第32話 赤坂料亭A
五色砂利が敷き詰められた石畳の先にある白い暖簾をくぐり、大川は料亭Aの玄関口に足を踏み入れた。
赤坂にある老舗の料亭Aは、永田町から近いこともあり、長年代議士の御用達として愛用されてきた。漆喰の塀に横付けした黒塗りのハイヤーから代議士が店内に入る映像は、時折ニュース映像で見かける。
仲居について長い廊下を歩き、案内された奥の和室に入ると、すでに林田が下座に座っていた。
「すみません事務長、わざわざお運び頂いて」
「いえ、こちらこそ、あれ以来ご無沙汰しておりまして」
大川が着座すると、互いに酒をお酌する。
「林田さん、森川先生はお変わりありませんか?」
「ええ、お陰様で、あのご高齢とは思えないほど、忙しく活動しております」
「そうですか。あの年代の先輩方の馬力には感服ですな」
林田は与党代議士である森川義朗の私設秘書として、長年森川に仕えている。
大川は新道組のフロント企業、アーバンリアライズ社の件でこの料亭に赴いたが、アーバン社の会社登記簿には大川をはじめ新道組構成員の名前は、一切出ていない。同社の取締役の一人は、大川の愛人だ。
「林田さん、昨年の見本市ではすっかりお世話になりまして、お陰様で弊社も、IR関連事業に参入する下地が出来そうです」
「いえ、それはお互い様です。大川事務長と懇意にさせて頂くことで、森川も何かと助かっています。安心して、IR事業に邁進できます」
IR実施法案、通称カジノ法案が成立し、四年後には大阪、その後は北海道と長崎に、日本初の統合型リゾートカジノがオープンする予定だ。
経済効果は年間五、六兆円と予測されており、日本国内のみならず海外のサービス産業も参入機会を狙っている。
昨年平成29年には日本政府主催で、建設、インフラ、ホテル、カジノ関連の企業を招聘した説明会が開催され、そこにはトランプ大統領懇意の企業や、四菱重工、レイセオンインダストリーズ、加えて新道組のフロント企業アーバンリアライズも参加していた。
飲食、金融、不動産を手掛けるアーバンリアライズにとっても、IR事業への参画は千載一遇のチャンスだ。
「林田さん、一つ確認ですが、カジノの第一号は、やはり大阪の夢洲ですか?」
「確実とは言えませんが、夢洲は五年後の大阪万博の予定地でもあります。その一年前に夢洲にカジノリゾートがオープンし、翌年に万博となれば、海外からも相当の経済効果が見込める。夢洲が日本のマレーシアになるこのプランは、国策として捨てがたいですよ」
「なるほど……そこで一つ相談なんですが、我々のバックボーンは関東で、関西以西には関西を仕切る老舗の組織がある。その大阪の夢洲に、正面から我々アーバンが乗り込んだとなると、相当に面倒なことになる……こう見えて極道は、睨み合いを続けながらも、実際に抗争になることは避けたい性分でして……」
「事務長つまり…IR第一号の夢洲に御社が参画することは即ち、関西暴力団のシマを新道組が荒らすことになる……こうした図式ですね」
「まぁ、はっきり言えばその通りです。ただ、我々もこの機会を、みすみす逃したくは無い」
林田はしばし腕組みをし黙考する。
「おそらく、こうした提案なら、森川の琴線に触れると思います」
「ほう、それは…?」
「まず関西に新会社を設立して下さい。約款は都市開発とか何でも宜しいかと。そして、顧問に大阪府警のOBを迎えます。府警の人脈は私が何とかします。その新会社から、私どもの森川の経済研究所に、コンサル名目で発注をいただき、毎月一定額をお支払いください。関西ではこの新会社が前面に出てIR事業を行えば、地場の組織に気付かれずに、しばらくは事業活動が行えます。さらに、もし素性がバレても、関西の組織が大阪府警OBが居る会社に、迂闊に手出しすることは出来ない……」
大川が膝を打つ。
「それは妙案ですな!さすがは、森川先生の知恵袋だ、素晴らしい!」
「いえ、そんな持ち上げないでください。IRで巻き返しを図る森川にとっても、活動資金の水脈が一つ増え、渡りに船の話です」
「さっそく提案します」
「ぜひお願いします。ところで事務長。私からも一つご相談がごさいまして……」
「……どういったことで?」
「ご存知のように、森川は現在、与党内での主流派ではありません。主流派の政権を奪うには、やはり原資が必要で、その金鉱がIR、統合型リゾートカジノです」
「まさしく、そうですな」
「ええ。ところが、国内のレジャー産業、いわゆるパチンコ業界やサービス産業は、すでに主流派に擦り寄っていて、我々非主流派とのパイプを作ろうとは考えません。ただ、統合型リゾートカジノのノウハウは、こうした国内の企業には無い。ここに森川の勝機があります」
「たしかに、国際会議場、ホテル、カジノ、劇場が一堂に会した、ラスベガスとブロードウェイを一度に堪能できるレベルのリゾートを、日本だけで造るのは無理がありますな」
「事務長の仰る通りで、国内企業だけでは実現が難しい。そこで森川は、資金とノウハウを潤沢に持つ外資とのパイプを築いて来ました。レイセオン社は、まさにその筆頭です」
「いや、さすが森川先生だ。理に適っている……」
「そこで事務長にご相談なんですが、ウチの森川のプランに支障を来たす事態が生じた暁には、ぜひ事務長のお力添えを頂きたい。それ相応の御礼は、必ずお約束します」
「わかりました。何なりと仰せつかります」
その後、林田が退室してから一時間間を空けて、大川も料亭を出た。
ハイヤーの側で左腕を包帯で吊った柴崎が、頭を下げ見送る。昨日、西を逃した責任を問われ、大川の制裁を受けたのだ。
大川は悠々と後部座席に乗り込むと、愛人宅に向け夜の帳に消えていった。




