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燭蛾  作者: 美輪神 龍也
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第9話 西の秘密

この日、オレオレ詐欺の番頭西守(にしまもる)は、歌舞伎町の高級キャバクラ”卑弥娘(ひみこ)”で、スレンダーな美女に囲まれていた。

華美な大理石のテーブルを飾る、一本四十万のシャンパンや出前の高級寿司を、ゴージャスなシャンデリアが照らす。

一時間ほど前、西は、構成員を務める新道組しんどうぐみの事務長大川に呼ばれ、組本部に足を運んだ。


関東発祥の新道組は、構成員千人ほどの大手の暴力団で、表では都市開発や投資、飲食店経営のフロント企業を構え、裏では特殊詐欺や闇金などを行なっている。

事務長の大川は、最近目を見張る成果を上げる西に目を留め、収支報告と慰労のために呼び出したのだ。

そして、足立区のみで、城北ブロック六区の成果に迫る西の勢いに気を良くし、連中は卑弥娘に繰り出していた。


「西、今日は無礼講だ。遠慮せずどんどん頼め!」

上機嫌の大川は、百九十センチの巨体で、高級シャンパンアルマンドロゼを西に注ぐ。

西は紙のように薄いグラスを両手で持ち恐縮する。一杯三万円のシャンパンだ。


「お前、最近こっちの方はどうなんだ?」

大川が小指を立てる。

「いえ、全くです。この顔ですから、モテませんし」

「なんだお前、相変わらず”陽気妃”一本やりか?」ガハハと笑う。

陽気妃は新道組傘下の風俗店で、性的なサービスを提供している。

「いえ、まぁ……」

西は陽気妃という単語に一瞬焦ったが、平静を装う。

「お前まさか、素人童貞じゃねーだろうな?」

大川が豪快に笑う。

西は苦笑してやり過ごす。

「まぁしかし、お前んとこの成果は大したもんだ。お前みたいな金増やせる奴、俺は好きなんだよ」

「は、恐れ入ります!」

「近いうち、足立だけじゃなく、城北全部やってみろ。お前がやった方が、よほど成果上がんだろ」

「いえ、まだまだ私なんか……」

「まぁ、その調子で頼むわ。今度は銀座のクラブ連れてってやる。座っただけで十万だ。歌舞伎町とは女の品が違う」

「はい、楽しみにしてます!」


深夜一時、ようやくお開きになり、西は大川から貰ったタクシーチケットで、新宿から十五分ほどのマンションに帰った。

西がリビングで水を飲んでいると、寝室からリンが、目をこすりながら出て来る。

「おかえりなさい、守さん」

「リン、寝てていいのに。身体に悪いぞ」

リンは西の子を妊娠している。

「守さんに、お休みしたら寝る」

「わかった、お休み」

「おやすみなさい、守さん」

リンの後ろ姿をみながら、西は目を細めた。


中国東北部の寒村出身のリンは、八人兄弟の末っ子だ。

日本には仕事があると言われ来日したが、新道組に騙されて、性風俗の陽気妃で働いていた。

陽気妃の常連だった西は、楚々とした美人のリンに一目惚れした。

何度かリンの生い立ちを聞くうちに、西は性的なサービスを断り、話だけをするようになった。


「西さんとご飯に行きたい」

日本では身寄りのないリンにとっても、西は特別な存在になっていた。

中学生の頃から、中年男性のような体型だった西は”半魚人”や””深海魚と呼ばれ、女性には縁が無かった。

こんな美人が、オレに興味を持つわけがない。初め西は疑心暗鬼だったが、少しづつ、リンも本気だと分かり、西は余計にリンに夢中になった。


何度目かの食事の後、一夜を共にしたとき、リンは西の背中のきずに驚いた。

西が小学生のころ両親は離婚し、西は母の連れ子として、義理の父と生活を始めた。

しかし、可愛げのない西を義父は嫌い、説教と称して、夜な夜な煙草の火を西の背中に押し付けた。母は悲鳴を上げる西を、面白がって見ていた。

西は中学のある日の深夜、目を盗んで家を抜け出し、それ以来一度も帰っていない。


背中の無数の疵が煙草の火の跡だと知ったリンは、泣きながら、疵の一つ一つにやさしくキスをした。

生まれて初めて人から優しくされた西は、涙を隠すため、枕に顔を埋めた。

そして半年ほど前、西は組には秘密で、リンの足抜け代を肩代わりし、同棲を始めた。

それからすぐに、リンは西の子供を身ごもった。



リンが寝静まったのを確認した西は、ベランダのデッキチェアに座りスマホを開くと、仮想通貨のアプリをタップする。

西が保有する仮想通貨は千四百ビット、およそ十億円だ。

西は組に黙って、オレオレ詐欺で回収した金を、仮想通貨で増やしていた。

上納金分も全て仮想通貨に投資し、その利ザヤから、上納金や必要経費を払っていた。


今の西は足立区のエリア長に過ぎないが、いずれは関東四ブロック全てを手中に収め、暖簾分けで独立する。もしくは、足抜けしてもいい。

いずれにしても金が要るが、そのための資金はすでに充分だ。

慎重に事を進めるため、西は辛抱強く機会を伺っていた。

用意周到な西は、今のマンションの住所も組には教えていない。西が信用できるのは、世界でただ一人、リンだけだ。


優しく美人のリンと、想像を超える大金が、今自分の手の中にある。

西は煙草に火をつけると、至極の一服を、夜の闇に向かって吐き出した。


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