食が済むと、メユと私は町に出かけた。
私の名前はどうやらミモに決まったようだ。折角一緒になったので、メユに色々質問する。家族のこと。これからのこと。何より、この世界のこと。
「メユさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「そんな、メユさんだなんて…ミモさんは私よりずっと年上じゃないですか」
「そうだったかな?すみません、なんだか同じくらいの年みたいな感じがして…」
「あははは、でも確かに話し方も言われてみれば若いですね」
「そうですかね…それで、この世界の人々についてなんですが…なんで動物の頭の人がいるんですか?普通の人もいるのに?」
「そうですね…この世界には、幾つかの人種があるんです。
一つは、普通の人間。この町の住人の六割は人間です。
そして、獣人。町の残りの四割の住人は、この獣人なんです。
獣人は人間と獣の中間のようなものですけど、人間として認められて生活しているんです。過去には大きな戦争もあったらしいんですけど」
「そんなことがあったんですね…でも、今はみんな共存してるみたいだし、平和でいいじゃないですか」
「それが…また新しい戦争が始まるって、町の人が…」
「えっ」
「実は、この世界にはもう一つの人種があるんです」
「もう一つ?」
「それは、悪魔族です。悪魔族は、他の二つとは全く違う種族なんです…」
「悪魔族は、私たちのいるこの国を脅かそうと、遠い地の果てから侵略を繰り返しているらしいんです…」
「侵略」
「はい…それで、私ちょっと不安で…昔起きた戦いでは、たくさんの人が亡くなって、町が、いっぱい壊されて…」
「…」
「…ごっ、ごめんなさい、こんな話しちゃって…大丈夫ですよ、戦争なんて起きませんよ、きっと…」
なんだか暗い話になってしまった。話を変えようと、彼女の家族について尋ねる。
「私の家族ですか?父親は、私がまだ小さいときに出ていったんです…そこからはお母さんが育ててくれて、だから私、父親の顔を知らないんです…」
このまま話を続けるのはまずいと思い、ここでこの話題は打ち切った。幸い食堂が見えてきた。食堂の扉の横には、「給仕係募集」の色褪せた貼り紙がある。
食堂の戸の僅かに開いた隙間から、中の喧騒が流れ出した。
食堂は賑わっていた。ヒトも獣人も隔てなく酒を飲み、素朴だがうまそうな料理に舌鼓を打っていた。私たちの声は喧騒に紛れ、店主に届くまでしばらくかかった。
出てきた店主は、大柄な中年男性で、食堂のマークが描かれた前掛けを付けている。
「なんだ、兄ちゃんに嬢ちゃん。注文なら給仕係を呼びな」
「その、給仕係になりたくて」
「んん?ああ、募集の貼り紙見て来たんだな、兄ちゃんか、それとも嬢ちゃんかい?」
「私です」
私が答えると、店主は私を店の奥へ招き入れた。
「では私は、ミモさん、頑張ってくださいね」
メユは先に帰った。
奥は表と同じくらい騒がしく、もうもうと立ち込める湯気と料理の匂い、炉の炎の熱の中を沢山の料理人がせわしなく動き回っている。
「今日からここで働いてもらうぞ。兄ちゃん、料理できるか?」
私は首を横に振った。
「だろうな。てわけで、お前さんには給仕をやってもらう」
喋りながら店主はいつの間に取ったのか、彼が付けているのと同じ模様の前掛けをほとんど押し付けるように渡す。
「何せクソ忙しいからな、さっさと働けよ!給料は出すぜ!」
急いで前掛けを締めると、盆とメモを携えて、私は表に向かった。
殺人的な混みようの店内を縫って、微かに聞こえる注文の声を聞き取る。声の記憶に頼り、厨房に戻って注文を伝える。誰の注文かわからない料理を落とさぬよう持ち、叫び声のするほうへ投げるように渡す…
最初は丁寧にしようと思ってやっていたが、すぐに余裕はなくなり、最後はただ無我夢中になってやった。
深夜、ようやく仕事が終わったころには既に体は節々が疲れて痛み、疲労困憊だった。メユの家に帰ろうとしていると、店主が肩に手を置いた。
「おう!よく頑張ったな、まだまだだが、こいつが今日の給料だ。明日も来いよ、賄いは出すからよ!」
豪快に笑いながら店内に消える店主の背中を見ていると、疲れも少し癒えるような気がした。
家に帰ると、メユもヨコニも既に寝ていた。心配かけただろうか…私は自分の至らなさが情けなくなった。疲れていた私は、今日は部屋に引っ込んでそのまま眠ることにした。
夜は更けようとしていた。
今回は日常回です。