表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燭蛾  作者: 美輪神 龍也
36/53

第36話 出頭

翌日の昼前、隆が待ち合わせの喫茶店に入ると、早めに着いた棚橋がすでにコーヒーを飲んでいた。

「部長急にすみません、日曜日なのに」

「いや、予定も無かったし気にすることない」

隆は座りごこちの良いソファに腰掛け、感嘆したように店内をぐるりと見廻す。

クラシックが流れる店内は、木目調のシックな調度品と上品な客層が、上質な雰囲気を醸し出している。


「さすが白金ですね。洒落た造りですね」

「そうだな。この辺りはこうした落ち着いた感じの店が多いよ」

白金は東京でも屈指の高級住宅街だ。

「部長はこのお近くなんですか?」

「ああ、まぁ私は質素なマンションだよ。それより横尾君、相談というのは…?」

「はい、じつは昨日から、ログの分析を始めたんですが、その件です」

「なるほど。四菱自動車のログ解析か」

「いえ、自動車では無くて、重工、商事、銀行の三社です。もちろんまだ全然進んでませんけど」

棚橋は驚いたような意外な顔をする。

「横尾君、今重要なのは、四菱自動車やクレイオスのハッキングの証跡を証明することだろ?社長命令でもあるし」

「はい、もちろんです。そこは先週から岡田課長や自動車の情シスが始めています」

「うむ。あと横尾君は内部監査の準備でも、相当忙しいだろう。もちろん、その三社もおいおい手を付ける必要はあるが、今の最優先は自動車だろう」

「ええ、僕もそのつもりで、三社のシステムへの調査を進言して、少し前に承認を頂きました。ただ部長……僕は、argusの狙いがじつは自動車じゃなくて、初めから自動車以外が狙いだったんじゃないかって、思うんです」

「…どうゆうことだ?」

「……部長もご存知のとおり四菱自動車は、クレイオスの事故対応で、通常業務が混乱するほどの騒ぎになっています。そして四菱自動車だけじゃなくて、グループ会社の監査が出来る人材、つまり情シスのスタッフも自動車に応援に出ています」

「うむ、それは私も知っている」

「はい。今、四菱自動車の情報セキュリティ体制は、ヒト、モノ、カネ全ての面で、手厚くなりつつあります。ただ、その一方で、自動車以外の他社のセキュリティ体制は、手薄になっています……」

棚橋は腕組みをし、難しい顔で天井を見る。


「……なるほど、横尾君が言いたいのは…argusは、真のターゲットのセキュリティ体制を緩くするために自動車を攻撃したと、こういうことか?」

「はい。自動車は、本来のターゲット企業をハッキングするための踏み台にされたんじゃないか、そう思っています。そして、argusのターゲットが何処かを絞り込むための、ログ解析です」

「……うーん、さすがに考え過ぎじゃないのか?」

「ええ、もちろんそうかも知れません……ただ、最初の事故が、僕の彼女が巻き込まれた銀座の歩行者天国、次が、渋谷のスクランブル交差点、名古屋駅前、大阪梅田、博多駅前です。それも週末の人手が多い時間を狙って、まるでテロのように事故を仕掛けています」

腕組みをした棚橋は、黙って耳を傾ける。

「しかも世界最先端の自動運転車が起こした事故……当然、世間の目も警察の目も釘付けになります。実際に警察は、テロの線でも捜査を進めているとも聞いています。もし、argusの思惑通りに警察も世間も翻弄されているとしたら、argusは我々の目を引きつけた裏で、すでに他の仕掛けを始めている……もちろん、僕の仮説に過ぎませんが……」

「そうか……さすがに、私は何とも言えないが……」

「はい、もちろんそうだと思います。それよりも部長にアドバイスをお願いしたいのは、ログ解析についてで––––」

隆は考えているログ解析の方法を棚橋に説明し、もっとも効率良く、高い効果が期待できるようにアドバイスを求めた。


「部長、ありがとうございました」

「いや、なかなか鋭いところに目を付けてる。感心したよ」

「いえ、とんでもないです!部長の知識に比べたらまだまだです」

「それと、ログ解析の状況は私にも共有して貰えると助かる」

「もちろんです。まだ勉強不足の点もありますから、また相談させてください。今日はありがとうございました」

棚橋と別れた隆は香織を見舞うため、その足で築地に向かった。


※※※


その日の夕方近く、品川区の三田中央警察署に一人の若者が出頭し、自分はargusで、四菱自動車へのサイバー攻撃は自分がやったと自供した。

三田中央署が大至急、高山洋介と名乗る男のアパートを家宅捜査したところ、自動運転車に関する専門書やargusの由来と思われるギリシャ神話の人名辞典、そしてパソコンからは、ダークウェブ専用のブラウザソフトやクレイオスの設計図など、確定的な証拠が多数発見された。


夜九時過ぎに警視庁は臨時会見を開き、集まった報道陣にargusを検挙したと発表した。

argus検挙の速報は、またたく間に世界中を駆け巡った。


※※※


自宅のワンルームマンションで、見るとはなしにテレビを点けていた隆は、速報のテロップを見て目を疑った。

–––– argusが検挙された? ––––

隆が慌ててチャンネルを回すと、NHKだけがニュース番組で報道している。

解説委員が、『私も驚きましたが、これで一気に解決に向けて進みだしました』と発言している。


–––– なにを言ってるんだ……完全犯罪を唯一完遂できるのがハッカーの醍醐味じゃないか……仮に、完全犯罪を世間にアピールしたい自己顕示欲が強い奴だったとしても、別の手段を取るはずだ。ハッカーが、出頭なんかする筈がない! ––––


隆がすかさず”argus”でネットを検索すると、書き込みが続々とアップされてくる。

–––– 高山洋介いくら貰った?ww

–––– みえみえのおとり

–––– お巡りさーん、騙されちゃダメだよーwww

一部には隆と同じ違和感の発言もあったが、ほとんどのネットニュースは、argus検挙の報道で埋め尽くされていた。


–––– またargusが世間を欺いた……これで警察も世間も、クレイオスの事件が解決に向かうと胸を撫で下ろし油断する……

–––– argusは間違い無く、何かを狙っている……


ただ、それが何なのかわからずに、隆は頭を抱えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ