第20話 鉄拳制裁
目隠しを外された英二の目の前には、男が三人いた。
パイプ椅子に座り腕を組む黒いスーツの男、その左右に、ジャージ姿の短髪の男と、二メートル近い黒人が立っている。
英二との距離は二メートル半ほどだ。
英二は目測で、リングの半分程度の距離だと測った。
パイプ椅子に座る英二の背後からは、窓ガラスを通してときおり、金属バットの甲高い打撃音が聞こえてくる。
腕組みをした黒いスーツの男が、パイプ椅子に踏ん反り帰り、ぼそっと口を開く。
「おい、回収した金、どこに隠した」
「金は回収してない。そう言ったよな……」
「てめぇ!言葉に気をつけろ!」
短髪の男が怒声を発し踏み出す。
「まぁ待て……」
スーツの男が制する。
「お前……どっかの組のもんか?ウチと揉めたいのか……」
「いや、俺はヤクザじゃない」
スーツの男が訝しげに、英二を睨む。
その時、短髪の男が電話に出る。
「–––– ああ、わかった、ちょっと待ってろ」
短髪の男がスーツの男に耳打ちする。
「黒木さん、あいつ、刑事じゃないようです……」
「そうか。下の連中に、帰っていいと伝えろ」
短髪の男が、ビルの入口の見張りに、解散だと告げる。
黒木は英二が、潜入捜査の刑事の可能性もあると踏み、組の連中に、英二の顔写真を送っていた。しかし、刑事じゃない。
尾行の恐れが無いと判断し、黒木は見張りを解除した。
「お前……目的はなんだ?––––」
「二百万を返して貰いに来た」
「二百万?」
「ああ。あんたらが、ばあちゃんから騙し取った金だ」
「黒木さん、こいつ、イかれてますよ!お前、正気か?」
短髪の口元がいびつに歪む。
「……イかれてんのは、あんたらだろ」
「んだと、てめぇ……」
「今すぐ、二百万返せ。用はそれだけだ」
英二がすっと立ち上がる。
「おい、やれ」
黒木が促すと同時に短髪の男が飛び出す。
英二が男に向けてパイプ椅子を蹴飛ばす。短髪はパイプ椅子に足を絡ませ、前のめりに翻筋斗打って倒れる。
英二はすかさず短髪に馬乗りになり、拳を振り上げる。
「こいつ、どうなってもいいのか?」
英二は黒木の方を見る。
短髪は必死に身体を捩るが、英二の太腿が締め付け動けない。
黒人が「Ah!」と叫び床を蹴る。
英二はひらりと躰を翻し、黒人と正対する。
黒人が丸太のような右フックを繰り出す。
姿勢を低くし避けた英二は黒人の懐に入り、ガラ空きの右脇腹に高速のボディーを突き刺す。
黒人の頰が風船のように膨らむ。
その顎を、左アッパーで突きあげる。
黒人の喉仏が天井を向き両腕がだらんと下がる。
鼻からすっと酸素を入れた英二は息を止め、怒涛のラッシュを叩き込む。
一発ごとに黒人の全身から汗が飛び散る。
膝のネジが外れたように黒人は力が抜け、顔がみるみる腫れ上がる。
白目の黒人が、クリンチのように英二にもたれる。
それを左腕で突き放すと、「ふっ!」と息を吐き、体重を乗せた右ストレートで鼻頭を貫く。
黒人は膝の関節を無くしたように一二歩前後左右によろめき、棒のようにどっと倒れた。
短髪が英二の背後で、金属バットを振り上げる。
英二が躱した金属バットが黒人の背中で嫌な音を発する。
「チ!なにやってんだ!」
黒木が飛び出す。
短髪はバットを斜めに振り下ろす。
英二はスウェーで避け、躰を戻した反動で大振りの左フックを、短髪の右頬骨に食い込ます。
両手で顔を覆うガラ空きのボディーを連打する。
短髪が頰を膨らませ、吐瀉物を吐き出し、腹を抱えて膝をつく。
饐えた匂いが湿気に混じり、鼻腔に纏わりつく。
黒木が投げつけた上着が英二の視界を遮る。
英二は上着ごと、右ストレートを繰り出す。
黒木の鼻の軟骨がぐしゃと潰れる。
上着で視界を失った黒木を、ワンツーとボディーの連打で壁に押しやる。
鳩尾に速射砲のような左ボディーを三発入れ、渾身の右ストレートを潰れた鼻頭にぶち込む。
黒木の後頭部が壁にゴツと当たり、黒木はずるずると背中を滑らせ床に尻餅をつく。
英二は「ふうっ」と長い息を吐くと窓際に歩み寄り、窓を開ける。
生温い風に乗って、金属バットの甲高い音がカキーンと聞こえてくる。
英二は、足を投げ出すようにして壁にもたれる黒木に、
「二百万、今すぐ返せ」
と吐き捨てる。
「……か、金は、ここには無い……」
血で鼻が詰まり口で息をする黒木が、虚ろな目で返す。
「どこにある。金が集まる場所があるだろ?」
「–––– そ、それは、勘弁してくれ……不味いことになる……」
英二は黒木の鳩尾を、右ボディーで突き上げる。
黒木の尻が浮く。
「ぶほ……!」
黒木が涙を流し胃液を吐き出す。
「あんたがどうなろうが、俺には関係ない」
「わ、わかった…俺が明日、二百万用立てるから…信じてくれ……」
「いや、駄目だ。金がある場所を教えろ。取りに行く」
「それだけは、か、勘弁––––」
左ボディーを黒木の右脇腹に突き刺す。
黒木は左手で庇いながら右に倒れる。
横向になった黒木の腹に、英二は重い拳を見舞う。
一発、二発、三発、四発、五発、六発……
一発ごとに、黒木の身体が海老のように折れ、糸を引くように呻く。
「あんた、内臓おかしくなるぞ……」
もう黒木は胃液すら出ない。
「わ、わがっだ……」
黒木は震える手で、西守の事務所の住所を書いた。
「おい、嘘書いてたら、また聞きにくるからな」
黒木はぶるぶると顔を左右に振った。
英二が去ると、黒木は上着まで這って行き、携帯で西に電話を掛けた。
「…… 西さん…今すぐ逃げてください……ヤバイ奴が向かってます……」
いきなりの電話に西は意味がわからない。
「はぁ?おい黒木!おい?」
電話は切れた。
西は只ならぬ気配を察し、「おい!撤収だ!今すぐ!」と掛け子に指示を出し、慌てて奥の金庫部屋に飛び込んだ。




