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燭蛾  作者: 美輪神 龍也
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第25話 責任転嫁

クレイオスの事故から二日後の月曜日、田町の四菱自動車本社には、朝から報道陣が殺到し異様な空気に包まれていた。

ざっと四百人を超える報道陣が、正面入口や社員通用口で待ち構え、社屋に向かう者に誰彼かまわずマイクを向けテレビカメラを回す。

皆無言で逃げるように小走りで社屋に駆け込む。

正面入口すぐ横の、クレイオスが燦然と輝いていたショールームもシャッターを下ろしたままで、灰色の歴史のある本社ビルはオーラを失い、くすんで見えた。


社内は電話が鳴り止まず、パニックに陥っていた。

十二万台の予約に相次ぐキャンセルの電話、四百社を超える下請け業者への対応、暴落を続ける株への苦情、国交相や経産省など監督官庁や警察への対応。

 そして、事故に巻き込まれた被害者家族への対応。

 社員は出社するなり時間が経つのを忘れ、事故の後処理に追われた。

 


 四菱ホールディングスCSIRTの棚橋は、朝八時半から緊急会議に出席していた。

大会議室には副社長や役員クラスがずらりと顔を揃え、重圧な空気が事態の深刻さを物語っている。


会議の冒頭で司会の総務部長が、被害状況を報告した。

「本日現在、死者二十三名、負傷者百四名です。なお、この中には、先々週の土曜日に銀座で被害に遭われた方も含んでいます」

死者の中には、銀座でカフェに突っ込んだ久保田も含まれていた。

この後全員で一分間の黙祷を捧げ、亡くなった方の冥福を祈った。誰もが口を開くことをはばかり、沈鬱な空気の中で会は進行した。


 一時間後、副社長がクレイオスのリコールと、夕方からの緊急記者会見を決断した。

広報担当が外のマスコミに伝えるや、各社は一斉に動き出し、瞬く間にクレイオスのニュースが日本中、そして世界中を駆け巡った。


 副社長が、事故の原因究明と早期信用回復を命じ退室すると、議題は責任論に移った。

 取締役販売本部長の加藤が一つ咳払いをし、口火を切る。

「こうなった以上、誠に遺憾だが、今年度の販売目標額を大幅に下方修正させていただく。意見の有る方は挙手の上申し出てください」

 場が水を打ったように静まる。

「……では、異議無しとのことで、早急に修正案を作成し、別途役員会に提出します」

「ところで…」加藤が続ける。

「例の犯行予告メールに有った、クレイオスの欠陥について、技術部門の見解をお聞かせ願いたい」

技術部門からは車載LANやECUなど、領域ごとの部長が出席しているが、皆が目をそらす。

先端技術開発部長が、しぶしぶ口を開く。

「……その件については、今後の検証で明らかになりますので、この場での明言は控えさせて頂きます」

「そうですか……いや、昨晩報道番組でサイバーセキュリティの専門家が、もしクレイオスがハッキングされていたとすれば、古いシステムを突かれたんじゃないかと解説していたもので」

「古いシステム……たしかにコストの関係で、部分的には旧来のシステムを使用していますが、もちろん、技術的検証を重ねて––––」

「–––– 仮にコストダウンのために安全性を犠牲にしていたとしたら、これは看過出来ない問題ですな」

四菱自動車の現在の社長は技術畑出身だが、常務は営業畑だ。

巻き返しを図りたい加藤は、ここぞとばかりに技術部門の責任を追及する。

「加藤取締役、宜しいですか。テスラのモデル3と同等の自動運転車レベル4の性能で、凡そ百万円も低価格の自動運転車を開発することは、並大抵の技術力では叶わないことです。もちろん、テスラと同価格でも売って頂けるのであれば、我々も最先端の技術を採用していましたよ」

技術部門の役員が返す刀で斬り返したが、加藤

も負けてない。

「–––– 今のは流石に聞き捨てならないですな。遠回しに、我々の販売力が劣るから、安全性を犠牲にして安価な製品を設計せざるを得なかった。そう、仰いましたか?」

「–––– 私は、事実を述べたまでです」


対策会議の場のはずが、技術派と営業派の代理戦争の様相を呈し、険悪な空気が漂う。

束の間の沈黙の後、先端技術開発部長が、棚橋に矛先を向けた。

「ところで棚橋部長、貴方が先週の会議で進言されたクレイオスの脆弱性についての仮説。私も部下の報告で聞きました。……今思えば、かなり詳細な、的を得た仮説だったと思います」

「それは大変恐縮です。勿論、あくまでも仮説ですが、こうして悲しい事故が起こってしまった今、ご遺族の方々の無念に報いるためにも、まずは、私共が提言申し上げた仮説を検証すべきかと、考えています」

「そうですな。しかし、ずいぶんと詳しく、クレイオスの内部構造やネットワークについて、見識をお待ちですね。そちらのスタッフは……」

棚橋は、相手が巧みに論点をすり替えようとしていることに気付き、頭の中で反論を探った。

間隙を突き、相手はたたみかける。

「まぁ、この場でははばかられることを言いますが……そちらの、見事な仮説を組み立てた若手のスタッフは、四菱自動車の機密情報に、申請も無しにアクセスし、仮説の論拠を得ていますね」

「……その点については、私の管理不行き届きです。申し訳ありません」

「例のハッカーも、そちらのスタッフと同じように、クレイオスの情報を盗み見たんじゃないですか?まぁ私の邪推ですが……」

これには、さすがに棚橋もムッとする。

「それはあまりに失礼でしょう。ここは、私的な邪推を述べる場ではないですよね」

「これは失礼…まぁいずれにしても、いかにグループの情報セキュリティを統括するCSIRTと言えども、機密レベル3の社外秘に無断でアクセスしたことは、情報セキュリティ規程違反ですな」


出席者同士が怪訝な顔で話しだし、場がざわつき始める。

新卒で四菱に入社し、同期との出世争いに勝ち残り、三十年近くかけてようやく部長の座を手に入れた連中にとって、転職で易々とホールディングスの部長の椅子に座る棚橋は、妬みの対象だ。

MBAホルダーだか何だか知らないが、四菱には四菱のやり方がある。誰もがそう思い、棚橋を援護する者は居なかった。


※※※


午後二時過ぎ、棚橋は帰社すると、隆と岡田を応接室に呼んだ。


「ようやく、クレイオスの脆弱性を検証することになった。二人とも忙しくなるぞ」

「ほんと、ようやくですね……」

岡田がやれやれといった顔を見せる。


「あと、二人に話しておくことがある……私が一ヶ月分の減俸と、三週間の謹慎処分になった」

「ええっ?部長がですか……?」

「うむ。四菱自動車の機密情報に無断でアクセスした責任を問われた。これは、仕方ない」

「部長、それは私の……」

隆は何と言ってよいか困惑する。

棚橋が頷く。

「横尾君は、たしかにやり方を間違えたが、やったことは正しかった。今後の検証には、横尾君の仮説が大いに参考になる。ただ、CSIRT自らが、情報管理規程違反を犯したことは、申し開きのしようが無かった」

「–––– 部長……大変申し訳ありません」

隆は両膝に手をつき、咄嗟に頭を下げる。


およそ三時間前、話が規程違反に及んだ際に棚橋は自ら懲戒処分を申し出ていた。

事故の原因は定かでは無く、仮にクレイオスがハッキングされていたことを証明できれば、四菱自動車も被害者だったと公表出来る。しかし、これだけ社会を騒がせてしまった道義的な責任を誰かに押し付けなければ、場が収まらず、不毛な時間が過ぎるばかりであった。

棚橋が自ら処分を申し出たことで、皆の溜飲が下がり、議題がクレイオスの検証という本筋に戻った。


「部長、私は納得が行かないですよ」

岡田が憤慨する。

「今更ですけど、最初のargusのメールを軽く見たのは、自動車じゃないですか。二通目もそう。それが、自動車は一切おとがめなしなんて……」

「岡田課長の言い分もわかる。私も同意だ。ただ、ようやく、クレイオスと四菱自動車のセキュリティホールの検証という重要な点に、自動車が目を向けた。我々は気持ちを切り替えて、そこを全力で支援しよう。岡田課長、横尾君、頼んだぞ」


夕方六時過ぎ、棚橋は私物を簡単にまとめ、会社を後にした。

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