第28話 銃口
中井のマンションに着いた柴崎達は正面玄関に走る。
扉はオートロックで閉まり、扉の右側に数字のボタンとカメラのレンズが埋め込んである。
柴崎はナイフを取り出すと連れに渡す。
「おい、これで俺の左の瞼を軽く切れ。血が垂れるていどだ」
「え?」
「早くやれ!」
連れが恐々と柴崎の瞼を切り、左の目尻のあたりに血が垂れる。
柴崎は部屋番号の数字を押した。
リビングのモニターに映る男は、リンが知らない顔だ。
しかも目尻から血が流れてる。
相手の、どこか焦った様子が面持ちから伝わる。
リンは迷ったが、通話ボタンを押す。
「はい……」
男が早口でまくし立てる。
「–––– あの、西さんが大怪我をして、あなたに連絡してくれと言われて慌てて来ました」
「え?……守さんが?……」
「はい、急いで車で来ました。リンさん、西さんのところに急ぎましょう」
「–––– は、はい」
リンが解錠ボタンを押すや柴崎ら三人は、ロビーになだれ込んだ。
リンが玄関扉を開けると、柴崎が右脚で乱暴に扉を押し開く。後ろから大柄の男とジャージの男が土足で上がり込み、リビングに走る。
「え?」
驚くリンの頰を柴崎が右手で張る。
リンは二、三歩後ろによろめき、廊下に倒れこむ。
柴崎は片膝を付き、四つ這いのリンの黒髪を鷲掴み力任せに引き上げる。
ぶちぶちと毛根が音を立てる。
リビングの奥から物々しい音がし「ここにはいません!」と大声が響く。
「おい、西はどこだ?」
柴崎がリンに顔を近付け目を覗き込む。
恐怖で唇を震わせたリンは、四つ這いのままリビングに逃げる。
柴崎の指に挟まったリンの黒髪が揺れる。
舌打ちをした柴崎が、ゆっくりとリンの後を追う。
柴崎がキッチンカウンターの写真立てを掴み、床に叩きつけると、ガラスが砕け枠が四方に散らばる。
「おい、西はどこだ……?」
這ったままベランダの横まで逃げたリンが、壁に背中を押し付け、声を絞り出す。
「わたし、知らない……」
柴崎が顎で促すと大柄の男が大股でリンに近寄り、右手を振り下ろす。
グローブのような肉厚の掌がリンの右頬に食い込み、唇から血が飛び散る。
意識が朦朧としながら「わ、わたし知らない……」とリンが繰り返す。
リンは西に逃げて欲しいと願った。
柴崎の携帯が鳴る。
「–––– わかった。後で向かう」
柴崎が連れに伝える。
「西を新大久保で確保した」
連れの顔に安堵の色が浮かぶ。
柴崎は大川に電話を掛け指示を待つ。
「–––– はい、わかりました」
上着の内ポケットに携帯を仕舞った柴崎は、後ろ手で腰のベルトから銃をすらりと抜き、リンに銃口を合わせる。
目を剥いたリンが後退り、背中を壁に押し付ける。
「…や、やめて……殺さないで……お願いします……」
柴崎が連れに「バスタオル何枚か持って来い」と指示する。
柴崎は銃ごと右腕をバスタオルで何重かに包み、銃口だけを覗かせる。
「お願い……殺さないで……お願いします……」
リンの両眼から溢れた涙が頰を伝い、唇の血と混ざり顎先に滴る。
柴崎は右手の人差し指に力を込め、三回、引鉄を引いた。
※※※
一階のロビーで西を捕まえた黒木は、西の腰の辺りに銃を突き付け、連れから柴崎に連絡を入れさせた。西はそのまま事務所に連れ戻された。
黒人が西の後頭部を掴みあげ、壁に寄せた長机に顔面を叩きつける。
ベニヤ板が皸割れ、西の額に裂傷が疾る。
顔を覆う西の後頭部を黒人が鷲掴み、手前に引き倒すと、大木のような右膝を続けざま鼻頭にぶち込む。一撃毎に西の靴先が床から浮く。
黒木は腕組みをし、ニヤけた顔でリンチを眺める。
鼻が潰れた西を黒人が羽交い締めにし正面を向かせると、短髪の男が西の顔面を面白いように殴る。みるみる顔が腫れ上がり瞼が塞がる。
短髪の男が続けて西の鳩尾に、くの字に曲げた右膝を突き刺す。
「う……」と唸り西は床に両膝をつき前のめりに倒れた。
短髪が西の左脇腹に狙いを定め右足を引いたとき、入口の扉が勢いよく開く。
振り返った短髪の左頰を英二の右ストレートが抉る。一、二歩右によろけた短髪の背後を周り、右に出た英二は、短髪の右脇腹を左のボディで叩く。短髪が苦悶に歪む。
「おまえ!」
驚いた黒木が銃を構えるが、短髪が邪魔になり狙いを絞れない。
英二は左フックで短髪の右頬を叩き、大きく弧を描いた右フックで左耳を撃ち抜く。左の鼓膜が破れ内耳の空気圧が狂う。
三半規管をやられた短髪は、よろよろと長机に尻を乗せる。
短髪の正面に廻った英二は一瞬小鼻を広げひゅっと酸素を吸い込むと、息を止め、ラッシュを繰り出す。短髪の全身が小刻みに揺れ汗が飛び散る。英二は短髪の右の肋骨と腹との境目にある肝臓に、左アッパーを突き上げ手首までねじ込む。
短髪はぱかっと口を開け「おえぇぇ……」と呻き、両手で腹を押さえ頭から床に倒れ込むと、余りの苦しさに悶絶し身体を海老のように動かしたが、そのまま気絶した。
「おい!ゴー!キルヒム!」
黒木が黒人を煽る。
黒人は両脇を締め拳を身体の前に構えると、英二と正対する。
英二の強さを覚えているため、筋肉が強張る。
黒人の右肩の筋肉がピクリと隆起し上半身を左に捻った瞬間、足二つ分左にステップしながら膝を低くした英二が床を蹴り、床から這い上がるような右アッパーを黒人の左顎に食い込ます。
顎が天井を向き喉が伸びきった黒人は、閉じていた両脇を緩め、腹部の急所を露わにする。
英二は左右の拳を左脇腹、右脇腹、鳩尾に怒涛の勢いで連打する。
黒人の両膝が、がくがくとわななき、上半身が前のめりになる。
英二は瞬速の左フックで黒人の右頰を削り、返す右拳で左のテンプルを撃ち抜く。
脳がぶるんと揺れた黒人は白目を剥き、覚束ない足を絡ませ、そのまま右横に倒れた。
英二の視界から黒人が消えると、銃口を向けた黒木が立っていた。
「おい、この前のお礼だ。死ね」
黒木は引き金にかけた指先に、ぐっと力を込めた。




