第2話 個人情報漏洩
同じ頃、東京の新大久保にある古いマンションの角部屋で、数人の若い男が携帯電話でひっきりなしに電話をかけていた。
近隣の入居者への音漏れを警戒し、この手の連中は角部屋を選ぶ。
男達は長机を二つ向かい合わせたテーブルに三人ずつパイプ椅子で腰掛け、テーブルの真ん中に置かれた浅めの段ボール箱には、携帯が山積みになっている。
プリペイド携帯、いわゆるプリケーと呼ばれ、あらかじめチャージした金額の分だけ使用出来る基本料金無料の携帯だ。
平成十八年の携帯電話不正利用防止法の施行後はプリケーの契約にも個人情報の提示が義務化され、悪用するのに足がつかない利便性は薄れた。
しかし、この部屋で行われているオレオレ詐欺の連中は、闇金業者から派生しており、借金をカタに負債者から脅し取った住民票や免許証を山ほど所有している。プリケー契約時の個人情報には事欠かない。
このシマを管理する番頭の西守は、壁の時計が午後三時を指したのを確認すると、全員が電話を終えたタイミングでパンパンと手を打ち、皆の視線を集めた。
詐欺のターゲットは高齢者が多く、請求された金を窓口で直接振り込むことが多い。
また、三時までに振り込まないと送金は翌日になり、身内が大変な目に遭うとの焦燥感を煽るためにも、詐欺の電話は午後三時までというのが、この業界の習わしだ。
西守は、弱冠わざとらしい溜めを作ってから、長机の上にA4用紙の分厚い束を無造作に投げた。
「お前ら、お宝リスト手に入ったぞ」
「なんですか?西さん」
「年金登録者、百二十五万人のリストだ」
「百二十五万!マジすか?」
「ああ。三年前に日本年金機構から漏洩したやつだ」
「そんな物どうやって手に入れたんすか?」
「詳しくは言えねえけど、あるサイトだ」
「メルカリじゃないっすよね?あそこ、ただのレシートまで売ってっから」
「バカ!闇サイトだ。おまえ面白えな!」
「しかも、見てみろ」
長机に並んだリストを、皆が覗き込む。
「すげえ!名前、歳、自宅の電話番号に住所まで載ってるじゃないすか!」
「マジかこれ…」
「でも西さん、三年前のリストってことは、相当舐め尽くされてる可能性もありますよね?」
「あ?お前、何年これやってんだ?。その方がカブセの可能性も上がんだろが」
「かぶせ?」
西が呆れた顔で言う。
「一回詐欺に引っかかった奴が何度も引っかかることだろ」
「あ、たしかにそうっすね」
「ま、こんだけのリストだ。掛けてみてヤバそうだったら次、次、次だろ!。明日からこのリストをエリアで分けて、かたっぱしから架電だ」
「はい!」
平成二十七年に、日本年金機構から百二十五万人分の個人情報が漏洩し、その翌年一年で、オレオレ詐欺と架空請求詐欺の認知件数は、合わせておよそ五千件も一気に増えた。認知件数とは警察が把握した件数のことで、実際にはもっと多くの被害者を生んだ。
警視庁は、この異常な被害件数の増加と、年金機構の個人情報漏洩事件との相関性については一切触れていない。
しかし、この漏洩事件が、多くの特殊詐欺グループを潤わせたことは間違いない。




