第6話 オレオレ詐欺
翌朝、出勤する香織を見送った英二は、初江の部屋で祖父の仏壇に手を合わせる。
線香の匂いも久しぶりだ。
「じいちゃん、帰ってきたよ。心配かけました」
「おじいちゃんも嬉しそう」
「ばあちゃんにも長いこと心配かけて、ごめん」
英二は初江の方に向き直り、頭を下げる。
「英ちゃんが帰ってきてくれただけで充分よ」
初江が微笑む。
「あ、ばあちゃん。今日は十時過ぎに出掛けるから」
「ラーメン屋さんね」
「挨拶だけだから、昼前には戻る。帰ったら買い出し付き合うよ」
「それより英ちゃん、お土産は持ったの?」
「いや、そんな堅苦しいあれじゃないから」
「ダメ、それとこれとは別よ」
初江は「よっこらしょ」と立ち上がり、キッチンで何かを始めた。
十時過ぎ、英二がキッチンで初江を探すと、部屋からスースーと寝息が聞こえる。
英二はキッチンテーブルの上の、風呂敷包みに気付く。
一筆箋の手紙が添えてあり、メモ用紙に『店長様によろしくお伝えください』と、達筆で綴ってある。
「店長様って柄じゃないんだけどな……」
苦笑しながら包みを手に取り、片手で初江の部屋にお礼をし、英二はそっと家を後にした。
※※※
同じ頃、新大久保のオレオレ詐欺グループは、一斉に高齢者への架電を始めていた。
住所、氏名、年齢で効率よくターゲットを絞れる年金リストは、まさに打ち出の小槌だ。
新大久保の事務所を仕切る番頭の西守には、野望があった。
西が所属する城北ブロックは荒川区や板橋区など六区から成るが、西の管轄は足立区一区のみだ。
足立区の一エリア長からブロック長になり、ゆくゆくは城北、城南、城東、城西全てを仕切る。歩合も格段に増えるし、暖簾分けして独立も夢じゃない。実際に闇金は、暖簾分け制度で瞬く間に全国を席巻した。
西は、次々成果をあげる”かけ子”の様子に満足しながら、組にも秘密の、もう一つの打ち出の小槌を思い浮かべ、溢れ出るほくそ笑みを噛み殺した。
※※※
十時半過ぎ、英二は店主の小島に礼を述べながら、祖母の風呂敷包みを手渡す。
タッパーのフタを開けると、赤紫蘇の梅が一杯に並んでいる。
「こりゃ美味い!」
「お口に合ってよかったです。去年から漬けてたらしいです」
「こりゃあ、店で出したいなぁ。冷やし中華に、この果肉、ぜったい美味いぞ英二!このふっくらした感じもインスタ映えするしなぁ」
「店長、いんすた?……って、なんですか?」
「そうか、英二は知らないんだな」
六十近いわりに流行に敏感な小島は、インスタやユーチューバーを英二に説明した。
「ところで英二、今日、このままシフト入れるか?」
「ええ、はい、大丈夫です」
「急でスマン。バイトが急に休みたいってLINEよこしやがって、まったくな……」
「じゃあ店長、ばあちゃんに電話します」
「おう。レジ横の黒電話使え」
テーブルを離れた英二は黒電話に手を掛けたとき、ふとある事を思いだした。