第37話 入札
国会議事堂からおよそ四キロほどに位置する、東京市ヶ谷の防衛省市ヶ谷庁舎。
ここは、防衛省本省をはじめ、陸上・海上・航空の三幕僚監部と、これらを統括する統合幕僚監部も所在する、日本国防衛の中枢だ。
月曜日の午後一時過ぎ、四菱重工の武藤取締役、三沢部長、橋本課長の三人は、市ヶ谷庁舎の応札社控え室でじりじりと時間が来るのを待っていた。
今回の入札は提案型で、プレゼン九十分に質疑六十分の長丁場だ。プレゼンは一時半開始で、それまでは入札室とは別フロアの控え室で待機していた。
「三沢部長、もうレイシオンはプレゼン終えたんですかね?」
「いや、全くわからないな。どうですかね?取締役」
「橋本課長は初めてだから知らないだろうが、防衛省関係の入札は特に、何社参加しているかも、参加企業名も一切、我々応札側には判らないようになっている」
「そうですか。今現在も、他社がプレゼンしているんですかね?」
「いや、それは無い。午前中に一社終了して、すでにこの敷地内には居ないだろう」
「なるほど、徹底してますね。応札社同士が顔を合わせないように……それで、待合室と入札室がわざわざ別フロアなんですね」
しばらくするとドアがノックされ、三人は一階上の入札室に案内された。
室内の二つ並んだ長机には、防衛省事務方トップの防衛事務次官を筆頭に、航空幕僚長、空将など航空自衛隊の上級幹部十名が審査官として着席している。
天井から吊るされたスクリーンには、事前に提出したパワーポイントのスライドが投影されている。公平を期すため、会社名は一切書いていないスライドだ。
司会が一つ咳払いをし促す。
「それではA社様、お願いします」
自らプレゼンを担当する武藤は、見知った顔の自衛官を見つけ眼を合わすが、先方はすかさず資料に目を落とし目線を逸らす。
「では、さっそくですが、航空宇宙事業における弊社の実績からご説明申し上げます––––」
「–––– このように弊社は自衛隊やJAXA、そして民官の航空会社と長年に渡り––––」
武藤の声以外は、審査官が資料を捲る音しか聞こえず、聴き手の感触を窺い知ることは出来ない。
「–––– F36ライトニングの空力性能を最大限に引き出すポイントが、弊社の最新型FADEC、YF-36です。このYF-36はF36ライトニングのために一から設計したもので、マンマシンインターフェースを重視しながらも、パイロットのヒューリスティックな思考を損なわない、設計思想に基づいています」
審査官の何名かが資料から顔を上げ、武藤の言葉に集中し始めた。
「–––– このYF-36は、元F16のエースパイロットであり、米空軍アカデミー卒業生のDr.マイク・マーカスと、一年に渡り実証実験を行なって参りました––––」
航空幕僚長が指先で顎を撫でながら、空将に何やら話しかけている。
–––– よし、狙い通りマイク・マーカスに食いついた。F35設計時のアドバイザーでもあるマイク・マーカスを弊社が抱き込んだことに、皆驚いてる!
武藤はここから最後まで手応えを感じながら、プレゼンと質疑応答を滞りなく終えた。
市ヶ谷庁舎の正門を出て市ヶ谷駅に向かいながら、橋本課長が尋ねる。
「取締役、手応えはいかがでしたか?」
橋本はパワーポイントのスライド係のため、初めから終わりまでパソコンに集中しており、審査官の様子を見ていない。
「取締役、統合幕僚幹部や幕僚長は、途中から頷きを交えて聞いていました」
三沢部長が橋本の質問に答える。
「そうだな。やはり、Dr.マイク・マーカスの名前は大きかった。レイセオンにも真似できない、弊社の隠し球だからな」
「あとは、入札額ですね……」
「うむ。入札締切ギリギリまで三沢部長と揉み、ベストな額で札を入れた。あとは、人事を尽くして天命を待つしかない」
「そうですね」
三人は、大舞台を終えた安心感と、一先ずやり遂げた晴れやかな顔で、JR市ヶ谷駅の改札をくぐった。




