第21話 焦燥
英二が監禁されていたビルを出ると、歌舞伎町の近くだった。
すぐ近くから金属バットの快音が聞こえる。
黒木が書いた住所は新大久保だ。走れば五、六分で着く。
英二は新大久保に向けて走り出した。
西は金庫のダイヤルを回すが、焦ってなかなか数字が合わない。
何度目かでようやく扉が開くと、札束を鷲掴み、次々とカバンに投げ入れる。およそ一千二百万だ。
–––– ヤバイ奴って何だ ––––
正体がわからないぶん、余計に気が急く。
ずっしり重いカバンを肩に掛け金庫部屋を出ようとしたとき、ニ段になった金庫の下の段にも、万札の束を見つけ、それも掻き集める。
持った感じ三百万くらいだ。
再びカバンを開けて慌てて詰め込む。
ようやく有り金を全部詰めた西は、事務所の入口から廊下に出ると鍵を締め、四階のエレベーターホールに走った。
その数秒前、マンションの下に着いた英二は、二、三歩下がり、四階の角部屋を見上げた。
黒木が連絡を入れていれば、金を持って逃げられた可能性もある。
しかし、四階の窓からは灯りが漏れている。
–––– まだ、誰かいる ––––
英二は正面玄関から、一階のエレベーターホールに急いだ。
四階のエレベーターホールで、西が舌打する。
ニ台しか無いエレベーターの一機に『点検中』の札が下がり、止まっている。
ヤバイ奴が上がってきたら鉢合わせる。
西が迷っていると、ガシャン!と、一階のエレベーターが動き出した。
焦った西は事務所の先にある、外に面した非常階段に走る。
西は、そっと非常階段の扉を開け、下を見下ろす。人の気配は無い。
西は慎重に一段づつ、階段に足を下ろす。
そのとき階下から、カンカンカンと急ぐ足音が登ってくる。
下ろし掛けた足を、そろそろと戻し、急いで廊下に戻る。
左は非常階段、右はエレベーター。西は挟まれた状態になった。
–––– どっちかが、ヤバイ奴だ ––––
エレベーターホールの方から、チン!と音が聞こえる。
非常階段の足音も上がってくる。
西は重いカバンを引きずると事務所に戻り、内鍵を締め、部屋の電気を消すと、金庫室に身を潜めた。
ほぼ同時に、英二が四階の非常階段から廊下に足を踏み入れる。
メモの部屋番号を確認すると、すぐそこの右手が目的の部屋だ。
英二は部屋の前まで歩くと、ドアノブをガチャガチャと回し、力任せに前後に引っ張る。
枠とドアの僅かな隙間がぶつかり、ガツン!ガツン!と物々しい音を立てる。
金庫部屋の西は、今にもドアが壊れそうな音にビクビクしながら、じっと息を潜める。
クーラーも止めたため、噴き出した汗が顎を伝い、床に一滴づつ溜まりを作る。
英二は、ドアの隙間から、灯りが漏れてこないことに気づく。
ついさっき下から見上げたときは、まだ灯りが点いていた。
–––– 既で逃げられたか? ––––
思いながらも英二は、ドアをじっと見張る。
息を殺した西は、ドアの向こうに人の気配を感じていた。
–––– ヤバイ奴、誰なんだ? ––––
黒木に確認したいが、電話も出来ない。
そのとき、ブブーッ!ブブーッ!とスマホが鳴る。
城北ブロック長の柴崎からだ。
西は慌ててスマホを両手で覆い、札束の奥深くにねじ込む。
おそらく来週の報告会の連絡だが、今はそれどころじゃ無い。
西はカバンの奥に手を突っ込み、手探りでスマホの電源を切った。
英二は事務所の前からエレベーターホールに移動し、事務所の入口とエレベーターを両方見渡せる位置で、一時間ほど見張った。
しかし、事務所から人が出て来る気配は無い。
拉致があかないと判断した英二は、もう一度、事務所の前まで行き、ドアに耳をつけるも、気配が無い。
あきらめてエレベーターホールに戻りかけた時、非常階段の扉の下に光る物を見つけ、手に取った。
シルバーのジッポのライターだ。
蛍光灯の薄明かりに目を凝らすと、L to M と文字が彫ってある。
英二はジーンズのポケットにライターをねじ込むと、非常階段を降り、マンションを後にした。
それからおよそ四時間後。
西は革靴を脱ぎ、金庫部屋の扉をそっと開け、一歩づつ息を殺し、入口のドアがある部屋に出た。
猫が背中を逸らすような格好で、床に顔を押し付けると左を向き、入口の扉の隙間に、じっと目を凝らす。
人の気配はしない。
サウナから上がったように全身汗だくの西は、ようやく得体の知れない恐怖から解放され、マンションを出た。すでに夜中の十二時を回っていた。
ヘビースモーカーの西は、およそ五時間煙草を我慢していたため、早くニコチンを吸いたくて、近くの公園に向かった。喉もカラカラだ。
自販機で水を買い、喉を鳴らして一気に流し込む。
ようやく一息ついた西は、ポケットを探すが、ジッポのライターが無い。
リンと付き合い出した頃に、彼女が少ない手取りから買ってくれた、銀無垢のジッポだ。探しに戻りたいが、今は足が向かない。
しかたなく西は、近くの若者に火を借り、へばり付いた緊張感を煙とともに吐き出した。




